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おまじない回り


 手始めに、学校から一番近い休んでいる生徒の家に来た。


 作戦は簡単だ。ピンポンを押してなんとか玄関まで呼び出し、頭痛が明日の朝に治っていれば学校へ行こうと告げて後ろを向いたらおまじないをかける。痛いの痛いの飛んでいけ。本当に治ったのなら、次の日に学校に来るだろう。


 ピンポーン!

 玄関のチャイムを押す。この辺りの家は田んぼや畑で囲まれた一軒家が殆どだ。

『はい』

「うおっ!」

 お母さんらしき女性の声が突然聞こえた。インターホンから声が聞こえるとは……この辺りも都会化しているなあ。

「クラスメイトの野神です。給食のヨーグルトを持ってきました」

 インターホンに向かって会釈をしながら言ってみた。どこかから見ているのかもしれない。瓦屋根の大きな家にはたくさん窓がある。

「宇野聡介君はいますか」

『ちょっと待ってね。聡介! 聡介! お友達よ』

 インターホンから聞こえたままですよと言って差し上げたい。

 隣で恵梨香が唖然としている。俺の鞄はヨーグルトがは入ってパンパンになっているのだ。


「ちょっと、これだけたくさんのヨーグルトをどうしたのよ……。今日の給食にヨーグルトは無かったわ。――まさか、給食調理室の冷蔵庫からかっぱらってきたの」

 驚きと焦りの表情を足して二で割ると、恵梨香ってこんな顔になるのか。普段見られない表情を見られるのが楽しい。って、ちょっと俺も性格が悪くなってきたのかもしれない。

「フッ、人聞きの悪い」

 「かっぱらってきた」って酷いぞ。さらには声も大きいぞ。

「給食のおばちゃんに無理言って貰ってきたんだ」

 盗んできたのとは違う。

「貰ったの? こんなにたくさん」

 十個以上はある。

「ああ。給食のおばちゃんって、わりと融通が利くのさ。この前も、『おばさん、肉団子二つ入れて』って冗談で頼んだら、笑顔で入れてくれたぜ」

「肉団子二つって……どこに」

「炊き上がった白ご飯に」

「……白……ご飯」

「誰の口に入ったかは分からないけどな」


 全校生徒でそれが当たった二人は幸運の持ち主だ。白ご飯から肉団子~だからな。


「ご飯に肉団子を入れさせないで――! っていうか、こないだって昨日のことでしょ! わたしのご飯にだけ肉団子が二つ入っていて、ぜったいにこれは虐めだと思ったんだから――!」

「ええ! 恵梨香が二つも独占したのかよ。だったら一つは俺にくれよ」

 先に言っておけばよかったと今さら後悔しても遅い……シクシク。

「恥ずかしくて言えるわけないじゃない。こっそり食べたわよ」

 こっそり食べたのか。いいなあ……。

「旨かったか、肉団子ご飯」

 語呂が悪いぞ。肉団子ご飯。

「……シュウマイみたいで……美味しかった……いや、微妙よ」

 ちょっと頬が赤い。


 ガラガラと引き戸の玄関があいて、ジャージ姿の宇野聡介(うのそうすけ)が顔を出した。

「あれ、里尻までいるのか。どうしたんだよ」

「今日学校に来られなかった生徒の家に給食のヨーグルトと学級通信を回しているのよ」

「ヨーグルトと……学級通信? 戸田先生はもう学校に来てるのか」

 ヨーグルトと学級通信のわら半紙を受け取りながら宇野が聞いてきた。担任の戸田先生は男子に特に人気がある。

「ああ、今日からだけどな。だから明日、もし頭が痛くなかったら学校へ来いよ」

 べつにズル休みしてる訳じゃないんだろ、野球部の次期エースなんだから。

「うーん、今もなんかズキズキして行く気になれないんだよなあ。分かるかなあ、花粉症が発症したときのような頭痛」

 ごめん、俺は頭痛にうとい体質なんだ。恵梨香も難しそうな顔をしている。たぶん花粉症じゃない。

「じゃあズル休みじゃないんだな」

「あのなあ、ズル休みの訳がないだろ。家にいたって暇でやることないし……」

 ズル休みって言葉に少し怒っている。手にしたヨーグルトがプルプル震えている。

「早く治るといいね」

「あ……ああ」

 学校ではほとんど喋らない恵梨香に急にそんなことを言われば照れるのも仕方ないだろう。

「じゃあな」

「バイビー」

「バイビーって……」

 宇野が俺に背中を見せた瞬間、祈るように念じた。――痛いの痛いの飛んでけ!


