恐怖の超能力。偏頭痛!
なんの変哲もない俺達が通う田舎の中学校。三階建てのカスタードクリーム色をした校舎が昔は白かったなんて誰も信じていない。
恵梨香が昨日言っていた能力を使ったのかどうかは定かではないが、今日の二年二組の出席者は昨日とまったく変わっていなかった。
なんだろう、このちょっとした残念感は……。毎日同じことの繰り返しのような学校生活に、ちょっとだけ刺激的な変化があるのかと期待していたのが恥ずかしい。
自分の頭の悪さに苛立ちすら覚える。所詮、ある訳なかったのさ超能力なんて。恵梨香は教室の端の席で何も言わずに普段通り小説に目を落としている。本カバーがしてあるから何を読んでいるのか分からない。
変な噂をされそうだから俺から恵梨香に話しかけられる訳がない。
事態が急変したのは一限目が終わった休み時間、体操服に着替えようとして体操服の入ったナップサックを机の上に置いた直後のことだった――。
緑色のナップサックは縫い口がほつれている。黑糸で縫ったがまたほつれているのに嫌気がさす。今度は家庭科で習った「半返し縫い」を試してみようかと考えていたら。
「あー、なんか頭いてーなあ」
――!
友達の熊川敦が急に頭痛を訴え始めたのだ――。
「う、嘘だろ。お前、頭痛くなるようなキャラじゃないじゃねーか」
「なんだよその、頭痛くなるようなキャラって……」
もがき苦しむ……ほどではないようだ。顔色が普段よりも少し青い。いや、白い。
「大丈夫か」
最初はそれが恵梨香の能力のせいだと気が付かなかった。いや、信じたくなかったのだ。自分にはない超能力を。
「朝のホームルームの時はぜんぜん元気だったじゃないか」
「ああ」
そんな急に頭って痛くなるのか。よくよく考えると俺は急に頭が痛くなったことが……ほぼ記憶にない。机の角とかにぶつけてたんこぶが出来たことはよくあったが……。
「二時間目は敦の好きな体育だぜ」
「そうなんだが……」
おでこのあたりを抑える。熱は……なさそうだな。俺の手が冷たいのか敦は身震いした。
「女子の太ももが見られるって、あんなに楽しみにしていたじゃないか」
この季節、体力測定は男女ともに半袖短パン着用が義務付けられているから……。
「ちょっと声大きいぞ。女子に丸聞こえだ」
「やべ」
「……」
近くにいた女子が冷たい目線で睨み体操服の入ったナップサックを持つと教室を足早に出て行った。
男子は教室で着替えるが女子には更衣室がある。これは男女差別だと言いたい。
「イテテ……これも……あの噂のせいかなあ……イテテ」
「噂?」
噂ってなんだ。
「ああ、じつは……」
言いかけて敦は急に黙った。チラッと廊下を見たのに気付いて振り返ると……。
廊下に体操服のナップサックを胸の前でギュウーと握りニヤニヤ笑いながら立っている恵梨香の姿が――。
「「キャー!」」
二人して女子みたいな悲鳴を上げてしまった。
「お、俺、やっぱ頭痛が痛いから早退するわ。先生に言っておいてくれ、じゃあな」
え、逃げるの。やだよ、俺を一人ぼっちにしないでくれよ。
「待てよ、頭痛くらい根性でなんとかなるだろ。それか保健室にって、おい――」
敦は自分の席へフラフラと歩いていくと鞄を手に取った。
「さいなら」
鞄を肩に掛けると逃げ出すように教室を出て行った。
「お、おい敦」
頭痛が痛いとマジで先生に言うのか――。頭が痛いじゃ駄目なのか――。
っていうか、本当に頭痛いのか……。
「ほーら。言った通りでしょ」
――昨日、恵梨香が言ったことはまったくの真実だったのか。ゆっくりと俺の机に向かって近づいて来る恵梨香がちょっと誇らしげなのが癇に障る。
「お、お、お前なあ」
言った通りもなにも……。
「だったら、頭痛で休んでいる生徒は全員、恵梨香のせいじゃないか――」
「声大きい! ちょっと座って落ち着きなさいよ」
「……」
仕方なく机に座った。恵梨香も前の席の椅子に座って顔を寄せてくる。あまり学校では顔を寄せてこないでほしい。欠席者が多いとはいえ……周りの目が気になる年頃なのだ。
「よりによって親友の敦を頭痛にするなんて」
小さい声で怒りを込めて言う。
「だって、そうしないと一真は信じてくれなかったでしょ」
一真って呼ぶのも……周りに聞かれていないかヒヤヒヤしてしまう。
「……だが、他にも方法はあっただろ。例えば……嫌な奴とかを頭痛にするとか」
――体育の先生を頭痛にするとか――。
「それじゃあ一真の協力が得られないもの」
「協力だと」
っていうか、協力ってなんだ。俺が何をどう協力すればいいというのだ。俺には何の能力もない。現に敦は頭痛が痛いと言って帰ってしまった。そもそも――。
「誰も協力するなんて言ってない」
「ひどーい! 昨日は『証拠を見せたら俺も協力するぜ』って言ったのに! 騙したのね」
「――!」
目の前で顔を両手で塞ぎ……恵梨香は泣き出してしまった。
小さな肩がヒクヒクと動いて……本当に泣いている……ようにしか見えない? 顔が見えない。
ヒソヒソと周りから声が聞こえ始めた。
「うわ、一真の奴、女子を教室で泣かしてるぜ」
「中学生にもなって女子泣かす男子って、サイテー」
「先生呼んでくるか」
「そこまでしなくてもいいわよ。小学じゃないんだから」
「ほっといて体育しようぜ」
「……」
たしかに、中学にもなって女子を泣かせる男子は最低だ。カッコ悪い。
「……ごめん、謝るから泣かないでくれ」
「うん」
くぐもった声が聞こえた。
「ひょっとしてお前、今、笑ってたのか」
「……お前、じゃないでしょ」
顔を隠したまま立ち上がり自分の席まで戻っていくと、体操服を持って足早に教室の前側の扉から出て行った。
周りからヒソヒソと俺を軽蔑する声が聞こえ続ける中、仕方なく制服から体操服に着替えた。
「あーおかしかった」
体育が終り廊下でそう言って舌をペロッと見せる恵梨香にガッカリさせられた。俺は今、頭が痛い。頭が痛いはずだ――。
「ちっともおかしくない! お前の大根演技のせいで俺はクラスの悪者じゃねーか!」
周りからは恵梨香が顔を抑えて――笑っていたことに気付いていない~。
「チチッチ、チッチ。中学にもなって女子を泣かしちゃいけないんだぞ」
チチッチ、チッチってなんだ。人差し指を口の前で小刻みに揺らす仕草になんの意味があるのだろう。
「誰も泣かしてねーだろ」
――こっちが泣きたい気分だ。
さっきの一部始終を俺が好意を抱いている女子、関野瑞穗もずっと廊下から友達と見ていたからだ。
好感度ポイントが20……いや、23は下がっただろうな……。マイナスサイドになっていなければいいのだが……。




