放課後の戦い
「「――!」」
急に大きな声でそう反論する瑞穗に驚かされた。ドキッとしてビクッとなった。
ひょっとして、開き直った?
もう?
もう少し我慢して嘘ついていてもいいのに。諦めるのが早すぎるぞと言いたい。
「人ってさあ、他人と比較して初めて幸せを実感できるのよね。ジャンケンで勝ったときも負けた方が悔しがるほど勝った方って嬉しいじゃない」
「そうなのか」
悔し~って地団駄を踏むのを見るのが楽しいか? ……たしかに勝った爽快感が強まるかもしれないが。
「テストでも二位の奴が『一位になりたかったって』て悔しんでいるのを見ると気持ちがいいじゃない」
「分かるわ」
なに言ってやがる。
「分からないな」
二位でも凄いから嬉しいはずだ。俺なら三位でも嬉しい。いや、いまより一つでも順位が上がれば嬉しいぞ。下がってもそんなに悔しくないが……さすがにビリは嫌かもしれない。
「毎日美味しいピカピカの銀シャリを食べて幸せって思っていても、ある日、牛丼を食べてその美味しさに気付くと銀シャリだけでは満足できなくなる。隣の家が週に二回牛丼を食べているのなら、わたしは三回食べないと幸せを感じない」
「う……うん」
例えが――長い。
「ちょっと何言っているのか分かんないや」
銀シャリって……なんだ。俺も一度は食べてみたいぞ。さらにはその上をいく「金シャリ」もあるのだろうか。
「友達のiPh○neよりも自分のiPh○neの方が新しくなければ悔しい」
「分かるわ」
持っていないから俺だけ分からない。悔しいから言わないけれど、携帯電話でいいから欲しいぞ。
「つまり――頭痛に悩まされて学校に来られない人がたくさんいると、それだけでわたしは幸せなのよ――!」
なんでそうなる――理解に苦しむぞ。
「そんなことやめなよ」
「やめないわ」
「やめさせるわ。じゃないと、学級閉鎖になりクラス委員になれない」
「「――!」」
また恵梨香はクラス委員って言ったぞ――どさくさに紛れて――。
「恵梨香もクラス委員を狙っているんだ」
……関野もクラス委員を狙っているのか。頭痛いぞ、似た者同士で。
「でもどうやってやめさせる気? わたしがみんなを頭痛にしているって、先生や警察にでも相談するの。信じてくれるといいわね」
「……」
なんの証拠もない。つまり、証明のしようがない。もし今の会話をボイスレコーダーで録音していたとしても信じて貰えないだろう。中二病の子供達の戯言……で片付けられるだろう。
「オーッホッホッホ」
キャラが変っている。女子中学生が「ホッホッホ」って笑わないだろう。綺麗な顔立ちに相応しい笑い声なのかもしれない。
「ウーッフッフッフ!」
「やめなさい! 笑っている場合じゃないでしょ、アホ」
対抗して笑ってみただけなのに……アホは酷いぞ。
「いや、分かったんだ」
「なにがよ」
「頭痛の種が……だよ」
「頭痛の種?」
二人が首を傾げる。同じ方向なのが見ていて可愛い。角度も揃っている。
「頭痛だよ。関野は」
「はあ?」
「……」
他人を偏頭痛にするなんて頭が痛くなるような能力を使い続ける理由はただ一つじゃないか――。
「今までは自分以外を頭痛に苦しめてきて、それで自分の方が上だと優越感に浸っていた。それなのに、自分が頭痛になり急に今までしてきたことに罪の意識が芽生えた。違うかい」
名探偵ぶりの名推理だぞ。瑞穗の顔色が急に変わる。
「――そんなのはないわ。みんな頭痛になればいいのよ」
