エピローグ
未来の人類は頭痛を克服することができるのだろうか。
あなたの頭が痛くなるのは……超能力ではなく微能力を持った人のせいかもしれない……。でも、逆に頭痛が治るのも誰かの微能力なのかもしれない……。
「バファリンでいいじゃん。能力に頼らなくても」
科学の子~♪ かよ。
「商品名を出しちゃ駄目だ。せめてバ〇ァリンと言い直すべきだろ」
二年二組の下駄箱が外靴で埋まっているのに安堵する。
「今日はひょっとしてクラス全員登校しているんじゃないか」
「そうね。頭痛の種が無くなったおかげよ」
「頭痛の種って言うなよ」
恵梨香だって一歩間違えれば頭痛の種になっていたかもしれないじゃないか。というか、俺にとっては本当に頭痛の種だったぞ。
昨日も自転車で長距離を走ったから足がパンパンなんだ。俺の家だけ桁違いに遠いんだ――。
「おはよう恵梨香」
「あら瑞穗、おはよう」
ドキッとしてしまう。頭痛の種とか聞かれていなかっただろうか。
「一真君もおはよう」
「あ、ああ。おはよう」
クラスのアイドルに笑顔で話しかけられると嬉しい。昨日の夕方まではずっと他人行儀だったから挨拶すら交わしたことがなかった。
「今日も朝から熱いわね」
「そうか? 今日はまだ涼しいと思うけど」
まだ五月だし、朝だから日差しが差していてもそれほど暑くは感じない。昼頃には少し汗ばむ暑さになるとテレビでお天気のお姉さんが言っていた。
「そんなんじゃないわよ。なに素で返しているのよ」
恵梨香に肘で胸のあたりを突かれた。素って……なんだ。
「フフフ、あー熱い熱い」
関野は笑いながら上履きに履き替えて先に行ってしまった。
「あー!」
関野にからかわれていたことに今さら気付き恥ずかしくて顔が赤くなる。階段を上がって長い廊下を歩き、2年2組の教室に恵梨香と肩を並べて入るところだった――。
咄嗟に教室に入るタイミングを遅らせる。二人で一緒に教室に入れば絶対に男子に冷やかされるだろう。
「ニブ」
いや、ニブってやめてくれよ……。ついていけないぞ、ガールズジョークというやつに。
教室は休み時間、活気に溢れているようだった。クラスに欠席者がいないとこれほどまで賑やかになるものだろうか。
これから毎日こうあってほしい。そのためには、このおかしな微能力を持った女子二人に目を光らせて監視しておかなくてはいけない。
「なーにエロい目で瑞穗ばかり見てるのよ」
「別に見ていない。それにエロい目ってやめてくれよ」
他の女子にも聞こえてしまうじゃないか。まあ、もういいけれど……。
「ひょっとして、嫉妬か」
恵梨香らしくもない。
「違うわよ、バカ!」
あ、今の照れながら言う「違うわよ、バカ!」って滅茶苦茶可愛かったぞ。
「今の、もう一回言ってくれ。今度は両手を軽くグーにして」
ちょっと怒った表情もトッピングしてほしいぞ。
恵梨香と楽しそうに喋っていると、関野が席に近付いてきた。
「休み時間も仲良さそうね」
関野には俺と恵梨香が仲がいいように見えているのだろうか。
「ちょっと聞いてよ。一真ったら今、瑞穗をじっと見てたのよ……。
たぶん、目で裸にしていたわ」
「「――!」」
関野にドン引きされた。軽蔑の視線ってやつだ。制服の上から胸のあたりを腕で隠す。
「なんじゃそりゃあ!」
恐ろしいぞ、「目で裸にしていた」ってなんだ――! そんなスキルがあるのなら――正直に欲しいぞ――! 男子なら誰だって一度は欲しいと憧れるスキルだぞ。
「うわ、やっぱり野神君て、エロいのね」
図星! いやいや、なんで分かるんだよ!
