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友達を思う優しさ


 放課後になっても机で寝たふりを続け、みんなが教室から出て行くのをじっと待つことにした。


 作戦は完璧だと思ったが、ひょっとして恵梨香も帰ってしまっているんじゃないかと不安になり目を開けると、俺の寝顔を横でニコニコ見つめている恵梨香と目が合ってしまった。

「うおっ!」

「うおって失礼ね。眉毛がピクリとも動かないから本当に寝ているかと思ったじゃない」

 俺の机の横に椅子を持ってきて……いったいいつから見ていたのだろうか。俺の狸寝入り顔を。

「他のみんなは」

 体を起こして教室を見渡し誰もいないことにホッとした。こんなところを誰かに見られたら瞬く間に変な噂が流れてしまうぞ。

「もう部活に行くか帰ったわ。一真はわたしに何か話したいことがあったんでしょ」

「え、ああ」

 申し合わせしていなかったが、放課後二人で話す作戦は成功だ。さすが俺。


「まず、先にこれが何か答えてくれ」

 昨日、母から手渡された黒い髪ゴムを見せつける。

「髪ゴム」

「それは知っている。昨日、母さんに聞いた。そうじゃなくて、……これは、恵梨香のか」

「そんなわけないじゃない。黒い髪ゴムなんか持っていないわ」

 手に取りもせずにサッパリと答えやがった。

「そんなわけないだろ。これは俺の部屋から出てきたんだぞ」

 普通、男子の部屋からは見つかる筈がない代物なんだ。

「誰が見つけたの」

「母さん」

 話の流れからそれくらいは分かってくれよ。

「クスクス」

 クスクスって声に出して笑わないでくれ。「母さん」じゃなくて「おかん」とか、「ママ」の方がよかったのか。

 ――「母」って呼ぶのがマザコンみたいで恥ずかしい年頃なんだよ!


「それで一真はなんて言い訳したのよ」

「え、いや、さー分からないなあって上手く誤魔化したさ」

 名演技で誤魔化し通したのさ。

「それはね、一真がお母さんに試されただけよ」

「――なんだって」

 試されたって、なんだよ。何かの試練か。――勇者になるための試練とかか!

 まだ笑いながら続ける。

「だって普通はさあ、『部屋に髪ゴムが落ちていた』って聞いても、驚きも動揺もしないはずでしょ。『あっそう』とか、『母さんのじゃないのかよ』とかでしょ。でも、女子が部屋に来ていたり、女子の部屋へ遊びに行ったりしていれば、もしかして――って不安になるし、髪ゴムを直ぐにでも隠したくなるでしょ」

「――! 言われてみればその通りだ!」

 俺の演技力の無さに今さら呆れてしまう――! いや、逆に演技をすればするほど怪しまれてバレてしまう~――!

「初歩的な罠に引っ掛かるなんて、まだまだ子供ね」

「恵梨香が急に部屋に来るからいけないんだ。せめて、家の外とかで話をすればよかった」

 後悔してもどうしようもない……か。

「いいじゃん、別にバレたって。正々堂々と言ってしまいなさいよ」

「……」

 そんなものなのだろうか。

「そんなことより、なにか分かったの」

「え、ああ」

 そんなことって……。


「出所は分からないが、誰かが二年二組の学級閉鎖を企んでいるって噂があり、女子バレー部がそれを広めているらしいぞ」

「女子バレー部って……瑞穗たち」

「――!」

 真っ先に関野瑞穗の名前が出てドキッとした。俺が密かに恋心を抱く女子だ。恵梨香なんかに絶対にバレてはいけない――。バレたら俺も学校に来られなくなるかもしれない~!

「関野かどうかは分からないが、女子バレー部が廊下で話しているのを敦が聞いたらしい。恵梨香を陥れようとしているのもその女子バレー部の誰かの仕業かもしれない」

 女子バレー部は二年だけでも十数人いる。関野瑞穗は次期キャプテンとして期待されていると聞いた事もある。本当にいるんだよなあ。勉強もスポーツも出来る学園のアイドル的存在って。

「うーん。でも瑞穗はわたしの友達だからそんなことはしないわ」

 関野の名を聞くたびにドキッとしてしまう。

「友達なのか」

 平然を装い聞いてみる。俺が知る限り、一学期が始まってから恵梨香と関野が親しく喋っているところなんか見たことがない。今日だって一言も喋っていないはずだ。

「うん、小学生の頃から友達よ。学校ではあまり喋らないけど毎日やり取りしているわ。なにか知っていたら真っ先に知らせてくれる筈よ」

 スマホをチラッと見せるな。自慢すな。

 あーしかし残念だ。もし、俺もスマホを持っていれば……恵梨香から関野の電話番号とかアドレスをどさくさに紛れて聞き出して、夜な夜なニヤニヤしながらメッセージの送受信を楽しめるのに――ちくしょう!