「他人の頭痛は自分がやめれば無くなるのに自分の頭痛が消えない苛立ち。後悔。皆勤賞を狙っているから辛くても休めない使命感。このクラスに突如広まった頭痛の根源は、そんな頭痛を我慢している関野のことを理解しない周りのせいだ。これは関野のせいじゃない」
「……」
関野の肩が少し下がったような気がした。
……女子特有の頭痛があるのなら、皆勤賞の制度は男女平等じゃないのだ。だが、いったいどうすればよいのだ……。
「何考えているの」
「え、ああ、なんでもない」
「お母さんはいつも言うわ。一人くらいは男の子が欲しかったなあって」
関野は一点を見つめている。行き場のない怒りをひしひしと感じる。
「瑞穗は三人姉妹の二女だから……グレるのよ」
三人姉妹か。お母さんは男の子も欲しかったのだろう。でも、グレるとかストレートに言わない方がいいと思うぞ。
「グレてなんかいないわ!」
ほら、やっぱり怒ったじゃないか。グレていなくてもクラスメイトを頭痛にする行為は決して褒められたものではない。言いにくいけど……立派にグレてる――。グレイゾーンを超えている――。
「でも、それってさあ、わたしがどうこうできる問題じゃないでしょ――。だから男が生まれるまでやってやってやりまくって生んで生んで生みまくればいいじゃないって言ってやったわ」
「やるーう」
「……」
母親と仲悪そうだなあ……。親に「やってやってやりまくれ」なんて言えないよなあ……。
いや、言ってみようかなあ……今からでも妹が欲しいかも。でも、この二人みたいな性格だと……困るだろうなあ。
「だから、男子を見ていると腹が立つのよ。訳の分からないことに夢中になっていたり悩みもなさそうにバカなことばかり子供みたいにやっていたりするのを見ると――」
――腹が立ってしょうがないのよ――。
「男子のどこがバカなんだよ。男子だって悩みもあるし、ちゃんとしたことに夢中になっている」
悪いが、全国の男子代表として猛反論させてもらうぜ。
「カエルの解剖のどこが楽しいのよ」
「――カエル!」
突拍子もないところを突いてきたぞ。どこがって……いや、楽しかった覚えはないが……興味はあった。お腹を開いたところを真剣にスケッチした。
「合唱コンクールのどこが楽しいのよ!」
「――!」
男子の楽しい行事が、女子には楽しくないなんて……。
「いや、それは男子女子で分けるべきではないわ。わたしも合唱コンクール、好きよ」
恵梨香が優しい笑顔を見せる。
「――!」
嘘コケ! 恵梨香はバカバカしくて嫌いって言っていたぞ――! 伏線の回収にもならないぞ――!
「わたしがどんなに辛くて苦しくても誰も助けてくれないじゃない。それなのに人が苦しい時は助けてあげるなんて、バッカみたい。恵梨香だって、もし同じ能力があるのなら嫌いな奴の頭を痛くしてスカッとしているんでしょ」
「……」
しているのか……?
まあ、もし俺にもその能力があれば嫌いな奴を頭痛くしていただろうなあ。嫌いな体育の先生とか、隣の家のよく吠えるアホ犬とか、その飼い主とか……。片っ端から嫌な奴を頭痛にしているだろうな。
「わたし達はもう中学生なのよ。いつまで子供のままでいる気よ」
中学生はもう立派な大人だ。心も体も急成長するのだ。
「なんですって、大人ぶって、まだのくせに」
「自分の我儘で人を頭痛にしてスッキリするなんて、小学生と同じよ」
「うるさい。えーい!」
「イデデデデ」
――!
