くそボールは酷いぞ
「他に頭が痛くなる原因ってなんだ」
気まずい雰囲気からなんとか話題を戻さなくては。女子に読んでいる小説のことを聞いてはいけないのだと初めて知った。俺はまた一つ大人になった。
「天気とかでも頭が痛くなるって聞いた事があるわ」
「天気でだと」
それって面倒くさい体質だなあ。天気に体調を左右されるというのか。
「晴れの日に頭が痛くなるなら地獄だな」
お天気地獄だ。外に出れん。
「普通は曇りとか雨とかになるそうよ」
曇りや雨と聞いてピンときた。
「なるほどな。人間が大昔、進化の過程で植物だったとしたら、晴れの日はお腹一杯になるが、曇りや雨の日は空腹だ。その名残なんだろう」
光合成するとお腹が膨れるのだ。
「違うわ」
「……」
まさかの全否定。まあ、なんの根拠もないのだが。
「気圧の変化に体が過剰に反応してしまうのよ」
――気圧か。言われてみれば、そのほうがそれっぽい。つまり格好いい。
「なるほどな。だと思ったぜ。気圧の変化は重要だ」
人の機嫌を気圧で表すと、機嫌が悪い時ほど気圧は低い。言わば低気圧だ。低気圧は不機嫌の前兆なのだろう。ってことは、雨が降る前の日は機嫌が悪い人が増えているのか……。
だったら雨々ふれふれ母さんが~♪ とか、雨々ふれふれもっとふれ~♪ とか、歌っている場合じゃないぞ。
アメ雨フユカイ~♪ だぞ……。
「恵梨香は雨の日に頭痛になったりするのか」
「ならないわ」
プイプイっと小さく首を横に振ると昨日と同じようにいい香りが漂い気分が妙に落ち着く。
「急に機嫌が悪くなったりするのか」
うちの母親はなるぞ。「晩飯まだ?」と聞いたりするだけで急に不機嫌に……。
「知らないわ」
「知らないって……自分のことだろ」
「いいのよそんな話は。とにかく、頭痛の原因といったらそれくらいよ」
急に不機嫌になっている。なにか怒らせるようなことを言っただろうか。明日は雨なのだろうか。
「頭痛の原因が人それぞれなのは分かった。だが、俺がいったい何の協力をすればいいのかが分からない」
いったい俺に何が出来るっていうんだ。病院の先生でもないし霊媒師でも和尚さんでもお坊さんでもない。正真正銘、なんの取り柄もない中二男子だ。まさか雨の日を晴れにしたりできない。
マラソン大会の前日に、てるてる坊主を逆さに吊ったが雨は降らなかった。――てるてる坊主の首をちぎってゴミ箱に捨てたが雨は降らなかった!
「簡単よ。さっきも言ったけど、あなた、ぜんぜん頭痛くならないでしょ」
……だから、それって遠回しにバカにされているみたいで腹立つんよ。
「あのなあ、嘘でもいいからこういう時は、『もー、鈍感! あなたの気を引きたいからよ』とか言えよ……」
アニ声のツンデレ口調でお願いします。さらにはその黒く長い髪をツインテールにして言ってもらいたい。
「ごめん、ぜんぜんそんな気ないし」
「ハハハ、だろうな……」
そうなの……か。頭にタライが落ちてきた時って、こんな感覚に見舞われるのかもしれない。ガーンって効果音がお似合いなのかもしれない。
なんか、ごっそり期待していた自分が恥ずかしくなる。小学生の頃はチビでデブだったが、中学に入ってどんどん背も伸び体重だって平均値にまで下がった。内緒だが並々ならぬ努力をした。髪形にも気を使うようになったし、夜も歯磨きをするようになった……。
耳くそも自分でほじれるように練習した……。毎日五キロ以上の道のりを重い通学自転車で往復している。ほぼほぼ、ほぼ坂道を――。
――いや、そもそも放課後の教室に男女二人っきりになるのって普通は……好意があるのかと勘違いしても誰も笑ったりしないよね――。
ちょっとだけ恵梨香のことが好きになりかけていたのが……気恥ずかしい。
「あー恥ずかしかった」
透明の下敷きで顔をパタパタ扇ぐ。顔が赤くなっていないか心配だ。
「だから安心して、許容範囲外よ。内角低目。デッドボール。くそボールよ」
「……言い過ぎだろ」
「くそボール」って女子が言っちゃいけない。せめて、うんこボールまでに止めてほしい。
あーあ。ちょっとドキドキしていた俺の心拍数を倍にして返せと言ってやりたいぜ。……いや、倍にして返したらますますドキドキしてしまうか――。期待を裏切られたって感、甚だしい。
大きくため息をつく俺の横顔をニコニコ見ている。まあいいか。その気が無いって言われた方が喋りやすいのはたしかだし、変な期待や妙な噂はコミュニケーションの壁となる。それに、女子の友達がいればいざという時に役に立つのかもしれない。
友達の友達で憧れの関野瑞穗と急接近なんてことにも……利用できる――!
「あ、なんか良からぬことを考えているんでしょ。このスケベ」
「スケベはないだろ」
頭が痛いぜ、痛くないけど――!