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隠されたメモ。広まる噂


 敦が今日、早退する前に妙なことを言っていたなあ。噂がどうのこうのって……。


「二年二組だけ欠席者が多いのは全校生徒が知っているから、いろんな噂が飛び交っているんじゃないの」

「ああ」

 早退した敦のノートを代わりに取っておいたから、それを敦の机に入れようとした。

「うわ、男子がノートを代わりに取るって……キモイ」

 ズルっとなる。なにがキモイだ、友達なら普通だろ。男子なら普通だろ。

「キモイとか言うなよ。敦が早退したのは俺と……恵梨香のせいだろ。だったらノートくらい取ってやるのが友達さ」

「コピーでいいじゃん」

 さらりと言いやがる。

「駄目だ。十円かかる。勿体ない」

 職員室はコンビニより高いコピー代を請求しよとする。ぜったいに先生達の「コーヒー代」に代わっている――。茶色いフタのネスカフェゴールドブレンドだ。

 コピー代がコーヒー代に代わっているのは洒落にならない。駄洒落にもならない――。

「汚っい字」

 ド・ストレートに言うなよ。男子の字なんて綺麗な方がキモいのさ。

「見ないでくれ」

 いつの間にかノートを開いて恵梨香がチェックしてい。

「大事なところに赤線くらい引いておいてあげなさいよ」

「いちいちうるさいなあ。返せよ」

 まるで先生気取りで足を組んで見入る恵梨香の手からノートを奪取し、敦の机の引き出しに差し込もうとしたのだが――。

「なんだよ、敦の机って全部の教科書とノートが押し込んであるじゃないか」

 他にも落書きされたプリントや藁半紙でまさにツルツル一杯の状態だ。消しゴムのカスと真っ黒の消しゴムや分解されたシャーペンやボールペンのバネが押し込んである。

「教科書を置いて帰って、家でどうやって勉強するわけ」

 家で勉強なんて、男子がするはずないだろ。敦も俺と同じで成績は底辺だ。

「だが、俺は毎日ちゃんと教科書とノートを持って帰っているぜ。授業も寝ずに聞くしノートもしっかり取っているのさ」

 クスクス笑ってくれるのはいいが、なぜ笑えるのかが分からない。


「うわ、パンの食べ残しが奥のプリントの下に押し込んであって……くっさ!」

 新しいなら食えるのだが、鼻の奥に串が突き刺さるようなツンとした痛さが走る。腐敗臭だ――。給食のパンが袋にも入れずにキュッと押し込まれていて、緑色や白黒のカビが生えていやがる。

「くわばらくわばら」

 桑原って……クラスの男子の名前だが。いや、

「えんがちょえんがちょだろ」

 メロンパンよりも濃い緑色に変色した元コッペパンを引っ張り出すと、指先に緑色の粉が付く。

「一真はよくそれが、パンって分かったわね」

 へへーん。よく聞いてくれた。

「ああ、何度か見たことがある。っていうか、小学のときは俺もよくやった」

 食ロスってやつだ。食レポとはちょっと違うぞ。

「……やくやっちゃ駄目でしょ」

 そっと引っ張り出して教室の後ろに設置されている四角いゴミ箱に入れた。明日の朝、教室が臭かったらこれのせいだろう。


「あら、これはなにかしら」

 パンを引っ張り出したときに丸く小さな紙くずが机から転がり落ちたみたいだ。

「ゴミだろう」

「メモだわ」

 メモだと。

「よくそれがメモだって発想にいきつくよな。どうみてもゴミだぞ」

 恵梨香は落ちた小さな紙クズを拾い上げ広げると、小さな字が書かれていた。


『――里尻恵梨香はみんなを頭痛にするから気を付けろ――』


 ――!

 敦の字ではない。男子の字じゃない。小さいが形が整っていて綺麗な字だ。明らかに女子が書いた字だ。

「……」

「……お前、俺にだけ打ち明けるとか言っておいて、ゴッソリバレてるじゃないか」

 いったい何人の男子に打ち明けているのかと考えると……やれやれ、ちょっと怖いぞ。目が点になっているのがじつは可愛かったりもするのだが。

 ひょっとして恵梨香はクラスのイケメン男子全員に声を掛けているのだろうか。こんな手口で迫られたら男子ならイチコロだ。みんな恵梨香の虜になってしまう。思う壺だ。ツンデレだ。

 まあいい。俺もイケメン男子の仲間入りしているのなら……くそボール発言も許そうではないか。

「なによコレ……。いえ、このことは誰も知らないハズよ。言ったでしょ、一真にしか話していないって」

「うん」

 だがそれも……このメモを見れば怪しく思えてしまうのは仕方ないよね。

 「あなたにだけ打ち明ける秘密」って……じつは「テレビを見ている前のあなただけ」に匹敵するのかもしれないなあ。よく当たる星座占いってやつも、全人口で考えれば同じ人は何万人もいる。そりゃあ当たる人も大勢いることだろう。だから俺は星座占いは信じない――。血液占いやキノコ占いはちょっと信じている――。

「ひょっとして、一真なの」

 ――! いやいや、なぜそうなる。

「んなわけないだろ。俺が恵梨香の秘密を敦にばらして何の得があるんだよ」

「……わたしを(もてあそ)ぶ。とか」

 ひっくり返るかと思った。


 (もてあそ)ぶって、なんだ――! 危ない響きだぞ――。ただの「遊ぶ」とちょっと違う響きだぞ――。


 誰もいない放課後の教室に二人だと……そんな冗談でも妙に気まずいぞ――。

「一真が秘密をばらしていないのなら、これはただの悪戯よ。根拠もなにもないわ」

 ただの悪戯って……。

「悪戯にしては質が悪い」

 さらには当たっているのが一層不気味だ。

 実際に頭が痛くなった敦がこのメモを見れば、信じる信じないは別にしても悪い印象を覚えるだろう。


 ……このメモは、敦が早退した後に誰かが入れた物なのか。それとも……。


「メモと同じ字を隣に書いてみてくれ」

「ひょっとして、わたしを疑っているの」

 ちょっと睨みつける視線にドキッとする。よくみると切れ長な瞳がとても大人っぽい。あまり意識しなかったが、長い黒髪と切れ長な瞳の恵梨香は、美人と言っても過言ではない。まあ、俺の好みは美人で無口なお姉さん系ではなく、元気で活発なショートカットの妹系なのだが……言う必要はないな。

「疑ってはいないけれど、こういうのはハッキリさせておいた方がいいだろ」

 モヤモヤがなくなる。

「それを疑っているって言うのよ。いいわ」

 字を書く前にそっと黒髪を耳に掛ける仕草がまた大人っぽい。……「ぽい」だけだと自分に何度も言い聞かす。

 恵梨香は字も綺麗だった。黒板に書く国語の先生より綺麗なくらいだ。メモの筆跡とは明らかに違った。角がしっかりしている。字も濃い。まあ、2Bの俺の字よりは薄いがな。フフ。

「ってことは……」

 誰かが内緒にしていた恵梨香の能力に気付いている。もしくは当てずっぽうの噂を流して恵梨香を陥れようとしているのどちらかだろう……。チラッと目が合いかけ思わず逸らしたのに気付かれた。

「どうしたのよ」

「いや、なんでもない」

「……本当のことを言って。わたしはちょっとのことでは驚いたりしないわ。噂をされたり虐められたりするのには、もう慣れているから」

「――慣れているって」


 むしろ虐めている側の人だと思っていたぞ。虐め慣れていそうだぞ。


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