 ガラガラ……ピシャン。引き戸は閉められた。


「うーん。本当に効いたのだろうか、おまじない」

 頭痛が治れば急に元気になると思うが。

「人によっては即効性がないのかもしれないわ。もしくは宇野が鈍くて頭痛が治っても気付いてないだけよ」

 聞こえるぞ。


 玄関から離れて道に停めていた自転車にまたがる。

「まあ、明日には分かるわ」

「そうだな」

 ここで待っていても仕方がないのは事実だ。

「つぎ行ってみよー!」

「上機嫌だなあ……」

 なんだかんだ言っていても、恵梨香だってみんなに教室へ戻ってきて欲しいんだな。それもこれも……クラス委員になるためなのだろう。



 女子の欠席者とは恵梨香が話してくれた。

 見つからないように俺だけこっそり隠れていたのだが、女子は一度喋り出すと……どうでもいいことをペチャクチャ喋り出して……最長で二〇分喋っていたのには、なにかしらのヤバさを感じた。

 今日中に帰れるのだろうかと……。


「ひょっとすると一軒一軒回らなくても数キロ離れたところからでも効くんじゃないか」

 頭痛を治すおまじないの射程距離が不明だぞ。自転車をこぎながら恵梨香に聞いてみるのだが、恵梨香だって分かる筈がない。

 いや、ひょっとすると人を偏頭痛にする能力と同じとかで知っているかもしれない。

「うーん、それだったら、わざわざ神社まで行ってお参りしなくても、家からお参りできる筈よね」

 お祈りとおまじないは同党の距離感ってことか……。ほんまかいな。

「お賽銭は」

「スマホやコンビニ決済」

「……そんな時代にはならないでほしいぞ」

 田舎の神社は有名な都会の神社に……全部お賽銭をもっていかれて潰れるぞ……。

「あとちょっとだから、頑張ろ」

 額に汗を流しながら姿勢正しく自転車をこいでいる恵梨香に励まされると、なんか弱音を吐こうとしていたことが気恥ずかしかった。

「ああ」

「そうだ! スマホ貸してあげるから今日は帰るのが遅くなるって親に伝えておきなさいよ」

 自転車をこぎながらスカートのポケットからスマホを出して差し出してくる。


 スマホ運転は危険だから、ブレーキをかけて自転車を止めた。なんせ俺はスマホの扱いに慣れていない。触ったこともないのだ。


「なんでそこも命令口調なんだよ」

「親って心配するでしょ」

 女子の親って、心配してくれるんだ……。羨ましいようなウザいような。

「男子はそうでもないぜ」

「そうかしら」

 スマホが少し暖かかったのが……気恥ずかしかった。

 ……かけ方が分からなくて、もっと気恥ずかしかった――。番号を言って恵梨香に操作してもらった。


「もしもし、母さん? 今日も友達と遊んで帰るからちょっと遅くなる。うん、テレカ無くなったから友達のスマホ。うん、うん、ご飯は家で食べるから残しておいて。じゃあ」

 スマホを返した。

「サラリーマンかよ」

 クスクス笑わないでほしいぞ。



 ようやく全部の家を回り終わった……。


 夜風が涼しいのだが、シャツの汗を冷やして少し肌寒く感じる。風邪を引かないように注意しなくてはならない。

 皆が学校に来たのに、俺だけ休むのなんて絶対に嫌だ。皆勤賞が消える。


「すっかり遅くなってしまったなあ」

 もう九時を過ぎているのではないだろうか。雲一つない空を星が埋め尽くしている。空気が澄んでいて外灯が無い田舎の夜空は、大都会の夜景に匹敵するといっても過言ではない。――いや、絶対に過言だ。

 大都会の夜景を見たことがない田舎者の妬みだ……。

「今日は星が綺麗だなあ」

 ちらっと恵梨香の方を見ると、クスクス笑っている。

「もっとロマンティックなこと言えないの。『今日は星が綺麗だなあ』って、おっさんよ、おっさん」

「……」

 クスクス笑いから声を上げて笑い出す恵梨香を見ていると、だんだん恥ずかしくて顔が赤くなってしまう。星が綺麗だなって言っただけなのに――そんなにおっさんぽいのか! っていうか、「ロマンティック」って……そっちの方が死語ではないだろうか。日常生活で使う言葉じゃないぞ――。

「スター、イズ、ビューティフル」

「プーククク、お腹痛いわ、一真の日本語英語」

「日本語英語って酷いぞ」

 他に恵梨香を笑わせる言葉はないだろうか。綺麗な星空に二人っきりでいるみたいで……早く帰らないといけないのに、まだ帰りたくない気持ちになる。

「夜空の星空には恵梨香の美しさも敵いはしない……」

 ……。

「なんですって! 普通は逆でしょ!」

 ほら怒った。「普通は逆でしょ」と言い切るのがおこがましい。

「ハハハ、冗談だよ」

 ドキッとした。怒ってこっちを向いた恵梨香の顔が近くて……恵梨香もそのことに気付き慌てて離れる。

 自転車にそっとまたがった。

「……じゃあね、また明日」

「あ、ああ、暗いから気を付けろよ」


 バイビーと言いかけてやめた。

 バイビーも死語のような気がしたから……。


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