「アワワ、アワワ、って、ちょっと待って」
なぜ故に俺がアワワアワワと言わねばならぬのか。俺はなにもしていないし、エロい目で見てもいなかった筈だぞ――。
「アハハ、歩くセクハラね」
いや、やめてよ。関野が聞いているのだから女子バレー部で噂にでもされたら大変だ。
「ウフフ、歩くチンポミミズね」
小さい声だけどしっかり聞こえた。
「それだけはやめてくれよ。女子が学校の教室でそんな危険なキーワードを発してはならない」
関野は……ちょっと発言が怖い。アイドルのイメージが崩壊寸前だ。顔が赤くなるのではなく青くなりそうだぞ……俺の。
ひょっとすると、関野はアイドルなんていう自分に付けられたイメージが嫌いなのかもしれない。
堅苦しいのが嫌いなタイプなのかもしれない。
「……?」
ミミズは歩かない――!
次の休み時間になると、今度は敦が急に俺の席へとやって来た。
「なんでお前がクラスのアイドル、関野と仲良く喋っているんだよ」
顔が授業中より真顔なのが面白い。
「え、ああ、そりゃあ……クラスメイトだし、友達だからさ」
関野のことを友達と言って自慢するくらい……いいよな。ちょっと足を組んでみせるのに意味なんかは無い。
「最近、里尻とも仲がいいみたいだし、いったいどうなってるんだ」
「どうってことないさ。なんせ、俺はイケメンだからなあ」
髪をかき上げる仕草にも何の意味もない。
「自分で言うなよ。俺の方がよっぽどイケメンのはずだ」
負けじと髪をかき上げるなと言いたい。
「男子はイケメンなだけじゃ駄目なのさ」
微妙~な能力が必要なのさ。羨ましがられるような微能力が。たぶん。
「イケメンとか自分で言っておいて」
「やっぱ、男は3Kさ。高印象、好感度、高出席率さ」
きつい、きたない、きけん、とは違うぞ。
「なんだって、高感度、高成長、校門?」
「――違う!」
校門って……意味不明だぞ? ――学校の門だぞ!
なんだかんだ言って、男子も女子も下ネタが好きなのだろうか……。それが子供から大人になるために必要なスキルなのだろうか……。
それって、頭が痛くなるようなスキルだな――。
六時間目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
部活動がある奴らはどういう思いでこのチャイムを聞いているのだろう。あー、これから残業か……と思っているのかもしれない。やる気に満ちているのかもしれない。
今日はいつもより早く恵梨香と一緒に下校した。誰かに見られているかもしれないが、あまり気にならなくなっていた。
男子と女子が二人で歩いていたって誰にも迷惑を掛ける訳じゃない。
自転車を押しながら学校からの長い下り坂をゆっくりゆっくり下っていく。分かれ道まで一緒に自転車を押して歩くのがここ数日の楽しみになっていた。こういったちょっとした楽しみっていうのがゲームやネットでは味わえない。
後悔しても取り戻せない貴重な時間なのだろう。
関野と恵梨香は小学校の頃、一緒にバレーをやっていたそうだ。身長も最初は関野の方が高かったが、中学に入ってから抜いたらしい。それでも関野は恵梨香と二人でバレー部に入り毎日一緒に練習したいと思っていたそうだが、恵梨香がそれを拒んだそうだ。
「入学した後の部活見学のとき、バレー部の練習が楽しそうに見えなかったのよ」
「関野と一緒でもか」
仲間と一緒に汗や涙を流すのって、その時は苦しくても後々いい思い出になる。それこそ青春だぞ。父さんに入学当初は散々そう言われことがあった。
「瑞穗は負けず嫌いなところがあるから、一緒にバレー部を続けるのはお互いにとってよくないと思ったのよ」
恵梨香が遠慮したのか……。
「ま、理由はともかく、わたしが瑞穗を裏切ったのよ。だから友達とは言っているけど、恨んでいるわ、きっと」
「そうか……」
だから恵梨香は関野にあんなメモを配られたのに怒らなかったのか……。
