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恐れ多い女王の比肩無きシナリオ ~シャンパン殺人事件~

作者: ふわふわ羊


 この暑い季節も、やがて消え失せると思うと愉快な気分になれる。


 私は千住警察署の応接室で後藤刑事を待っていた。都内某所で発生した毒殺事件について、詳細を聞く為だ。

「やあ、お待たせしました。久しぶりですね、井之川さん」するりと応接室に入って来た後藤は嬉しそうに見える。

「お久しぶりです、後藤さん。例の毒殺事件で多忙なんでしょう? 体調を崩していないか、心配でした」

「いやいや、いざとなったら貴方がいると思えば、どんな事件でも問題ありません」

「はっはっは──、ではさっそく、事件について伺いましょうか」

 一瞬、静寂が訪れた。

 後藤の目にぎらぎらとした炎が宿る。

 私はそれに対し、にこりと笑った。

 これは、戦いが始まるという証だ。

 そして後藤は語る。不可解な謎を。


「事件は一週間前に発生しました。場所はオートマリホテルのパーティー会場。事件発生当時、大女優である大宮アツコの誕生日記念パーティが開かれていました。参加者は三〇〇名ほど。そこで、五〇代の男性が毒殺されたのです。衆人環視の状況でした。毒は即効性が非常に高いもので、入手ルートから犯人を割り出そうとしましたが、難航しました。なにせ、国内では流通していないのです。この毒を手に入れるには、外国から輸入するしかありません。しかし税関の記録には残っていませんでしたから、密輸入でしょう」

「国内製造という線は?」

「その線も考慮しておりますが、痕跡が現在見つかりません。製造工程上、必ず大規模な設備と多くの特殊な原料が必要になるので、国内製造なら容易に見つかるはずなのですが」

「なるほど」


 私は続きを促す。

「そこで我々警察は別の方法で犯人を特定しようとしました。監視カメラの記録を確認し、被害者が死亡直前に口にしたものを発見することでね。しかし、そこで不可解な謎が見つかりました」

「どのような?」

「毒が回る時間から逆算して、被害者が最後に口にしたものは──シャンパンだったのですが」

 そこで後藤は口を閉ざした。

 私は手元の茶を飲む。

「そのシャンパンは──、大宮アツコが既に口をつけていたものだったのです」

「つまり、シャンパンに毒が仕込まれていたなら、大宮アツコも毒で死んでいなければならないと?」

「不可解な謎はさらにありました。状況を説明します──、午後一九時頃、トイレからパーティ会場に戻った大宮アツコがシャンパンをボーイから受け取り、口を付けます。その後、シャンパンをその場のテーブルに置きます。それから友人に誘われてその場を離れます。その時、別のテーブルにいた被害者がそっと置かれたシャンパンに近づき、手に取ります」

「何故?」

「わかりません──、大宮アツコが口を付けたグラスが欲しかったのかもしれませんね」

「それで?」

「被害者はシャンパンを手に取った後、さらに別のテーブルに移動します。それからしばらくして、大宮アツコが被害者に話しかけます」

「ほう」

「話し合う二人。それから少し時間が経って、ついに被害者がシャンパンに口を付けます」

「それから?」

「大宮アツコがそのシャンパンを奪って、口を付けました」

「何故?」

「口直しをしたかったと、大宮アツコは言っています。そして──、被害者は膝から崩れ落ちるようにして倒れました。大宮アツコはすぐ救急車を呼ぶよう、ボーイに指示をします。しかし、搬送先で死亡が確認されました」


「なるほど、不可解ですな」

「ええ」

 私は目を閉じて想像する。

 目の前で人が倒れた大宮アツコ。

 一体どのような心境であっただろう。

「シャンパンではなく料理に毒が仕込まれていた可能性は?」

「それはありません。今回使われた毒は本当に──、即効性が高い。飲み込んで十数秒、それで即座に死が訪れます。料理に仕込まれていたのなら、もっと早く死ぬはずです。それに」

