彼女のモノローグ1
大晦日新連載、始まりました。
今作もどうぞよろしくお願いいたします。
ぜひ、楽しんでいただければ幸いです。
大きくて赤い太陽が南中している。
大きい。
あまりにも大き過ぎる太陽だ。発する熱量も相応に大きく、世界は深刻な熱病に悲鳴を上げている。乾いた赤い大地には亀裂が走り、海の水は軒並み蒸発し、大昔に枯れた木々が炭となり自然発火してしまいそうだった。
「……み、水」
ある炎天下の荒野を、外套を深々と着込んだ人物が歩いていた。
みすぼらしい格好だ。所々が焦げ落ちた外套はボロ切れ同然。
服に劣らず中身も疲れ果てており、今にも倒れてしまいそうな弱々しい足取りである。こんな何もない荒野で倒れたならば、今日中に水分がすべて蒸発してミイラとなってしまうだろう。
「……み、水を」
外套の人物の性別は男だと思われるが、喉の渇き切った声のため判別し辛い。
……顔の上半分を隠すベネチアンマスクも外見判断を困難にさせているが、口元は見えているので大きな理由になりえないだろう。この男が荒野で力尽きた場合、マスクを付けた変態のミイラが出来上がってしまう。きっと、後世では道行く人々の目印となり死後も貢献する。
最も太陽の光が強い日中に出歩くなど正気の沙汰ではなかった。
そもそもの話、妖怪でもない生き物が無断で壁村の外を歩くなどありえない。行商はいるが彼等は妖怪に雇われた人間だ。そんな彼等だって昼間に移動するはずがない。自殺を志願しているにしても、もう少し苦しまない方法がある。
「…………み、水をぅ」
当然の帰結として、男は脱水症状に苦しんでいる。
用意周到にも水筒らしき物は持参しておらず、水を生成するための『魔』さえ枯渇している有様だ。荒野には沸騰した水源さえ見当たらない。遭難者にとって絶望的な状況だろう。
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▼御影
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“●レベル:100”
“ステータス詳細
●力:280 ●守:130 ●速:437
●魔:0/122
●運:130”
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そろそろ力尽きて野垂れ死んでミイラとなる運命が男を待っていたが……男の『運』は常人のそれを大きく上回っている。こんな灼熱の大地を無水横断している状況で運について語るのは今更なのだが、それでも、最後の最後で男は幸運を掴み取る。
男の進行方向には、四方を壁で囲った村がある。
干からびる前に辿り着けるとは保証できないが、人間の住む村があるのであれば水が期待できるだろう。
――柔らかな光の中で、和気あいあい仲良く遊んでいるのは十の幼き姉妹。
彼女達は仲良く手を繋いでクルクルと回りながら遊んでいる。似た背丈、似た顔者同士でクルクル、クルクル回っている。遊びの種類はマイム・マイムか、かごめかごめか。実に温かで、微笑ましい光景だろう。
だから、そんなはずないのだが……姉妹の一人が、背中から矢を生やして吐血してしまっている。新鮮な血を吐いてから前のめりに倒れてしまい、二度と動かなくなってしまっているが、そんなはずはない。
けれども、現実逃避している暇が致命的な被害をもたらした。
ヒュン、と音が聞こえた。二人目の姉妹が倒れていく。
ヒュン、と音が聞こえた。三人目の姉妹が倒れていく。
悲鳴を上げる姉妹がいたが、彼女もやっぱり矢に射られて死んでしまう。
背を向けて逃げた姉妹がいたが、彼女もやっぱり矢に射られて死んでしまった。
何もできずに立ち尽くしている姉妹がいたが、良い的となってやはり死んでしまった。
世界はいつの間にか、夕暮れ時のように暗い。
暗くなった世界には、執拗に姉妹を弓で狙う狂気に魅入られた男がいるではないか。どこから現れたのか分からない。どんな男なのか素性は定かではない。とても怖い表情をしているので、この男が妖怪という種族なのだろう。
狩りでもするように、一人ずつ丁寧に姉妹を射抜いていく男の口は、笑っているのか大きく歪んでいた。また一人、続けて一人と撃つたびに、口の角度が増していく。
残り二人となってしまった姉妹の内、一人は躓いていた。動けずに、ガタガタと奥歯を鳴らしている彼女に対して、次の矢は向けられている。
引き絞られた後、無慈悲に射出される凶悪なる矢。
矢は一切ぶれず正確無比に飛んでいく。男の殺しの技量が卓越しているのは間違いない。
……間違いがあったとすれば、最後の姉妹が矢の射線上へと身を投げ出した事だろう。
最後の姉妹の挺身が、すべてを狂わせた。
小さな体ごときを盾にしたところで矢を防げるはずもない。結果、二人はまとめて矢に射貫かれてしまう。
身を挺した側は、胸の中心を矢に貫通されてほぼ即死。
守られた側は、即死しなかっただけで鏃が体に食い込んでしまっている。これではもう助からない。恐怖でガクガク震えていた体は、じわじわと停止し始める。
視界内が暗く染まっていく中、守られたがために最後の姉妹となってしまった彼女は、思った。突然の惨劇に対する疑問や不平、悲しみはあったが、それ以上に不思議だった。
同じ背丈、同じ顔の者同士の姉妹でありながら、どうして私は彼女のように動けなかったのだろう――。