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放課後


「そもそも、いったいどうやって協力しろっていうんだ」

 運動部の生徒が教室で着替えを終えて出て行くと、誰もいない教室の窓際で恵梨香と話をした。

「一真の頭痛にならない能力をうまく利用して頭痛のみんなを治すのよ」

「そんな無茶な」

 たしかに俺は小学の頃から学校で急に頭が痛くなったりしたことは無いが、だからといって他人の頭痛を治せるような能力なんてあるはずがない。医者や保険の先生じゃないんだ。

「それに、いま頭が痛くなって休んでいるクラスの生徒は、ぜんぶ恵梨香の仕業なんだろ」

 一度頭痛にしてやったはいいが、治らないから助けてなんていうのなら虫が良すぎるってものだ。

「それが違うから助けてほしいのよ」

「はあ?」

 偏頭痛にする超能力を証明して、でもクラスの頭痛は別物って……言っていることがぜんぜん理解できない。略してイミフだぞ……意味不明だぞ。

「小学校の低学年の頃、わたしはその能力に気付いたの。最初は、頭痛くなるのは全部誰かが誰かを頭痛にしているのだとばっかり思っていたわ」

「それは……ないだろう」

 ないだろうけれど、小学生の頃ならそう信じてしまうかもしれない。

「お母さん、毎月のようにしょちゅう頭痛になっていたわ」

「う、うん」

 それが恵梨香の仕業だったのなら……ちょっと心配だぞ。家庭環境とか、これから訪れる反抗期とか。

「わたしはあの能力を中学に入ってから二度と使わないと誓ったの」

 遠くを見る目に、愛しさと切なさと心強さのようなものが見えた……。

 よく見ると恵梨香は綺麗な目をしている。透き通った瞳とでも言えばいいのだろうか。その瞳の中に俺の顔が……間抜けに映っているのが腹立たしい。俺の口がボーっと開いているのに気付き、慌てて閉じた。

「その方がいいと思うぜ」

 俺には分からないが……ひょっとすると恵梨香は自分の能力をただ闇雲に使っている訳ではないのかもしれない……。二度と使わないと誓った……他人を偏頭痛にする能力。自分に立てた誓い……。

 ……んん?

