バレてしまった秘密
体育館の裏へと周り、バレないように外の窓からこっそり中の様子を見る。凄く悪いことをしているようで……なぜか楽しい。
「ねえ、何か感じないの」
「なにも感じない」
「じゃあ、あっちの方も感じない?」
「あっちの方って……」
「あっちよ、あっち」
「……」
問題発言じゃあるまいな。
恵梨香は体育館の奥の方を指さした。放課後の体育館は男子バスケ部と女子バレー部が半分ずつ使って練習をしている。あっちの方とは恐らく女子バレー部のことを指すのだろう。
ダムダムダムダムと重いバスケットボールのバウンド音と甲高い女子バレー部の声が体育館に響き渡る。男子バスケ部に入っていれば、いつでも女子バレー部の練習を見ることができたのかと考えると今更ながら後悔する。
「ひょっとして、鈍感」
何の話だったっけ。鈍感って酷いぞ。
「あのなあ、俺は医者でも医者の卵でもヒヨコでもウズラでもないんだぞ。どうやって頭痛が痛い生徒と痛くない生徒を見分けろっていうんだよ」
「頭痛が痛いって……死語」
笑うんじゃねーよ。言葉のあやだろ。
しばらく見ていたが、頭が痛そうな生徒なんて分からなかった。というか、いなかったんだと思う。頭が痛かったら部活を休んで帰っている筈だ。
「一真ってさあ、瑞穗が好きなんでしょ」
――!
「なん、あんあって!」
なんだって――! と言いそうになりやめようとして必死に誤魔化そうとしたが無理だった。
なぜ恵梨香にバレたのだ――!
「だって、ずっと見てるじゃない。視線が釘付けだったわよ、瑞穗に」
「アワワ、アワワワ」
アワワって言ってどうする俺! 人生最大のピンチじゃないか――!
クラスメイトの女子に好きな女子を知られることこそ――人生最初で最後の最大のピンチーー!
――女子に弱みを握られる≒心臓を握られるのと同等のピンチだ! ひょっとして、次は俺が学校に来れなくなるなんてオチなのだろうか~――!
頭が痛いぞ――。痛いの痛いの飛んでいけだぞ~――!
「そうなんでしょ。白状しちゃいなよ」
「ち、ち、ち、違うぞ」
口笛を吹こうとするが鳴らない。フーフー。口笛は元から吹けない。鳴らない。
「じゃあ誰よ」
「え? えーっと」
誰でもいいから違う女子の名前を言わなければと必死に考える。言っても大丈夫そうな女子って……。
「顔に書いてあるわよ」
「本当か」
思わずハンカチーフで顔の冷や汗を拭いた。昨日と同じハンカチは汗の乾いた独特の匂いがした。
「一真の気持ち、今すぐ瑞穗に伝えてきてあげようか」
「やーめーて!」
思わず引き止めようと恵梨香の腕を掴んだ。
「痛―い。冗談よ、本気にしないで」
「あ、ゴメン」
慌てて掴んだ手を放した。そんなに強く掴んだつもりはなかったのに……。
「まるで野に咲く一輪の水仙のように弱々しい白い腕に、僕はドキドキしてしまった?」
「あのなあ……そういう言葉は自分で言うなよ」
ペロッと舌を出す恵梨香を見ると……怒る気も失せてしまった。
関野瑞穗は他の男子からも憧れの的なのだ。クラスには俺よりも運動も勉強も出来て、さらにはイケメン男子が少なからずいる。たくさんいるとは言わない。諦めるというより、初めから付き合えるとか仲良くなれるとかなんて思ってもいない。俺とじゃ吊りあいが取れないのさ。
教室へと戻るとき、黙って俺の隣を歩く恵梨香がなにを考えているのか分からなかった。男子は本命の「高嶺の花」よりも近くにいつもいる「幼馴染」とかに惹かれると聞いた事がある。俺にとって関野瑞穗が高嶺の花で……。
「わたしは近くの幼馴染ってわけね」
「そういうことだ。幼馴染じゃないけどな」
二年になるまで話したことすらなかったけどな。
「瑞穗は昔からの友達よ。小学校も一緒だったの」
「その割には最近、ぜんぜん話しているところとか見ないぞ」
本当に毎日スマホでやり取りしているのだろうか。友達と言っているだけなのではないだろうか。
「わたしが避けているのよ。もしわたしのせいで瑞穗まで噂とかが流されたら悲しいから」
「……」
数少ない友達か。
「帰ろっか」
「ああ」