「それに?」

「バイキング形式のパーティーでした。どうやって被害者に絞って殺害出来たのか、謎が残ります」

「確かに。それでシャンパンに疑惑の目が向けられているわけですな」

「死亡時刻と毒の性質から言って、確実にシャンパンに毒があったと思われますが、大宮アツコは死ななかった」

「グラスは? シャンパンのグラスは回収しましたか?」

「ええ。大宮アツコから受け取りました。口紅が付いていて、間違いなく本物です」

「分析の結果は? 毒はありましたか?」

「不思議なことに、ありませんでした」

「毒はシャンパンから見つからなかったと、なるほど。どうやって犯人は被害者に毒を飲ませることが出来たか、話を聞く限りでは確かに不可解」


 私たちは応接室から場所を変える。警察署内にある視聴覚室へ入り、監視カメラの映像を確認した。

「おかしい点は──、特にないな」

「でしょう。犯人はいったい誰なのか」

 私は大宮アツコが最初にシャンパンへ口を付けるシーンを何度か繰り返す。

 彼女は優雅な仕草でシャンパンを口にし、それからハンカチで口を拭った。

「飲んでいるとは言い難いほど、シャンパンの量が減っていませんね。毒というのは少量でも効くものですか?」

「ええ。ばっちり。危険なものです」

「ふうむ。毒殺のターゲットが実は大宮アツコで、シャンパンに最初から毒が含まれていたという説を考えたのですが、これでは駄目だな」

「その説で考えると、回収したシャンパンから毒が検出されないのも不可解ですね」

「うーん。時間を下さい」

「勿論。私は別件でこれから外出します。ご自由に退出されて構いません」

「わかりました」


 私は一人で何度か、映像を回した。

 何か、見落としている点は無いだろうか?

 何度か映像を見てから、手元の資料を見る。後藤が残していったものだ。

「あれ?」

 私は資料に載っているシャンパンのグラスの写真を見て違和感を覚えた。

 それから、すぐに映像を再び回す。

「これはどういうことだ?」

 資料をめくる。

 被害者についての項目に目を通す。

「そういうことか」

 そこには、被害者は金銭面で困っていたという記載があった。

 私の脳内で全てが繋がる。

 それから、持参したノートパソコンを起動し、後藤へのメールを書いた。


   ***


 後藤さん。

 いつもお世話になっております。

 例の毒殺事件について、気になる点がありましたのでご報告します。

 犯人は恐らく、大宮アツコ。彼女の周辺、特にメール関係を徹底的に洗って下さい。

 

 どのようにして犯行を行ったか、説明します。

 彼女がボーイからシャンパンを受け取った時、毒はありませんでした。

 しかし、彼女がシャンパンに口を付けた瞬間、それは毒入りシャンパンになったのです。

 

 そう、彼女の口紅に毒が仕込まれていたのです。口にしたシャンパンの量が全く減っていないのはその為でしょう。ボーイからシャンパンを受け取る直前、彼女はトイレに行っていたと後藤さんは仰りましたが、その際に毒の口紅を塗ったのでしょう。それまで彼女は普通に飲み食いしていましたからね。彼女がシャンパンから口を離した後にハンカチで口を拭ったのは、誤って舐めてしまうことを避けた為でしょう。また、大宮アツコが被害者からシャンパンを奪って中身を飲んだようにみせかけたのは、毒が入っていないことをアピールする為と、グラスを奪う為です。グラスの口紅から毒が検出されることを恐れたのでしょう。

 被害者が毒入りシャンパンを手にすることについては、工夫次第で操作が可能です。

 資料によると被害者は金銭面で困っていたとか。

 それなら、第三者を装って、大女優の口紅が付いたグラスを回収しろと指示すれば良い。

 私が犯人逮捕で期待しているのはここです。大宮アツコの周辺から、その辺りを指示したメールなどが見つかるのではないでしょうか。

 ちなみに被害者が大宮アツコと話すまでシャンパンに口を付けなかったのはそういうことですね。依頼人の為に自分の口を付けたくなかった。恐らく、大宮アツコが飲めと言うので、やむを得ず申し訳程度に口を付けたのでしょう。それが災いをもたらすことになってしまいましたが。


 何故これらのことがわかったのか。

 それは監視カメラに映っていたグラスの口紅と、資料に記載されていたグラスの画像にある口紅の色が異なっていた為です。恐らく、毒の口紅を再び使うことが不安になったのでしょうね。その為に別の口紅を使うことになってしまった。あるいは、毒のせいで色が変わったのかもしれません。その点は不明ですが。そのことから、大宮アツコが警察に渡したグラスは実は本物ではないということがわかり、そしてその点を元に、以上の推理に至りました。


 私が思うに、あの大女優はかなりの度胸と知恵があります。そういう人間でないと、女優として成功しないかもしれませんね。女王が起こした大胆不敵な事件という意味では比肩無きシナリオでしょう。いずれにせよ、勘づかれないようご注意下さい。


 それでは、また事件解決の依頼をお待ちしています。

 P.S. 報酬金は五百万で良いですよ。それだけ貰えれば、私の自尊心が満足しますのでね。


読了ありがとうございます。

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