罰当たり
そろそろ部活をやっている生徒が教室に帰ってくる時間だ。教室から廊下まで夕陽で赤く染まっている。この時間まで学校にいたのは久しぶりだな。
「ねえ。今日もどうせこれから暇なんでしょ」
「勝手に決めつけるなよ」
本当に暇な人に「暇でしょ」って言うと逆上されるのを恵梨香は知らないのだろうか。それとも知っていてわざと言っているのだろうか。
「じゃあさあ、帰りにお墓に行ってみようか」
お墓――ボチ!
「なぜそうなる」
両手の平を見せて外国人っぽく訴える。ホワイナットーってやつ!
「噂はともかく、頭が痛くなる原因を一つずつ潰していけば何か解決策が見出せるんじゃないかしら」
「解決策って……」
気が乗らないなあ。
「早く行くわよ」
恵梨香はもう鞄を手にして教室を出ようとしている。授業中や休み時間とぜんぜん違うところにガッカリしてしまう。
ごっそり猫を被っているのか。それとも、ひょっとすると二重人格なのではないだろうか……。
今話している恵梨香とは違う別の人格が現れてクラスメイトを頭痛にしているのなら……ありえそうで怖過ぎる。それこそホラーだぞ。
通学路の途中にあるお墓を目指して二人で自転車をこいだ。
田舎だから道路に車は殆ど通らない。アスファルトには無数の小さな亀裂やヒビが入っているが、通行に支障がないからそのまま放置されている。ガタガタ道の農道よりはマシだが、自転車が小刻みに揺れるから走り心地は悪い。
そんな道沿いに流れる一級河川「大川」には、ブルーシートを被せた舟が一艘だけ漂っている。京都の「保津川下り」を真似しようと町おこしのために導入されたらしいが、運行しているところを一度も見たことがない。
「一真は知っている? あの舟、噂では運行初日に人が川に頭から落ちて……」
「おやめなさい。そんな噂は聞いた事がない」
恵梨香が真顔で言うとそれっぽく聞こえてしまうだろ。舟の運転なんて出来る人が居なかっただけだ。山と田んぼしかない田舎だから。
「頭からじゃなくて、お尻からドボンだったかも」
「……」
「頭から落ちて」と聞くと怖いけど、「お尻からドボン」と聞くと……まったく怖くないのはなぜだろう。想像力の賜物か。
自転車を止めてその舟を見下ろしていた。ロープで船にグルグル巻きに縛られたブルーシート。その上には枯れ葉が積もっている。今では誰も管理していない。今にも流れていきそうだが、陸から古びたロープで固定されている。
「不気味に上下に漂うブルーシートをめくると、その中には……」
「わざと怖そうに話さないでくれ。縁起でもない」
何もあるわけないじゃないか。
恵梨香のホラー好きはいいが、周りを巻き込むのだけは勘弁してくれ。毎日見る度に恐くなってしまう――。
ホラー小説が好きな人って、ひょっとして怖いことが起こるのを楽しみにしているのだろうか……。推理小説が好きな人って、ひょっとしてそういった事件が身近で起こることを期待しているのだろうか……。
だったら……人を殺すゲームが好きな人って……人を殺したいのだろうか……。
さらに十分くらい自転車をこいだところに小さな寺とお墓が並ぶ小高い丘がある。住んでいる人は少ない田舎なのに、お墓の数だけが妙に多いのが昔からずっと気になっている。不気味なくらい真っ赤な夕焼けは、真夜中よりも墓石を不気味に照らす。カラスが木の電柱にたくさん集まって鳴いているのは、集会をしているそうだ。祖母がいつも言っていた。
カラスがたくさん集まる家では近いうちに不幸が起こるとも言っていた……きっと迷信だ。田舎に伝わる都市伝説だ――。
石の階段をようやく上りきると不揃いの古い墓石が建ち並んでいて、そのいくつかは倒れたり崩れたりしている。墓石の角が長年の雨で削られて丸くなっている。酸性雨の影響かもしれない。
土と小石が混ざった砂利の坂を歩くと文字通りジャリジャリ音がしてさらに寒気が走る。恵梨香の手がすっと伸びて俺の腕を掴むと、思わずヒヤッとしてしまった。
「な、なんだよビックリするじゃないか。ひょっとして怖いのかよ」
鳥肌がビッシリ立っている。俺の腕に……。
「怖いわよ」
「こ……わいのかよ」
怖いって正直に言うなよと言いかけた。怖いのなら「肝試しよう」とか「お墓に行こう」とか言うなよ。頭が痛いぞ。
だったら早く帰ろうよ――。
「それより、一真は頭痛くならないの」
……。
「ならない。宗教とか霊とかは信じていない」
「そう」
不気味なお墓が立ち並んでいるが、そんなので頭が痛くなるのなら墓の隣に建っている寺のお坊さんは毎日頭痛に悩まされているだろう。墓石屋や葬儀屋も頭を抱えるだろう。
「ねえ、ちょっと墓石にオシッコかけてみてよ」
――オッ!
「そんなことできるか! バチが当たるだろ!」
なんちゅうーことを言いだすんだ。それに、女子の前で立小便など、この歳になってできる訳がない! やっと毛が生え揃ってきたなんて……死んでも言えない! ……いや嘘。死ぬくらいなら言う。
「あら、霊とかは信じていないんでしょ。だったらバチが当たる筈ないわよね」
あらってなんだ、あらって! ――魚か! 頭が痛いぞ。
「あのなあ。バチは当たらないかもしれないが、俺は小さい頃ミミズに小便をかけて大変な目にあったんだ」
それから、「バチが当たる」っていうのはあながち嘘じゃないと信じているんだ……。裏側が赤くネチャネチャになり腫れたんだ――。母親に小麦粉みたいなのをパタパタ付けられて、砂肝の唐揚げにされるのかと覚悟したくらいだ。
「プークスクス」
「だから、笑うなって」
「だって、わたしも」
「恵梨香……も?」
なんだろう……いったいどこが腫れたのだろう……顔が真っ赤になるぞ。暗くて分からないだろうけど。
「バーカ、冗談よ」
ペロッと舌を出して見せるのだが――。
「ひょっとして、冗談じゃないんだろ」
「……」
いや、黙らないで。ひょっとして凄い黒歴史を掘り返してしまったのかと勘違いしてしまうじゃないか――。
ムヒ塗れ。