五月の夕焼け
「ねえ」
青い瓦屋根の古い一軒家。二階の狭い俺の部屋に窓から赤い日が差し込み、恵梨香の横顔を一層赤く照らすと高揚感に似た感覚に鼓動が早まる。
「なんだい、大事な話って」
告白でもされるのだろうか。だとすれば……どうやって断ろうか。俺には同じクラスに好きな女子がいるのだから……。
――相手を傷つけないように断れる、そんな都合がのいい方法なんてこの世にあるのだろうか――。
「あなたは、超能力って……信じる?」
「超! ……能! ……力!」
――はあ?
いったいなんの話だ。なんの話をしに来たのだ。思わず口がクパアと開いてしまった。
「うん。超能力よ。答えて」
「いや、答えてって言われても」
目が真剣なのが……返答をごっそり悩ませる。昨日……テレビで超能力の特番でもあったのだろうか。いや、なかった。テレビの番組表で確認したがそんな胸のトキメク番組は皆無だった。
「超能力といったら、あれだろう」
普通の人には使えない人間の力を逸脱した信じられない力のこと。で合っているよな。
テレビや映画、アニメやゲームなら当然のように出てくる能力だが、当然のように俺みたいな凡人には使えない。周りでもとんとお目にかからない。故に超能力なのだろう。
実際のそれを目の当たりにしたことがない俺にとっては、その全てが種と仕掛けのある手品のようなものだと考えていた。
本当に超能力なんざを持つ人間がいてその力が世間にバレたり見られたりなんかしたら、たちまちどこかの大学病院とかで解剖されたりNASUやMENNZAとかいった秘密結社に連れ去られたりするのは疑いない。
「ぜんぜんまったく信じない」
小学生や中二病のガキじゃあるまい。
「俺らはもう中学二年生だ。暦の上では立派な大人なんだぜ」
ちょっと前髪を指で触る仕草には何の意味もない。中学二年になっても、女子ってまだまだ乙女チックだなあ。
「プッ」
……笑いやがった。
「何が可笑しいんだよ」
笑わせる努力なんかしていない。むしろこっちが笑いたいところだぞ。ニヤリと。
「たいした大人発言ね」
「そうさ。俺はもう大人なのさ」
テレビの特番を信じたりしないし、勇者になれるなんて信じてもいない。
――小学校の卒業文集に「将来の夢は勇者」と書いたのは消し去りたい黒歴史だ。目の前に座るクラスメイト、里尻恵梨香には絶対知られてはならない黒歴史だ――。
――俺もユーチューバーかメジャーリーガーにしておけばよかった。野球やったことないけれど――。
「まあ、もしその超能力ってやつを目の当りにしたら……信じるかもしれないがな」
幽霊や宇宙人だって、この目で実際に見たら信じると決めている。それ以外は信じない。何故なら写真を切って貼ったり、ビデオを編集したり、色んな方法で偽造出来ることを知っているからだ。自分の目で見ない限り絶対に信じないと決めている。
一年の学期末テストの点数で国語が十八点だったのも……まだ信じていない。
「うーん、難しいなあ」
「そうだろうな」
難しいじゃなく、出来もしないことは出来ないとハッキリ言えと言いたい。
クラスでいつも目立たない里尻なんかにそんな能力があるのだとしたら……俺にだってそれ以上の超能力が欲しいぞ。
下校後に制服のまま自転車で家にまでやって来て、話す内容がまさかの超能力って……ひょっとして、里尻は暇なのだろうか。スカートの裾から白い綺麗な靴下が妙に視線に入る。指先に穴が開いていないし、薄くなった部分もない。女子の靴下って……男子のより強いのだろうか。
「まあ、超能力を信じるか信じないかなんて人それぞれでいいと思うぜ」
里尻が超能力を信じているというのなら俺はそれを否定しようとは思わない。何故なら俺だって小学生の頃はテレビの特番を信じていた。UFOやハンダパワーやポツンと一軒家。
それに超能力とは呼べなくても人にはそれぞれ個性があり他人には真似できない特技があったりもする。百メートルを10秒で走れるのなら、それは十分超能力と呼んでいい。じゃあ……11秒台なら? 超じゃなくて、凄? 凄能力とでも呼ぶのだろうか……。
里尻も俺と一緒で部活動をしていない。言わば帰宅部だ。学校が終われば早く帰って勉強する訳もなく、ただのんびりダラダラ自分のしたいことをしているだけなのさ。
特技なんて……ある筈がない。部屋に置いてあるエレキギターは楽器じゃない。オブジェだ。親父のお古だ。弾けない。
「じつはわたしには他の誰にもできない……超能力があるの……」
「……」
ゴクリと唾を飲んだ。
自分の部屋に女子と二人きりだから……ではないぞ。家族もまだ帰ってきていないから……でもないぞ――。なんか無性に喉が乾くだけだぞ――。
「絶対に誰にも言わないって約束してくれる」
「約束もなにも……」
今日、里尻が俺の家へ来て俺の部屋に二人でいることすら誰にも言える訳がなかろうて。――家族にも――。
「……ああ」
里尻が顔を寄せてくると……ふわりと甘い香りがした。他に誰もいないのだから顔を寄せて小声で言わなくていい筈なのに……。
手に汗を握り、まるで英語の「アルタミラ警部」暗唱テストのときのように緊張する。
「わたしには、狙った人を偏頭痛にする超能力があるの」
「――へん?」
へ、偏……頭痛って言ったの? ……要するに、あたまいた?
里尻が顔を遠ざけて水筒を鞄から取り出しゴクゴク飲む。しばらく喉の動きをなすすべなくボーと眺めていた。細い首に一筋の汗が伝い、その汗も夕陽に照らされ綺麗に輝いている。
「誰にも言わないでよ」
飲んだボトルの蓋を閉めながらそう言われ慌てて視線を戻した。
「……え? なにを」
「だからあ、わたしの超能力のことよ。ちゃんと聞いてた?」
少し苛立ち気味で言われるのだが……。
「それって、超能力なのか」
超能力というより……出来の悪い呪い? 質の悪い悪戯?
「当たり前よ。あなたにはできないでしょ」
「まあ、そうだが」
開いた口が塞がらなかった。せめて嘘でもいいからもっと超能力っぽいことを言って欲しかった。手から火が出るとかスプーンが曲げられるとか。「あなたにはできないでしょ」って言われるとちょっと腹立たしいのだが、そもそも俺はまだ信じてなんかいない。信じるとも言ってない。
「よりによって偏頭痛って……。あながち本当っぽいのにもガッカリするぞ」
偏頭痛よりも扁桃腺炎とかの方が信じてもらえるかもしれないぞとアドバイスしたい。喉のイガイガ。
「あ! わたしの言ったこと信じてないでしょ!」
信じていない。超能力なんて信じられない。ちょこっと怒っているのも分かる。
だが――!
「たった今まで信じていなかったが、今は凄く信じているさ。安心してくれ」
――お前のせいで頭が痛くてたまらないからな。と大声で言ってやりたい。
学校から帰り、いつものように部屋の窓から見える夕焼けをうっとり眺める俺の優雅なひと時を邪魔するようにピンポンピンポン玄関の呼び鈴を鳴らし――、神聖なる俺の部屋へコンクリートブロック塀を砕く「破壊の鉄球」気取りでズカズカ侵入し――、まさかの告白が超能力で――その能力が偏頭痛だと~!
どうでもよすぎてため息が出る。中学二年生にもなって超能力だとか念力だとか偏頭痛だとか言い出す女子に……ドキドキも興醒めだ。
「はあー」
……頭が痛いぜ。