「あれ、でも、今日は使ったじゃないか」

 しっかりと。俺の友達に。恵梨香の鬼。

「なんとかして一真に信じてもらうために仕方なく使ったのよ」

 仕方なく使った……か。

「信じられないなあ……」

 能力は信じられる。元気だけが取り柄の敦が「頭痛い」なんて嘘を言い出す筈がない。それよりも恵梨香のことが信じられない。

「二度と使わないと誓っていた能力を俺に証明するためだけに……やすやすと使ったのかよ」

 都合が良すぎると思わないか――仕方なくって言葉が。


「一真が……信じてくれないから……信じてもらうために誓いを破ったの」

 ……。

 目を伏せる恵梨香の表情が心なしか暗かった。俺が信じてくれないからって……。


「……。ごめん」

 そうだった。俺が最初から恵梨香の言うことを信じていれば、敦は頭痛で早退しなくて済んだのだ。恵梨香ももう二度と使わないと誓った能力を使わなくて済んだのだ。


 なんか、自己嫌悪だな。だったら俺が取るべき道は一つしかないってことになる。


「恵梨香を信じるよ。そして、俺に出来ることがあるのなら……何でも言ってくれ、協力する」

 もう恵梨香を泣かせたり悲しませたりなんかしない。と言いたかったが言えなかった。

「お、かっこいいぞ」

 ガクッとなる。いや、本当に頭が痛いぞ……その手の平を返したような褒め言葉をキラキラ目を輝かせて言うなよ――。と言ってやりたかった。



「でも、恵梨香の能力じゃないのなら、なぜ頭痛がこれほどまでクラスで広まったんだ。まさか、同じような能力を持っている奴がいるんじゃないのか」

 偏頭痛にする能力を持つ奴が他にも。……ひょとして大勢? それって、なんか鳥肌が立ちそうなくらい嫌だなあ。

「いないわ」

「どうして分かるんだよ」

 そんなに大した超能力じゃないのだから使える人が大勢いてもおかしくないだろ。

「だって、休んでいる人に共通するところがないもの」

「たった……」

 それだけの理由かよ……ガクッ。を口に出さずに飲み込んだ。

 たしかに休んでいる奴らに仲が良い悪いだとか、やっている部活動の種類とか、男子女子の性別とかさえも関係はなさそうだが。

「それは俺達から見た場合だろ。じつは知らないところでなんらかの関係があるかもしれない」

 宗教とか、パン派とかご飯派とか。性格とかが似通った者同士かもしれない。

「スマホを持っているなら誰がどんなグループを作ってやりとりしているか分からないからな」

「一真はスマホ、持っているの」

「持ってないんだよ~。親が『家には電波が届かない』って言い張って買ってくれないんだ」

 それともう一つの原因は右肩下がりの成績だ。学年で底辺争いしているうちは絶対に持つことを許してくれないだろう。

 だから、プークククと笑うんじゃねーよ。

「恵梨香は持っているのか、スマホ」

「当たり前じゃん」

 チラッとスカートのポケットからスマホを見せてくれた。なんか、羨ましかった。初めてスカートにポケットが付いていることを知った……。

 羨ましいとは絶対に言わない。見せてとかも……絶対に言わない。なんか女子にスマホ見せてもらうのって悔しいから。

「学校で見つかると先生に取られるぞ」

「そんなドジなことはしないわ」

 うちの学校では何らかの理由で必要な生徒以外はスマホを持ってきたら怒られるのだ。二回見つかれば没収される厳しい罰則まである。

 その罰則を欺き笑う如く、スマホを持っている奴らは必ず隠して持ってきよる。それほどまでに自慢したいのだろうか。


 そもそも、先生も持ってきちょる……。授業中にポケットがムームー鳴っていやがる。


「それで、休んでいる生徒と連絡を取ったりしているのか」

「わたしは二人だけ連絡をやりとりしているわ。頭痛いとは言っているけれど、ずっとそうなのか学校に来るとだけなのか、本当のところは分からないの」

 友達とはいえ聞きにくい部分もあるのかもしれない。

「まあ、メッセージのやりとりだけじゃ仕方ないな」

 その程度の頭痛なら病院へ行くほどのこともないのだろう。学校を休むほどのこともないのかもしれない……。


「そもそも、恵梨香の超能力ってどれくらい続くんだよ」

「まあ、長くて一日ね」

「一日か。わりと短いんだなあ」

 明日になれば敦もケロッと治って登校してくるだろう。ホッとした。

「じゃあ休み続けている生徒と恵梨香の能力とは関係がないのか」

 てっきり自作自演かと思っていた。

「そうよ。でも、もしわたしが毎日繰り返して超能力を使い続ければ、そのうち学校に来るのが嫌になるでしょうね」

「……」

 ざわっと鳥肌がたった。学校くるたびに頭が痛くなれば、そりゃ来るのも嫌になるだろうな。……恵梨香の黒歴史なのだろう。怒らせると怖いタイプって、まさに恵梨香のことだ。

 ――ニッコリ微笑んでも駄目だぞ、と言ってやりたい。


「その超能力って、使うと疲れたりするのか」

 力仕事をした後の脱力感とか、筋トレした後の筋肉痛とかみたいな。百メートルダッシュ一回分と同じとか。

「ぜんぜん疲れない。使い放題。ちょっと嫌な奴を睨む感じで使えるわ」

「……聞かなければよかった」

 嫌な奴を偏頭痛にする超能力が使い放題って……。頭が痛いぞ。使った方はたぶん、スカッとするのだろう。言わないけれど。

「くれぐれも俺にだけは使わないでくれよ」

「だからあ。一真には効かないって言ったでしょ」

「ああ、そうだったなあ」

 両手を握りこぶしにして腰に当て少し怒ったように言う仕草は可愛いのだが……。なんで俺に効かないのが分かったのかは……聞かない方がいいのかもしれない。


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