バレる能力
「今日、部活が終わるまで教室で待っているから、一緒に帰らない」
「……え、どうしたの恵梨香」
「ちょっと話があるんだ」
「……うん。いいわよ」
「じゃあ、教室で待ってるね。練習頑張って」
「ありがとう」
「ウノ」
クラスメイトの名前でもあるのだが、
「たはー! また負けた!」
「弱過ぎ」
ひょっとして俺は、カードゲームも弱いのだろうか。学校に「ウノ」も持って来てはいけない。だが、スマホを持たない俺が周りのみんなと仲良く遊ぶにはこういったアイテムが必要なんだ。
「一真は顔にぜんぶ出るのよ。ポーカーフェイスとか無理なタイプね」
「素直だと褒めてくれよ」
それに、手加減っていうのはイカサマ以上に相手にバレちゃいけないのさ。
部活動をしている男子はもう全員が着替えを済ませて帰った。その後、誰もいなくなった教室で恵梨香とカードゲームをして待っていた。
「本当に来るかなあ」
カードをガムテープで補修してあるヨレヨレの箱に仕舞う。
「来るわよきっと。それよりさあ、さっきからちょっと……頭痛いのよね」
こめかみを握りこぶしでグリグリ押す仕草が子供っぽくてキュンとなる――。こめかみって、押すと頭痛が和らぐのだろうか。すると、アイアンクロウってツボマッサージだったのだろうか。
「頭が痛いって……こんな時にか」
大丈夫かよ。
「そうよ。こんな時だからよ。だから一真のアレ、お願いしてもいいかしら」
「アレ? え、ああ、いいぜ」
お安い御用過ぎる。
「痛いの痛いの飛んでけ」
教室には恵梨香しかいないから、声に出して言ってみる。
「……」
恵梨香の表情をまじまじと見つめるが、まったく変わらない。やっぱり気休めなのだろうか、俺の能力って。
「これは……マジでやばいわ」
「やばいのか」
じゃあ、恵梨香は早く帰って休んだ方がいい。
「歯医者で歯を抜く前の麻酔くらい即効性があるわ、もうぜんぜん痛くない。痛かったのが嘘みたいよ」
例えが微妙だが効果はあったみたいだ。
「え、本当に? なんか嬉しいなあ」
恵梨香の役に立てて。
「あら、最近二人は仲が良さそうね」
教室の前から入ってきた第三者の声にドキッとし、思わず握っていた恵梨香の手を離した。
足音が聞こえなかった。抜け足差し足で歩いてきたんだ、きっと。
「いや、仲なんてよくないさ。ハハハ」
痒くない頭を掻いて必死に誤魔化す。
「練習お疲れ様。それより、瑞穗は今日、頭が痛くなかったったの」
恵梨香が話しかけると関野は突然の質問に少し驚いた表情を見せた。
「頭痛って……ないわよ。どうしたの突然」
ちらっと俺の方も見る関野瑞穗。まるで雑誌の表紙から出てきたような整った顔立ちにドキッとする。やっぱりクラスのアイドル、ナンバーワンのオンリーワンだ。
教室の窓からはバーミリオンの陽が差し込み3人に長い影を作っている。
「ほら、最近うちのクラスって欠席者が多いじゃない」
「そうね。みんな頭が痛いって休んでいるわよね。今朝は久しぶりにみんなに会えたけど……」
お昼頃に頭痛を訴えて帰っていった。そんな不自然な現象が起こっている。まだ続いている。
「瑞穗ってさあ、皆勤賞狙っているんでしょ。頭痛くなったりすると大変よね」
チラッとまた俺の方を見る。ひょっとして、ライバル視されているのだろうか。単純に嬉しいぞと喜んでいいのだろうか。
「わたしは大丈夫よ。痛くなったらすぐバファリン飲むから」
……そこは、セデスじゃないんだ。
バファリンって……せめてバ〇ァリンとか言わないとマズいんじゃないだろうか。
「じゃあさあ、クラスで流れている噂って知ってる」
「え、噂。なんのことよ」
関野が知らない筈がないのに……白々しい演技だ。
「へえー。知らないのなら教えてあげようか」
「ちょっと、なにするのよ」
……まだ何もしていないぞ。恵梨香が立ち上がっただけで瑞穗は一歩退く。
「クラスで広まっている、わたしの噂を試してみるのよ」
「……」
「聞いた事、あるんでしょ」
「……思い出したわ。恵梨香がクラスのみんなを頭痛にしているって噂ね」
「やっぱり知っているんじゃない。どうして知らないって嘘をつくのよ」
「だって、気にしていると思って」
「わたしたち友達よね」
「ええ」
「これまでも、これからも」
「うん」
「だったら、もし、わたしの力で頭が痛くなっても、文句は言わないわね」
「……」
なぜ黙る。普通なら文句を言うだろ、訳の分からない能力で頭痛くされたりしたら。
「えーい」
「……」
いやいや、「えーい」で簡単に頭が痛くなったら……ほんとに怖いぞ。微能力とかってバカにしていたが、本当に超能力だぞ。
しかし、何も起こらない。そんな即効性はないのだろう。じわじわ効いてくるのだろう。たぶん。
「なーんちゃって。人を頭痛にできるような超能力なんて、この世にあるわけないわよね」
「……ええ。あービックリした」
関野もホッと息を吐く。俺もなぜか息を止めていたことに気付いて大きく息を吐いた。
「この噂を流し始めたのは、誰か知っているんでしょ」
――!
