8-16 太乙真人2
あーだこーだ文句を言いつつもユウタロウは単独行動を開始し、残った三人で太乙真人の所に向かう事になった。
「腕がバキバキの重傷だな、紅孩児」
「いや、顔が削げたお前も大概じゃね? というか、その顔の穴は??」
「俺の事は気にしない。ほら、『奇跡の樹液』を使ってやるから、ちょっと我慢しろ」
「異世界の救世主職は変わっていやがるな。しかも、よく扶桑樹の秘薬なんて持っているな。今じゃ、扶桑は島流し先の流刑地になっているって話で、生きて帰れる奴はいないってのに」
黄昏世界の世界樹も相当にいかれてしまっているらしい。というか、俺がエンカウントした世界樹――累計二本――すべてが闇落ちしている。本来は善性な存在って本当なのだろうか。
少し粘性のある樹液を垂らす。骨まで見えていた紅孩児の両腕が急速に癒えていくと、傷一つない綺麗な肌までたったの数秒である。筋肉はついているのに、どこぞの令嬢のように白いな。
鎧までは直らないため腕は素肌のままだ。邪魔に思ったのか、紅孩児は袖口部分から鎧を外してノースリーブにリメイクしていた。
「俺を悠長に治療しているのに、太乙真人の野郎、何もしてこない。余裕を見せつけやがって」
「悪霊を先行させているからだ。太乙真人は絶賛、悪霊軍隊と戦闘中……うわ、もう全滅するのか」
村人のみとはいえ万近い悪霊が組み合わさった群体、パラメーター1が万体ではなくパラメーター10000の怪物に近しかったというのに、反応がほぼ消えてしまっている。
太乙真人がいるドームの中から大魔術の気配が常時噴出している。
あそこに向かわなければならないのかと思うと、今の俺でも背筋がゾクりとしてしまう。
俺が向かうまでに悪霊が全滅するのは間違いない。黄昏世界で遭遇、討伐したそこいらの妖怪の悪霊を追加発注し、場繋ぎにする。
「誰かある。時間稼ぎの時間だぞ」
手を叩いて呼んだ雑鬼の悪霊は従順だ。自由意志を持つ程に生前の我が強くない奴等なので、俺の意のままに捨て駒になるのだ。
「御影。お前はキョンシー使いの救世主職なのか。いや、死体がないのならキョンシーという訳でも」
「聞かれても、俺自身分かっていない力だから答えられないぞ」
「そんなのでよく救世主職やっているな。世界を救う高潔な奴等だって話なのに、死体を使う闇属性って意味が分からない」
紅孩児の疑問はもっともであるが、本当に分からないものは分からない。
実は死霊使い職としても異常らしい顔の穴の力。幽霊を使役するだけならともかく、呼び出した霊を一時的に受肉させているところにオリジナリティがあるようだ。
幽世と現世を繋げて、向こう側にいる悪霊を呼び出し、命じる力。性能だけ分かっていれば運用に不都合はない。
ドームの中は悪霊と、悪霊を破壊する嵐が混ざった激しいカクテルだ。雷が落ち、砂塵が吹き荒れ、氷柱が穿つ。
そんな絶界の中心地にして唯一の安全地帯に浮かぶ球体、介護ベッドに収納されし老人がいる。
“――天絶陣最大展開……終了、『魔』枯渇まで残り六十秒。紅砂陣連続使用限界……『魔』再充填完了まで残り七十秒。寒氷陣『魔』充填完了、展開開始”
「宝の持ち腐れよのぅ、真なる人よ。まさか、これ程の超常を超常だからと見過ごしておろうとはのぅ。ここは年の功が教えてやらねば。真なる人はここにはまだ到着しておらんようだがのぅ」
頭蓋が浮かび上がる程にやせ細った老人でありながら、言葉には力が漲っている。尽きかけの蝋燭の一瞬のきらめきが火山のごとくだ。
「死霊を使役するという禁忌は表面的なものに過ぎんのぅ。『灰と骨』白骨夫人が欲しがるのも分かるが、何とも即物的よ。真なる人の超常を結果のみで推し量ろうとは、勿体ない話じゃと思わんか」
“――寒氷陣最大展開……終了、『魔』枯渇まで残り六十秒。金光陣連続使用限界……『魔』再充填完了まで残り七十秒。烈焔陣『魔』充填完了、展開開始”
「では何が真なる人の真価か。たった一人が無数の死霊を一切の代償なく呼び出すところも、惜しいが本質ではないのぅ。死霊を一時的に受肉させるところか。ふむ、着眼点は良いが具体的に超常を説明せんとのぅ」
鏡から照射される極光が地表を薙いで悪霊の隊列を崩壊させていく。
広がる火炎が残党を一掃して、村人の悪霊は全滅させられた。
「真なる人が呼び寄せた死霊共は一定の『魔』を有しておるのぅ。おやおや? おかしいのぅ。生きた肉を持たぬ死霊は『魔』を生み出せん。どこから『魔』を補充しておるのか。おやぁ?」
ニタり、と笑う老人。何もかも経験し終えたはずの老人が、末日に新鮮な未知との遭遇を経験しているかのごとくである。
「無から有の創造。おやぁ? これはこれは、ご大層な。まるで創造神の領分ではないかのぅ」
呼吸が苦しくなるのも気にせず、老人は気持ち悪く笑う。咳き込んでいるのに笑いを抑えようともしない。
大きな隙が生じてしまってさえいる。
タイミングよく増援の雑鬼の悪霊がドーム内へと侵入していた。老人まで接近できれば首を捻じり取るくらい造作もないだろうが……全自動で迎撃を実施する十絶陣を越える事は叶わない。
「泰山府君や閻羅王にもできんし、やらん。そもそも、白骨夫人めは救世主職について死に強い拒絶感を覚える人格と言っておったが、一方で敵対者は容赦せず殺して使役しておる。何とも徒人本位の考えかのぅ。とても死の世界の代表らしくはない。つまりは、そういった側面は見せかけでしかなく、偽りよ」
“――烈焔陣最大展開……終了、『魔』枯渇まで残り六十秒。風吼陣連続使用限界……『魔』再充填完了まで残り七十秒。化血陣『魔』充填完了、展開開始”
妖怪の悪霊は陣に侵入すると共に自動で迎撃されていった。常時、複数の陣が展開されており、たった百メートルの距離さえ踏破不能である。
「UnTouchable属性で確定かのぅ。これはよい、よいのぅ。せっかくの創造神の悲願、真なる人よ。ぜひ、欲しい。参考にして、解剖して、食して、見聞して、分解して、煮て、話して、調査して、剥がして、切り刻んで、焼いて、冷やして――何としてでも、何としてでも、ワシこそが真なる人に至らねばのぅ」




