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髪ゴムトラップ


「一真、昨日お友達を部屋に呼んだの」

「え?」

 好物のハマチの刺身を温かいご飯に乗せて、今まさに口の中に運ぼうとしたときに母にそう問いかけられ、大きく口を開けたままピタリと時が止まった。


 今年から父が単身赴任になり兄は大学の寮に入ったから、夕食は母と二人なのが日課になっていた。母は仕事で遅い日もあり、今日も夕食は9時だ。

 そんな忙しい母が、いったいなぜ部屋に友達を呼んだのが分かったのだ。


 厳密には、友達を呼んだのではなく押しかけて来たのだ。さらには、友達ではなくただのクラスメイトなのだが……女子っていうのがバレると色々マズそうだ。


「ああ。敦が帰りに寄ったのさ。一緒にゲームしてすぐ帰ったけどな」

「ふーん」

 母は趣味の悪い花柄エプロンの前ポケットから何かを取り出して俺に見せようとする。

「じゃあ、この髪ゴムはなにかしら」

「――!」


 髪ゴムってなんだ――!


「女の子が髪の毛を縛っておくゴムのことよ」

 ご説明ありがとうございますと礼を言いたい……。

「へー、そ、そうなんだ。知らないなあ……」

 そっと手を伸ばして母から黒色の髪ゴムとやらを受け取り、引っ張ったり伸ばしたりして確認する。


 ――たしかに恵梨香は長い黒髪だ。だが、俺の部屋で髪を束ねたりはしていなかった筈だ――。だが、体育の時間とかには邪魔だから束ねていたこともしばしば見かけている。つまり、持っていてもおかしくはない。

 水筒を出す時に鞄から一緒に落ちたのかもしれない――。「このうっかり屋さん」と叱ってやりたい~――。

 さらには、これが恵梨香の悪戯って線も否めない――頭が痛いぞ――。


「女の子も遊びに来ていたの」

「いや、分からないなあ」

 にこやかに俺の顔を見ているのだが、表情の裏で何を考えているのかまったく分からない~!

 返答に「分からないなあ」は、不自然にしか思われない~――。

「いや、そんな訳ないじゃないか。ハハハ、今日のハマチは一段と美味しいなあ」

「ハマチじゃなくて、アジよ」

「ハハハ、そうだと思ったよ」

 さりげなく話題をすり替えて髪ゴムをそっとポケットに隠した。


 ――明日、恵梨香に問いただしてやらねばならぬ――。



 次の日、いつも通りに敦が登校していてホッとした。敦が登校しなくなったら、俺の友達はほぼ皆無になるといっても過言ではない。こんなとき、なにか部活に入っておけばよかったかと思うこともある。