 もっと勉強しよう……そして親に御褒美で買ってもらおう……スマホ。


「関野と友達なら女子バレー部で話題になっている噂のこととか聞いてみたらどうだ」

 ついでに好きな男子がいるなら聞いてみてほし、いや、聞かないでほしい。

「そうね……」

 人差し指の第二関節を顎に当てて考えこむ。

「友達だろ。だったらなにも遠慮することはないだろ」

 考えんこまなくてもいいじゃないか。

「まだまだ子供ね」

 ……なんで? と言いかけたのを飲み込んだ。――子供と思われるのが嫌だから。

「ふ、大人は子供扱いされたって怒らないのさ」

「……」

「……」

 いや、ごめん黙らないで。ぜんぜん分かんないから。

「たとえばさあ、噂を聞いた敦君が言っていたことが、本当に信用できるのかってわたしに聞かれたら、一真は怒らないの」

「いや、別に怒らない。っていうか、敦に限ってそんな嘘をつく必要はないはずだからな」

 敦を信用している……というより、あいつは嘘とかを上手につけるタイプじゃない。絶対にバレる嘘しかつけないタイプだ。そこがいい。ずっと喋っていても楽しい。

「女子の場合は簡単にいかないのよ。『誰と誰が何を話していたか』ってだけで急に仲間外れになったり口を聞いてくれなくなったりするのよ」

「なんだそりゃ。面倒臭いなあ」

 じゃあやっぱり関野も怪しいってことじゃないか。友達のくせに。

「仲間外れや喧嘩は簡単にするのに、仲良くなるのには物凄く時間が掛かる。喧嘩して仲直りなんてありえない」

「……」

 そのあたりは男子とぜんぜん違うな。戦っていた敵が急に味方になる漫画やアニメを見ていないからだな、きっと。敵が味方になるなんてありえない設定だと思っていたが、あれはあれで教育上、必要な設定なんだ……。

「わたしが噂のことを聞くことで瑞穗の友達関係が崩れてしまわないように気を付けてあげないといけないのよ。それが中二女子の友達関係よ」

「……」

 なんか、敦に単刀直入に聞いた俺が子供っぽく思えてしまって自己嫌悪だ。そこまで女子の友達関係が複雑かつ入り組んでいるなんて……。

 友達の友達関係まで考えているなんて……恵梨香はひょっとして気配り上手なお姉さんキャラなのか……。だが、そんな友達関係を続けていて……しんどくないのだろうか。いや、しんどいから友達が少ないのかもしれない。一人でずっとホラー小説を読んでいるのかもしれない。

「なんとなく分かるぞ。恵梨香の気持ちが」

「嬉しいわ。一真って優しいのね」

「え、優しい? 俺が」

 初めて言われたぞそんな言葉。冗談だろうと思って見つめた瞳が少し潤んでいて……ちょっとドキッとした。



 女子バレー部で噂は広まっていたとしても……廊下で話していれば誰が聞いているか分からない。だったら、わざわざそんな危険を冒すだろうか。陰険な虐でも見つかれば先生に叱られる。場合によっては親まで学校に呼び出される。

 そんなリスクを知ってまで恵梨香を陥れようと企んでいるような奴が……ペラペラ噂話として自分から喋る筈がない。

 何かもっと深い理由や謎があるのに違いない。


「恵梨香を陥れるというより誰かが自分の仕業を恵梨香になすりつけようとしている可能性はないだろうか」

「え、でも、いったい誰が……」

 それが分かれば苦労しないのさ。こうして放課後に二人でイチャイチャ話し合わなくてもいいのさ。

「それは、クラスで頭痛に悩まされていない人を調べていけば分かるんじゃないのか」

 真の犯人が分かるのではないだろうか。

 信じ難いが恵梨香がもつ頭痛を引き起こす能力と似たような能力を隠し持った人が他にいるのなら、そいつはどう行動するだろう。


 嫌いな生徒や先生を毎日頭痛にし、いずれは登校できないようにするのではないだろうか――。

 さらには、その能力がバレないように……無関係な人をも頭痛にして巻き込むかもしれない――。

 もし、その能力がバレてしまいそうになれば……その能力は自分ではなくそれっぽい他の人のせいにするかもしれない。

 恵梨香はいつも教室で大人しく小説を読んでいる。周りの友達ともそれほど話したりしていない。噂を広めて恵梨香のせいにすればバレにくいのかもしれない。


 さらに頭が痛いことに、恵梨香には本当にその能力がある……。


「でも、いるはずがない。わたしと同じ超能力を持っている人なんて」

 超能力っていうな。その面倒臭い能力を――。

「いやいやいやいや、ここには頭痛にならない能力を持った俺がいるんだろ。ってことは、みんなが知らなかったり隠したりしているだけで、実はうじゃうじゃいるのかもしれないぜ」


 他人を頭痛にできる能力者。……いやだなあ。頭痛の種があちこちにあるって。

 台風や低気圧がくるときに、どさくさに紛れてたくさんの人がたくさんの人を頭痛にし合っているのかもしれない。雨の日に頭が痛くなる原因が……人のせいだったら……凄く人間不信になりそうだ。


「俺以外にその能力のことを知っている人は、本当にいないのか」

「いないわ」

「友達には」

 関野にはとあえて言わない。

「言ってない」

 恵梨香も友達少なそうだからな……とも言わない。

「家族にも内緒だもの」

「……」

 家庭環境ってそんなものなのか。


 だが、これでハッキリしたことが一つだけある。


 俺って、友達以上ってことじゃないか――。なんか、嬉しいような、嬉しいような。


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[一言] もうすでにハマってますね、一真くん(笑)
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