掴めない性格
「平気なのよ。小学校の頃から色んな噂をされていたから」
明るく振舞ってそう言う恵梨香の表情の裏まで俺には分からない。
色んな噂なんかをされて平気な筈がないじゃないか……。
「……どんな噂をされたんだ」
「バッタの足を千切ったとか、ナメクジに塩をかけたとか」
「……微妙」
女子がやっていても……小学生女子ならセーフな範囲だろう。
――だが、中学生になったらキャーキャー言わないと駄目だ。カエルやフナの解剖を男子以上に目を輝かせ率先してメスを握っては駄目だ。
「男女差別ね」
「いや、差別と言うよりは、キャーキャー言う女子の方が男子受けはいいのだろう」
怖がりな女子を守ってあげたい感情が働くのだろう。
「でも一真、ハマチをさばけるお嫁さんの方が、いいでしょ」
――! お魚のハマチ? 急になんの話を持ち出してくるのだ。
「いいー。ハマチ好きー」
お刺身も美味しいが、ハマチのアラを白菜と一緒に醤油で炊くと……いかん、ヨダレが出そうだ。大好物だ。
「だったらカエルやフナの解剖くらいでキャーキャー言っていたら、駄目なんじゃない」
「――! そうか、その通りだ」
いつかは包丁を握って魚やイカやタコをさばけなくてはならない――。ならば、理科でカエルの解剖をせず家庭科で鮮魚をさばく授業を取り入れるべきだ――。
「えー、サカナナマグサイ」
嫌そうな顔でそう告げる。どっちだ。さばきたいのかさばかれたいのか。
「生臭いって言うな。魚の匂いだ」
さらにはカタカナで言うな。
「ウロコメンドクサイ」
……刺身にくっついていると口に残るからなあ。家庭科ではハードルが高いのか。
「それに、子供は魚よりもお肉が好きよ」
「それは育ってきた環境だ」
俺は子供じゃない。大人だから魚が好きだ。お肉も好きだ。若鳥の唐揚げも大好きだ。
「お母さんだって、魚より肉料理の方が簡単で喜んでくれるから好きな筈よ」
「……それな」
魚焼きグリルってフライパンを洗うのよりも面倒くさいらしい。
「大丈夫、わたしは一真のために美味しいお刺身をスーパーで買ってきてあげるから」
「あ、嬉しいなあ」
「もう、このエッチ」
「へへへ、はあ?」
妄想膨らみ過ぎだろ。エッチな話なんて一言もしていないだろ。
「それで、一真はこのメモが誰の仕業だと思ったのよ」
「え、ああ、敦が早退したのを知っている同じクラスの奴に違いない。さらにこの可愛い字は女子の字だ。つまり、誰かが恵梨香を陥れようとしているんだろう」
「ひどーい! だからみんな少しずつわたしを避けるようになったのね」
「……避ける? 避けられているのか」
コクッと頷く。
だったらこれは……虐めだな。陰険な……。
「おい、だから泣くなよ」
泣き真似かなんだか知らないが、俺が泣かしたみたいで誰かに見られたらまた誤解されるじゃないか。
「……ヒック、わたしが……綺麗だから……近づき難いだけかと思っていたのに……ヒック。そうじゃなかったなんて……酷いわ……」
……うん。頭痛いぞ。ヒック、ヒックって声に出して言わないでくれ。
「だが、なんで恵梨香を陥れるような噂が流れるんだ」
嫌われるようなことでもしたのか。誰かの悪行を先生にチクったとか。牛乳を零して誰かの鞄が牛乳臭くなったとか。
「わたしが可愛いからよ」
「いや違う」
可愛いくらいではこんな陰険な悪戯をしないだろう。
「なにが違うのよ!」
「いやゴメン」
急にスイッチが入ったように怒りだすのは勘弁してくれ。引っ掛かるのはそこかよ。
「恵梨香はたしかに可愛い。可愛いけれど、それが原因で噂を流されたかは定かじゃないって言いたいんだ」
「え、もう一度言って」
「定かじゃない」
「もうちょっと前」
「それが原因で噂を流されたかは定かじゃないって」
「その前」
「いやゴメン、恵梨香は可愛い」
「もう一回」
「いやゴメン……」
「その部分は不要よ」
……。
「恵梨香は可愛い」
「もう一回」
「恵梨香は可愛い」
「やだ、恥ずかしいわ。もう一回」
「恵梨香は可愛い」
「あー。何回でも言って」
「恵梨香は可愛い」
「録音したい」
「……気が済んだか」
「まだ。って言ったら、もっと言ってくれる」
「もう言わない!」
何度同じことを言わせる気だ! せっかく人が真剣に考えていたのに~!
どうやらこの様子じゃ恵梨香もメモの噂とかに薄々気付いていたに違いない。女子には男子よりもがっちりした情報ネットワーク網が張り巡っているはずだから――。
だが、ネットワークなんてどれだけの規模で何重に張られているか分からない。恵梨香はそれほど友達も多くなさそうだ。
仲のいい友達同士ですら自分がそう思っていただけ……なんてこと、よくある話だ。
ひょっとすると噂が深刻な問題になりそうだから毎日暇を持て余している俺に相談を持ち掛けてきたのだろうか……。
俺の考え過ぎならいいのだが。