「瑞穗はたくさんのストレスの中で頑張っているのよ。瑞穗だけじゃない。先生もそうだったけれど、皆が皆に対してストレスを感じて生きているの」
「だから、関野が誰かを頭痛にしても仕方がない……って言いたいんだな」
「……そう。瑞穗が悪いんじゃない」
「……」
恵梨香は自分も悪いと言いたいのだろう。
「あー、わたしも頭が痛いなあ。どうしてもっと楽観的に学校生活を送れないのかしら」
頭が本当に痛いのならおまじないで治してあげてもいいが……。
「それはたぶん、大人になるための訓練なのさ」
「訓練」
「きっとそうだ。皆がたくさんの悩みやストレスを抱えている。でも、それを全部持ったまま大人になっちゃいけないんだ。悩みやストレスを我慢するのではなく解決する方法を勉強しなくちゃいけない」
教科書に書いてあることだけを勉強したって立派な大人になんかなれやしない――。大切なのは悩み事や隠し事を増やすのではなく、それを相談できる友達や先生との信頼関係を深めることなんだ――。
それこそが毎日学校に来て身に付けなければならない大人になるためのスキルなんだ――。
「だから、どんなに自分が苦しくて大変だからといって誰かを陥れようとしたり苦しめようとしたりしてはいけない。もし恵梨香が誰かを頭痛にしたのなら俺が片っ端から治して回る」
「……」
恵梨香の「人を偏頭痛にすることができる能力」なんて、何の意味も持たなくしてやる。
「だから、もう二度と他人を頭痛にしてはいけない。いくら嫌いな奴でも、虐められても、教頭先生でもだ」
嫌いな先生であっても頭痛にしてはいけない。先生だって人間なんだ。
「……」
「だから、もし恵梨香が誰かを頭痛にしてやりたいと思うようなことがあったら、必ず俺に言ってくれ。いつでも恵梨香の力になる。だからもう俺は頭痛を治す能力を使わなくていいと信じている。
――恵梨香を信じている」
「一真……」
綺麗な瞳に光り輝く粒が見える。ウソ泣きじゃ……なさそうだ。
「分かった約束するわ。もう誰も頭痛にしたりなんかしない。その代わりに……。
……キスして」
――! 心臓が止まるかと思うくらいドキッと音を立てた。偉そうなことを言っていても俺はまだまだ子供なんだ。
キスなんて……本気なのか。
「……いや、キスすると能力が奪われるんじゃないのか。関野が昨日、そう言ってたじゃないか」
ひょっとして、頭痛にする能力と交換になるのか? ……うーん、欲しいようで欲しくないようで……微妙。まさに微能力。
「それは瑞穗の作った嘘よ。わたし達が付き合っているのが悔しかっただけよ」
「やっぱり嘘なのか、そう思っていたぜハハハ」
引きつった笑顔を見せる。
――いや、それよりも! どうした俺。なにをそんなにビビっているのだ。キ、キ、キスくらいなんてことないだろ。軽いもんだろ。
恵梨香がそっと目を閉じた。ように見えたから……。
「チュ」
「――!」
唇を恵梨香の唇に素早く重ねた……。送りバンドのようなキス!
「ちょ、早過ぎるわよ! もっとこう……あるでしょ! バカバカバカ!」
「――!」
プイっと背中を見せる。表情が見えない――。なにがいけなかったのか――まるで分からない~――。
「ご、ごめん」
早過ぎるってなんだ。「キスして」なんて言うからしただけなのに。
こっちだって、必死に平然を装って勇気を奮い立たせたのに――とは言わないけど~!
「一真って、本当にムードもなんにもない男ね。あー嫌になっちゃう。わたしのファーストキスを返せ」
ムードって……田んぼが広がる田舎の農道にどんなムードを期待しているのか。
「じゃあ、返すから……」
「……」
恵梨香はこっちを向くと、もう一度、ゆっくりと瞳を閉じた――。
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