えっ? そんな即効性があるの? 恵梨香が突然、頭を抱えてしゃがみ込むではないか。偏頭痛なんてレベルではないのかもしれない。
「どうよ、大人ぶって」
「やったなあ、えーい!」
「イデデデデ」
……。
あれ? これって……ひょっとすると、子供の喧嘩なのではないだろうか。目に見えないぶん、かなり質が悪い。
喧嘩するほど仲がいいというから……これは女子の友情関係なのかもしれない。正直、あまり関わりたくない。見ているこっちの方が頭が痛くなりそうだ。
「「イデデデデ」」
お互い痛いのなら止めればいいのに……。
放課後の教室が戦いの舞台になるのってアニメや不良漫画だけの話かと思っていたが……初めて見たぞ。そして想像以上に地味。二人が頭を抱えてうずくまる……だけ。
醜い争いは数分にも及んだ。一回あくびが出たが二人にはバレていない。
「もうやめないか、二人とも」
お互いの力は充分わかっただろ。俺にはサッパリ分からないが。
「「はあ、はあ、はあ、はあ」」
さらには疲れるんだ、その能力を強く使い続けると……。それとも息切れするほど頭が痛いのだろうか。
見ていて頭が痛くなるぞ……。つまりは、俺もその能力の「おこぼれ被害」を受けているってことになるぞ。
おすそ分けと言った方がよいのだろうか。
「早く頭痛を治してよ」
恵梨香が切れ長の目でこっちを睨む。若干、切れ気味なのが歯痒い。
「え、そんなことが野神君にはできるの? だったらわたしもお願い」
ああ、お安い御用だ。
「はい。えーい!」
二人の真似をして声に出してみた。
「「……」」
まだおまじないは唱えない。ちょっとは二人に頭を冷やしてほしいから。
「ちょっと、ぜんぜんマシにならないじゃないの」
片目を閉じて頭を手で押さえている。本当に痛そうだ。
「え、嘘だったの! 一瞬だけど野神君のことが好きになりかけたのに」
「――!」
なんだって? 今なんて言ったの? 関野が……俺のことを好きになりかけただって?
「ちょっと、何言っているのよ。一真とわたしはもう付き合っているのよ」
「――!」
なんだって? 今なんて言ったの? 恵梨香と俺が付き合っているって?
「なんですって」
友達とかの目の前で……言えることなのか。ひょっとして……人生初の……モテ期? 二人の女子が俺のことを好きになっている。
いやいや、騙されてはいけない。落ち着け俺。二人が欲しいのは俺じゃなくて、俺のもつ偏頭痛がマシになるスキルだ。
いやいやいや、でも、それって俺にしかない微妙な能力だから……それはそれで俺として好意を持たれているって考えてもいいのか――。
実際に、病院のお医者さんは……モテる。
「早くしなさいよ!」
……結局は命令かよ。
「はいはい」
仕方なく恵梨香と関野の頭痛を治してやった。自分でもどうなっているのか分からないが、なんか、「痛いの痛いの飛んでいけー」と俺が考えるだけでも頭痛が楽になるみたいだ。
「……」
「……す、凄いわ」
「凄いのか?」
俺のこの能力って凄いのか? ぜんぜん凄そうな実感が湧かないのだが。関野が驚きの表情を見せる。お安い御用過ぎて……逆に申し訳ない気分だ。
「一真君のこの能力があれば、もう頭痛薬なんていらないわ。他の女子からも絶対に好かれるわ」
照れるじゃないか。無性に頭が掻きたくなる。
「……そんなわけねーだお」
「「ねーだお?」」
ねーだろと言いたかっただけだ。二人してクスクス笑うんじゃない。
「他の女子には絶対に内緒だからね」
「なんで恵梨香が言うのよ。ひょっとして独占欲ってやつ」
意地の悪い顔で言い返す。
「当り前よ。わたしが見つけたんだから」
「……」
まあ、見つけられたといえば見つけられたのかもしれない。俺はぜんぜん気が付かなかった。
「もし一真の能力がバレてどっかの大学病院や秘密結社に連れていかれたら、瑞穗だって困るでしょ。皆勤賞取れなくなるかもしれないわよ」
「……そうね」
関野は机に座った。俺と恵梨香がその前に座ると、大きく深呼吸してからゆっくり語り始めた。