「……」
関野の表情が瞬きよりも短い一瞬だけ変わったのを見逃さなかった。
というか、頭が痛くなったクラスメイトは瑞穗から受け取っていたのだ。――ノートの端っこをちぎった悪戯書きのようなメモを――。
昨日も、『里尻恵梨香には人を頭痛にする能力がある』と書いたメモを関野が机に入れていたのだ――。クラスのアイドル的存在で、さらには恵梨香の友達って聞いていたのに……信じられなかった。
証拠に一枚くらいメモを捨てずに持っておけばよかったと……ちょっぴり後悔している。記念になる。
「なんでそんなありもしない噂を流し始めたんだ」
あるようでない。いや、ありもしないようである噂なのだが……。
――いや、ひょっとして……。
「ひょっとして、関野も人を偏頭痛にする能力を持っているのか!」
「「――!」」
関野の顔が驚きに豹変した。恵梨香がすっごい険悪な目で関野ではなく俺を睨んでいる~。
あれ、「関野も」って言ったのはよくよく考えるとマズかったのかもしれない。恵梨香の噂が本当だとバレてしまう~。アワワ、後で怒られること疑いない――。
「ま、まさか」
だが、恵梨香も驚きを隠しえないようだ。
「いや、なんかそんな予感はしていたんだ。普通なら……もっとマシな噂や陰口を書くだろ。そもそもありえないだろ、人を偏頭痛にするから気を付けろなんて噂」
微妙な噂すぎて誰も信じないだろ。共感も湧かないし凄くもない。メモと言うよりゴミだ。嘘や冗談だったとしても笑えなさ過ぎる。
「独創性というよりは、自分が言われたら一番嫌なことを知らないうちに噂として流してやりたいと考えたんじゃないのか」
「……」
小刻みに手が震えている。顔色も真っ青だ。俺の顔も真っ青かもしれない。こんなめんどくさい能力を持った人間がまさかクラスに二人もいるなんて……。
……頭が痛いぞ。頭痛の種が倍増だぞ。
「それで誰でも構わずに頭痛にしてきたの」
「していないわ。わたしは何もしていない」
偏頭痛にする能力のことは否定しないんだ……。
「してるじゃん」
「……」
黙らないで。しているって認めているのと同じなんよ。
教室に関野が来る前に恵梨香が頭痛になったのも偏頭痛になる微能力を使ったからで間違いないだろう。
それで教室を確認するために足音を潜めて近づいてきたってことか……。
だが不思議だ。
中一のときは関野と同じクラスでも頭痛で休む生徒なんて一人もいなかった。恵梨香と同じように小さい頃からその能力があったのなら、当然のように近くで頭痛を訴えたり休んだりする生徒がいるはずだ。
恵梨香と同じように、その能力を使うのを自分の意思で止めていたのなら、なぜまた使い始めたのだろう。それに……。
「休んでいる生徒は、ぜんぶ瑞穗の仕業だったのね」
「……ちがう」
首を大きく横に何度も振る。まるで、「言わないで」って言っているようだ。
「そんなことをして何の得になるのよ」
急に横に振っていた首がピタリと止まる。
「――ざまあよ。他人の不幸が自分の幸せなのよ――」




