頭痛の原因は人それぞれ
「超能力以外でも呪いとかで頭痛くなったりしないのか」
学校に来る途中にお墓と暗いトンネルがある。どちらも気味が悪いから、なるべく立ちこぎで早く通り抜けるようにしている。
「プーククク」
だからあ、笑うなって。今は頭痛の原因や可能性を考えているんじゃないのか。この時期に風邪なんか流行っていない。欠席者が多いのは全校でうちのクラスだけなんだ。
「ごめんごめん、あー腹痛いわ」
「笑い過ぎ」
ごめんごめんに謝罪の気持ちが微塵もないぞ。二回繰り返して言うなと言いたい。
「でもね、一真が言うようにそんな呪いで頭が痛くなるのならそのトンネルを通って通学してくる人ばかりが頭痛にならなきゃおかしいでしょ」
「たしかに」
他のクラスにもトンネルを抜けて通学してくる奴らが大勢いる。埃っぽいのと大型トラックの排気ガスが嫌になるのだが。
「それに、一真も頭痛にならなきゃおかしいでしょ」
「まあな」
毎朝通って来るが、頭が痛くなったことはない。
「ひょっとして、怖がりなの? お化けとか嫌い?」
怖がりなのかと聞かれれば否定したくなる。
「怖くなんかないさ。お化けなんて信じてもいない」
これは本当だぞ。お化けも宇宙人も地底人ですら実際に見ない限りは信じない。
信じられない物を過剰に怖がったりはしない。人面魚なんてただの魚だ。人面犬なんて落書きされたただの犬だ。飼い主――! と突っ込んでやりたい。
「だったらお墓やトンネルも怖くないはずよね」
「ああ」
「肝試しでもする」
「はあ?」
信じていないって言っているのに、そんな行為になんの意味があるんだ――!
夜のお墓なんて、ぜったい嫌だ! お化けなんて信じていないけれど、嫌なものは嫌なんだ――!
今になっても霊柩車を見たら親指を隠しているのは内緒だ。子供と思われそうだから……。親が早死にしてしまう都市伝説を真に受けて信じている。田舎にも都市伝説は存在する。
「じゃなく――お墓のお供え物を狙って鹿や猿が出るかもしれないだろ。それは怖いんじゃなくて危険なんだ」
危ないことをあえてする必要の無さを語ったのだが、恵梨香は笑うだけだった。
「そんな都市伝説なんかより、そもそも休んでいる奴らは本当は頭痛なのか? 頭が痛いとか何とか言って、ただのズル休みなんじゃないのか」
縁起でもない話題を早く変えたかった。
「ズル休みじゃないわよ……」
ちょっと意味しげな表情を見せる。
「だって、ズル休みをする理由がないでしょ」
「たしかに」
一学期にズル休みするほど辛い行事は無かったはずだ。マラソン大会は二学期だし、合唱コンクールは楽しいし、林間学校は……休みたがる意味すら理解できない。一泊二日とか、二泊三日って、聞くだけで心躍るキーワードだ。
「頭痛とズル休みを一緒にしちゃ駄目よ。それに……」
「なんだよ」
ちょっと言いにくい素振りをする。気のせいだろうか、恵梨香の頬が少しだけ赤い。ロゼワインレッドだ。
「……あまり言いたくないけれど、合唱コンクールが楽しい行事と思っているのはクラスで一真だけよ。きっと」
「――ええ! なんだって」
全校生徒の前でステージに上がりクラスの皆で歌うのって……。
「滅茶苦茶楽しいじゃないか――。だからあ、クスクス笑うなって!」
「ごめん。プッ」
「……」
好きな行事や嫌いな行事は人それぞれってことか。たしかに……一年のとき、陸上部の奴らは「マラソン大会が楽しみ」って言っていて……陸上部は頭の中まで脳ミソで出来てやがると思ったものだ……。
「わたしもマラソン大会は嫌いよ」
「初めて意見が一致したな」
「嫌なことを考えて頭が痛くなるのは自己防衛本能なのよ」
自己防衛本能――?
