祝、全員登校
次の日、先生は目を丸くした。そもそも目は丸いのだが。
「おはようございます」
「「おはようございます!」」
元気を取り戻したようなクラスから大きく返事が返ってくると先生は目に涙を浮かべていた。
学級閉鎖はまぬがれたと安堵した。昨日、夜遅くまでみんなの家を回って本当によかった。足の筋肉痛が心地よい。今日の六限目にはクラス委員や合唱コンクールの歌などを決めるそうだ。
まあ、立候補者が恵梨香しかいなければ決まるだろうが……もし、関野やクラスで人気の高い女子も立候補したら難しいかもしれないなあ……。
なんせ、性格はお世辞にもいいとは言えないから……クスッ。
――ところが、事態は急変した――。
昼休みが終わった五限目。机がいくつも空席になっているのに気が付いた。宇野も桑原も姿が見えない。敦の鞄までもがない。
「なんだ、いったいどうしたんだ」
朝はみんな元気だったのに、やっぱりまた頭痛がすると言い出し早退したのだ。
――ひょっとして、恵梨香の能力は自分が制御できる範囲を超えてしまっているのか――。
「なんか、わたしも頭痛くなってきたから早退していいですか」
女子生徒がまた一人、授業中の先生にそう訴える。
「あと二時間だから頑張って」
大きな黒板用の透明分度器を持ったまま戸田先生が説得するのだが、
「……じゃあ、明日は休みます」
「……」
説得も虚しく鞄を持って去るように教室から出て行ってしまった。
教室は静かでざわつきもしない。いつもの静けさを取り戻し喜んでいるかのようだ。
本当に頭痛なのだろう。朝と比べると顔が青白かった。おまじないをかければよかったのだろうが……みんなが見ている。
だったら心の中でおまじないをすればいいのだが……なんだろう。この先、俺は毎日毎日みんなの頭痛を治すためにおまじないを呟き続けなくてはならないのだろうか。
――根本的な原因をなんとかしなくては、同じことの繰り返しではないのだろうか――。
五時間目の休み時間に恵梨香と非常階段で話した。
「俺は怒らないから、本当のことを言ってくれ」
これはいったいどういうことなのかを説明してほしい。正直に。
「一真はわたしが頭痛にしたと思っているの」
……思っていない。
「思いたくはない。だが、学校に出てきた時はみんな元気だったのに、急に頭が痛くなるなんてこと、ある筈がない」
外は天気だ。明日も天気だ――。風邪だってインフルエンザだって潜伏期間がある。みんな一斉に発症したりはしない――。
どう考えても不自然過ぎる。合唱コンクールは――来月だ。
「……敦が恵梨香の能力で頭痛を訴えた時とまったく同じにしか見えない」
「ひどい! 一真だけは信じてくれていると思ったのに」
だから、両手で顔を覆って泣き真似はしないでくれ。
「信じているからこそじゃないか。いいか、そうそう頭痛なんて急にはならないはずだ――」
また今日も早退した全員の家を回っておまじないをかけなくちゃいけないのか? もうヨーグルト作戦は通用しない。そうそう毎日ヨーグルトを貰える訳じゃないんだ。プリンは絶対に余らないのを俺は知っているんだ。
「それに……恵梨香が頭痛になる能力を使うのをやめれば、あたかも治ったようにも見える。戸田先生も他のクラスメイトたちも、俺が治したのではなく恵梨香が頭痛にするのをやめることで、あたかも治ったように見えただけじゃないのか――」
「――!」
恵梨香の目は……涙で潤んでいた。
「――もう誰も信じられない」
――だが――。
「それは……。こっちのセリフだろ」
「……」
恵梨香はバッと背を向けて走り去ってしまった。遅れて漂うフレッシュフローラルの香りに自分の言ったことが正しかったのか、疑問の念に下唇を少し噛んだ。
教室に戻ろうとすると、恵梨香が鞄を持ち廊下を帰っていくのが見えた。きつく言い過ぎたかもしれないが、これでいいんだ。
これで白黒ハッキリするじゃないか……。
案の定、六限目には誰も頭痛を訴えなかった……。
「こんなに欠席者がいるのなら、クラス委員を決めるのはまた後日にしましょうか」
恵梨香がなりたがっていたのを考慮してかは知らないが、戸田先生は肩を落としてそう呟くと、教室を後にした。
そんなことはもうどうでもよかった。




