生徒は先生を選べず、先生も生徒を選べない
次の日、戸田先生は学校に来た。だが、欠席者は多いままだから学級閉鎖ギリギリなのは変わらない。頭痛は治ったみたいだが、まだ元気がないようで周りに集まってきた女子に心配されていた。
聞くところによると、体調管理ができていない。いつまでも学生気分だ。と教頭先生にこっぴどくクドクド説教されたらしい……。
「戸田先生も大変だなあ」
若くて綺麗だから生徒には人気があるけれど、職員室では色々と虐められているのかもしれない。
「それに比べ、俺って学校が好きなんだなあ……。勉強は嫌いなのに」
つくづく思う。こうして今日も授業がぜんぶ終わった後、性懲りもなく放課後を恵梨香と二人で無駄な時間を過ごしている。
早く帰りたいと思わないのが……なぜだか分からない。それに、学校を休みたいと思ったことが……ない。試験の日でも試験勉強はしないからノンストレスだ。マラソン大会は嫌いだが、年に一回だから問題は無し。ひょっとすると……じつは好きなのかもしれない。
「いいことじゃない」
ここにも学校好きが一人いたみたいだ。いつも教室の端っこで小説を読んでいるだけなのに、なぜそこまで学校が好きなのだろうか。
「家にいるよりずっと楽しいもの。これはずっと家にいた経験がない人には分からないわ」
「ずっと家にいた経験って、恵梨香がか」
ずっと家にいたのか? 夏休みとかはなしだぞ。
「そうよ。わたし、小学四年の頃は不登校だったんだ。ずっとじゃないけど」
「へー」
まあ、よくある話だな。よくないけど。
「……ちょっとは驚いたり理由を聞いたりしなさいよ」
「……」
プウっと頬っぺたを膨らませて言ってほしいところだが、そうだった。
言われてから聞くのって白々しいと思うんだけど……。
「うお、ビックリした、ぜんぜんそうは見えないぜ。いったいなにがあったんだよ」
「……演技下手くそね。いいわ、話してあげる」
聞いてあげるとは言わない。
恵梨香は小学校四年の時の担任が大嫌いだったそうだ。
「年老いた男の先生で歩くセクハラのような先生だったわ。白いフケが雪のように肩に積もっていて、授業中でも教室は休み時間のように崩壊状態だった」
「へー。そんな先生が今でもいるんだな」
「田舎だからよ。田舎は生徒も少ないけれど、それ以上に先生も少ないのよ。誰も田舎の学校の先生なんかにはなりたくないのよ」
そうなのか……。先生って、てっきり住んでいるところの近く、地元の先生がなりたい学校で先生をやっているのだとばかり思っていた……。
「で、その先生が嫌で登校拒否していたってことか」
勿体ない。いや、恵梨香なら……。チラッと表情を伺う。俺の言いたいことに察しがついたようだ。
「ええ。何度も頭痛にしてやったけど、毎日絶対に休まずに頭を痛そうに抑え、不機嫌に授業を続けるしつこさにわたしが負けたの」
恵梨香が負けたと言ったのが意外だった。
「勤労意欲旺盛だな。頭が痛いんだから休めばよかったのに」
「あの世代はだいたいがそうなのよ。休まずに仕事を続けるだけで偉いと思っているんだわ」
ごめん。俺もずっとそう思っていた。
学校や仕事を休むなんて、とんでもないと思っていた。いや、今も思っている。
「自分の価値を生徒にも教えないといけないと信じ込んでいるのよ」
「……」
俺は皆勤賞を目指している。だが、それを他人に強要するのは間違っているのか……。
「でも、その先生が定年退職して学校が楽しくなったわ。職員室も明るくなったのを見て、他の先生達も嫌っていたのが凄く分かったの」
「そんなことまでよく分かるなあ」
小学生の頃なのに。
「分かるわよ。教室に入ったらクラスの雰囲気とかも」
自信満々だな。女子って、そんなところに敏感なのか。
「ちなみに、今日はどうだった」
「いつもと変わらなかったわ」
「そうか」
……それだけだったら俺でも答えられそうだ。フン。
「でも、先生は久しぶりに学校にきて生徒に会えて嬉しそうだったわ」
「そうなのか」
出席率が悪くなっているからガッカリしているのかと思ったぜ。
「やっぱり一真のおまじないがよく効いたのよ」
「それ、本当かなあ……」
なんか実感が湧かないんだよなあ。逆に俺が騙されているみたいで。
「それを確かめに行きましょう」
「どこへ」
「今日は休んだ生徒の家を一軒一軒全部回っておまじないをかけまくるのよ」
「えっ」
一軒一軒ぜんぶ回るって……今からか。
「自転車で回れば夜までには回り切れるわ」
「夜までって……」
恵梨香の夜は何時を指すのか聞きたい。ちなみに俺の夜は六時五十分からだ。
「だが、家に行ってピンポンを押してもみんな出てくるとは限らないだろ」
親が出てきてしまってもどうしようもない。
「そうね……」
何か話すネタだって必要だ。
「宿題持って来たってどうかしら」
宿題なんか有難迷惑だ。
「俺なら出ない。断る。持って帰ってくれと言いたい」
「チッ」
いや、舌打ちはやめて。
「おー! 我ながらいい方法を思いついたぞ」
クククと笑ってしまう。これなら絶対に大丈夫だ。
「なによ」
「内緒だ。ちょっと準備してくるから先に自転車小屋へ行って待っていてくれ」
中がスカスカの鞄を持ち教室を飛び出す俺をキョトンとした表情で見ていた。
波板の安っぽい自転車置き場は所々木が腐ってきていて、そろそろ更新しておいた方がいいと思わせる。
「お待たせ」
「遅い。十分は待った」
俺の姿を見つけると恵梨香はヘルメットを被った。校則で決まっているから白いヘルメットを着用しないといけないのは仕方がないのだが……白いヘルメットが黒く長い髪にぜんぜん似合っていない。