 いや、でも後悔はしていない。血や汗や涙をみるのは……もう嫌だ。しんどいのは嫌だ。


「おはよう。もう頭は大丈夫なのか」

「おはよう。ああ、帰ったら嘘みたいに楽になったから昼からずっとゲームしていたのさ」

 今度はゲームのし過ぎで頭痛くなるなよと忠告しておきたい。

「よかった。それより……」

 昨日のメモのことを聞こうとしたのだが、もう恵梨香や他の女子も登校して席に座っている。

 恵梨香の席は遠くだが話を聞いているかもしれない。ボーイズトークを。

「なんだよ」

「それより、授業のノートをとって机の中に入れといたからな。感謝しろよ」

「ああ、サンキュー! さすが一真、気が利くなあ」

 二人共成績は底辺だが勉強熱心なのだ。「努力が報われないタイプ」って褒められたこともある。勉強は結果よりもそのプロセスこそ大事なのだと自負している。

「それで……机の中がグチャグチャだから無理やり突っ込んだのだが……」

 チラッと表情を伺う。もしあのメモを読んでいたのなら何か反応があってもいい筈だ。

「机の中から紙くずやパンやメモみたいなものが一杯で……」

 さらりと「メモ」って言ってみる。

「ああ、机の中なんてほとんど整理していないからなあ。悪い悪い」

「紙くずもパンと一緒にゴミ箱に捨てておいたぜ」

「え!」

 驚きの表情を見せる。やはり敦はなにか知っていたのだろうか。

「パンって、ゴミ箱に捨ててもいいのかよ」

「……。引っ掛かったのはそこか」

 じゃあメモ紙に書いてある内容については知らなかったのか。

「いい。もはや燃えるゴミだ。奥の方に押し込んで捨てておいたからバレない」

 少し臭うがゴミ箱の臭いを吟味するような変態はこのクラスにいない。いても一人か二人くらいだろう。

「ありがとう、さすがは友達だなあ。どうしようか悩んでいたんだ」

 悩むな。捨てろ。もう食べられないんだから。


 じゃあ、あのメモは敦が帰ってから誰かがこっそり机に入れ、敦が登校してきたときに読んで信じこませようとしていたってことか……。だったらそのメモが昨日のうちに処分されていることに気付けば、どう思うだろう。なにか違う動きをするのかもしれない。

 さらには敦がメモを読む前から知っていた「噂」って、いったいなんだ。クラスを見渡すと、今日の出席率は3分の2くらいだ。――そして、この中に恵梨香を陥れようとしている奴がいる。休んでいる生徒と何か関係があるのかもしれない。

 あー、普段使わない頭を使うと頭が痛くなりそうだ……ならないらしいけれど。


 一時間目が終わった休み時間にも敦の席へと足を運んだ。

「敦、昨日早退する前に言っていた噂って、なんだ」

「噂? あーあ」

 ちょっと辺りを見渡すと手招きして小声で喋り始めた。

「誰にも言うなよ」

「もちろんだ」

 そっと耳を寄せる。男の内緒話は周りからどう見えているのだろうか少し気になる。耳に口が近過ぎる……。

「じつは二年二組が学級閉鎖になるように誰かが裏で色々な噂を流しているらしいんだ」

 ……噂で学級閉鎖になるのか、中学校って。

 「噂を信じちゃいけないよ~♪」と言ってやりたい。だが、火のない所に煙は立たないともいう。あのメモを敦が読んでいたら確実に恵梨香が怪しまれただろう。

「いったい誰が」

「それが分からないから噂なんだよ。別のクラスなのかもしれないって噂だ」

「別のクラスだと。じゃあその噂は誰から聞いたんだよ」

「いや、女子が喋っていたのが耳に入ってきたのさ」

「誰だ。声で名前くらい分かるだろ、お前なら」

 敦は女子の情報に詳しい。誰が誰のことを好きなのかとかもよく知っている。余計な洞察力に優れている。

「廊下から聞こえてきたからハッキリしないんだが、女子バレー部だったんじゃないかな」

「女子バレー部」

 昨日のメモも女子が書いたものだった。なら、女子バレー部が噂の出所なのだろうか。女子バレー部はマズいなあ。クラスの中で中心的存在だ。敵に回したくない。団結力も強そうだ。そしてなにより、俺の好きな関野瑞穗も女子バレー部だ。ここ重要だ。


「だが、急にどうしたんだ。一真もひょっとして何か噂でも聞いたのか」

「いや、なにも聞いていないし知らない。俺はぜんぜん噂とかにも興味ない」

「……あやしいなあ。興味ないなら聞いてこない筈だぞ、普通は」

 まあな。それなーともいう。

「怪しくなんかないぞ。だって、俺達は友達だろ」

「そだな」

 チャイムが鳴ったから席へと戻った。十分間の休憩時間は短すぎる。せめて三〇分くらいは欲しい。

 敦に隠し事をしていることに後ろ髪を引かれる思いだ。全部解決すればいつかは話そうと思う。今は誰がどこで俺達の会話を見たり聞いたりしているか分からない。恵梨香と親しく喋るのも見つからないように気を付けなければいけない。


 二人で話していて別の変な噂をされるのは……もっと勘弁してほしいからな。


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