「便利だな。いや、便利なようで不便なのかもしれない。そんな自己防衛機能は」
頭痛くなくても「頭痛い」と言ってズル休みできるのだから本当に頭が痛くなる必要はない。頭痛は目には見えないからなあ。熱でも上がれば別だが。
うちの家はズル休みなんかさせてはくれない……。熱が上がっても休ませてくれない。なにより給食代が勿体ない。食ロスはさらに勿体ない。
「そういえば、一日中ゲームしていると、夕方くらいに頭痛くなることがあるぞ!」
思い出した。初めてプレフテ4を買った次の休みの日のことだ。十六時間ぶっ通しでゲームをして頭が痛くなった。
楽しいことをし過ぎて頭が痛くなる自己嫌悪。肩こりも初めて体験した。
「あの時の嫌な頭痛、いやあー今でも鮮明に覚えているぞ」
「なんか嬉しそうね。一真でも頭痛くなるんだ」
一真でもってなんだ。でもって。
「そりゃあそうさ。俺だって頭痛になるのさ」
次の日には治ったけど。
「――それって、どうやって治ったの。特別な能力を使ったとか、頭痛薬を飲んだとか」
ちょっと真剣な眼差しになる。そんな重要な話をしている訳じゃないので焦ってしまう。
よく覚えていない。でも、薬なんて飲むほどでもなかったはずだ。
「いや、寝て起きたら治っていた」
「……」
口元が少し動き、チッって舌打ちしそうな表情も恵梨香ぽくって可愛い。
いや、可愛くなんかない。ぜんぜんない。
「それにしても、男子ってゲーム好きよね。なにが面白いの」
「なにって……そりゃあやっぱり自分の代わりにゲームのキャラが広大な世界で命懸けの冒険をするスリルとサスペンスが醍醐味だろう」
さらには出てくる女キャラがみんな可愛くてスタイルがよく露出が多い。とは言わない。そんな不謹慎な理由でゲームが楽しい訳では――断じてない。
「ゲームしている時間ってさあ、後になったら何も残らないでしょ。絶対に後悔するわよ」
……それな。
ゲームをやり始めてから成績は下がる一方だし、視力もどんどん悪くなる。今じゃ1.2がやっと見えるくらいだ。
「時間の無駄よ」
「そんなことはないさ」
薄々自分で気付いていることをあえて指摘されると反論したくなるのは人の本能なのだろう。
「友達とゲームの話をしていると楽しい。ストーリーがどこまで進んだとか、苦労して敵を倒したとか。つまり、……物語を共感できるんだ」
「共感? ゲームで?」
「ああ。映画を観て感想を共感したりするのと同じさ」
「クスクス」
クスクスって声出して笑うんじゃねーよ。
「だったら映画を見たらいいじゃない。ゲームと違って頭痛くらないわ」
「映画は見るのにお金がかかる」
近くに映画館なんか存在しない。田舎だからバスと電車で一時間近く掛かる。
「それに、苦労しなくても見ているだけで最後はハッピーエンドだろ」
たまには頭が痛くなるような後口の悪いバッドエンドや映画にする必要が無いようなショボい映画もあるだろ。まあ、ゲームでもあるのだが……クソゲーが。
「じゃあ一真はわざわざ苦労して時間を浪費してエンディングに辿り着くのが楽しいっていうのね。それならやっぱり時間がモッタイナイわ」
「わざわざ苦労して」って言葉がグサリと刺さる。さらには……モッタイナイってカタカナで言うなよ。
「じゃあ恵梨香だっていつも小説とかを読んでいるだろ。あれだって何が面白いのさ。俺に言わせれば時間がモッタイナイぜ」
「え……」
不意打ちを食らったような顔をする。
「字を一文字一文字読まないといけないし、ストーリーは決まっていて自分では変えられない。面白い小説ならいずれは映画やドラマ化されるだろうから、それを見た方がいいんじゃないか」
知らない漢字だってたくさん出てくる。なんせ俺は国語が苦手だ。つまり漢字が苦手なのだ。
「小説は……情景を想像するから頭が良くなるのよ。ゲームとは違うわ」
なんか、ゲームは小説と違って頭が悪くなるような言い草だな。遠回しに恵梨香は頭が良くて俺は頭が悪いような言い草だな。
「そもそも、女子って何を読んでいるんだよ」
恵梨香がいつも小説にカバーをかけて読んでいるのを知っている。他の女子もなんかコソコソ……男子には見られないように小説を貸し借りしているのをたまに見かける。
「……それは、内緒よ」
頬が急にカーッと赤くなるのが、たまらなく可愛いぞ。可愛いから許してしまいそうだぞ。
「でも許さない。男子がゲームするのをモッタイナイの一言で片付けるんだから、ちゃんと女子の夢中になっている小説を見せてもらわなきゃ納得できないぞ」
「……」
「……」
いや、そんなに見せるのが嫌ならいいんよ。耳まで真っ赤だし、泣き出したりすると面倒くさいし、後が怖いし。
「分かっったわ。でも、絶対に内緒だからね」
「う、うん」
ゴクリと唾を飲む。ひょっとして……アレか? 聞いちゃマズいことだったのだろうか。
大人の男女の夜の営みが赤裸々に書き綴られた小説を学校で読んでいるというのか――。男子であれば、そんな書物を教室なんかで読んだりしたら……。
一発でバレル――! 「起立、気をつけ、礼」が出来なくなる――! 中腰になる――!
座っているのに起立している――! ズボンのポケットに手を突っ込んで無理やり着席させなくてはならなくなる~――!
恵梨香の鼓動が聞こえてきそうなくらい二人だけの教室が静まった。
細くて長い綺麗な指で恵梨香は鞄から小説を取り出した。
「これよ」
机の上に一冊のカバーが付けられた小説が置かれる。いや、置かないでよ。俺が手に取って確認せねばならぬのか。
そっと本カバーを外すと印象的な表紙が見えた。
「予言の……鳥?」
まったく胸がときめかないタイトルと表紙だぞ――。
「鳥じゃないわ。島よ。返して」
「あ、ああ。いったいジャンルは何なんだ」
まったく内容が想像つかないぞ。
「ホラーよ」
「ホラーか。だったら鳥じゃないのか」
「島よ」
いや、鳥でも島でもどっちでもいいのだが、中学生女子ってみんな学校でホラー小説を読んでいるのか。
てっきり救国の聖女とかが国外追放とかされちゃう系だと思っていた――!
「女子にはホラー小説が流行っているのか」
なんだろう。この敗北感にも似た感覚は……。
「そうよ。ぜったいに内緒だからね」
「あ、ああ」
だが、ホラーなら別に表紙を隠したり内緒にしたりする必要なんてなさそうだが、恵梨香には恵梨香の羞恥心があるのだろう。耳はまだ赤く、俺の耳も同じように赤い。自分で自分の耳は見えないけれど、たぶん赤い。