51 死の刻妃
進んでは戻ってと書いていくうちに、こんな時間になってしまいました・・・
この頃の魔人族には、十五歳になると必然的に戦場に駆り出されるという特有の絶対的ルールが存在しており、例外になることなくゼレードも戦場に赴かなければならないことになっていた。
当然、彼もべディーネと同様に魔源力が発現したし、戦いにおいては何も問題はない。
しかし、問題があるとするならこの戦場における隊列だろう。
「ちょっと待って! なぜベディーネが一人で攻め込み、俺たちはその護衛なんだ!」
名も知らない一人の戦士がベディーネの発言に対してそう口にする。
それもそうだ、一人で行動するのは戦況によって決めることであり、決して最初から作戦に組み入れるような隊列パターンではない。
「確かに、この隊列は普通じゃないと私も思います。これじゃあまるで負け戦に挑むようなものだと」
「あらあら、付き合いの長いあなたがわたくしにそんなことを仰いますの?」
「そのような成り行きになってしまうのが必然的かと。上層部の指示だからと言ってこんな無謀な策戦に首を縦に振るほど私たちも馬鹿じゃありませんよ」
ゼレードの意見に賛同するように他の戦士たちは何度も首を縦に振る。
すると、べディーネは薄ら笑いを浮かべながら自分の得意とする武器をゼレードたちに向けて構え始めた。
その姿勢は言うまでもなく、徹底抗戦を主張している。
「それでは一人ずつ勝負をいたしましょう? もし殺されても恨まないでくださいまし」
「違う、そういうことじゃないんですよ」
「何が違いますの、わたくしとあなた達の力の格差を理解できていないのでしょう?」
ゼレードたちは彼女の実力を十分理解している。
彼らがそれでも納得いかないのは、彼女一人に先陣を切らせて自分たちは後方で支援しかできないということだ。
この数年の間に武具の扱い方や対人戦闘訓練など、多岐に渡る魔人族の戦い方を彼らは学習してきた。
なのに、総復習とも言える実戦に後方支援と命が下されては黙っていられなくなるのは当然の結末だろう。
「私たちはただ、総復習とも言えるこの実戦で更なる自信を付けたいのです。だから後方待機に納得がいかないのですよ」
「あら、あなた今回の敵の情報を何も知らないのですね」
「敵は悪魔族なのでしょう? だったら私たちにも十分な勝算があると思うのですが」
「細かい詳細を説明していなかったな、ここからは俺が説明しよう」
そう言ってゼレードとべディーネの会話に割り込んできたのは、二人が六歳だった頃に償うべきはずの罪を無に帰して見せた王国騎士、マルファガルスという男だった。
マルファガルスは次期魔人王候補であり、魔人王直系の第一王子だ。
心が清らかなことから周囲から絶大な人望を勝ち取り、理不尽な事象を一切合切見逃すことができない。
まさに清廉潔白という言葉が良く似合う男だ。
「マルファガルス様、相手は悪魔族なのですよね?」
「確かに敵は悪魔族だ。だが、その陣営を奴が率いてるんだ」
「奴・・・と言いますと?」
ゼレードがそう尋ねると、苦虫を嚙み潰したような苦渋の顔をするマルファガルスの口から親玉の名前が告げられた。
「魔王アルデリカ。史上最古の魔族にして最悪の悪魔だ」
「魔王アルデリカ・・・なぜ魔王自ら戦場に赴くのでしょうか?」
「それは俺にも分からない、恐らく潮時だと勘付いてのことだろうな」
「潮時、と言いますと?」
「あなた、何も知らないで作戦にケチをつけていたのですね。もう少し勉強した方がよろしくてよ?」
「まあ、情報の共有は上層部でしか行われていないから仕方がないだろう」
「ちょっと待ってください、マルファガルス様今何と仰いました?」
聞き捨てならない内容を口にした気がする。
上層部でしか情報が共有されていないとかなんとか。
それと全てを知ってそうな彼女の口振りと統合するとーーーー
「べディーネは俺の配下に加わったんだよ。正確には加えさせたとでもいうべきだろうね」
「・・・・・・はい!? どうしてべディーネが!?」
「どうしてってそんなもの決まっているじゃありませんか。わたくしが配下に加わるだけの力が証明されたからですよ」
「そ、それでは! 俺たちもマルファガルス様の配下に加えさせては頂けませんでしょうか? 無理なお願いだとは重々承知の上ですが、お役に立てるよう全力で頑張りますのでどうかお願いします!」
ゼレードが見事な九十度のお辞儀を決めると、それに習うように他の戦士たち計五十人も一斉に頭を下げる。
第一王子であり、次期魔人王候補の彼の配下に加わることができれば、戦士としてのグレードが大きく跳ね上がる。
それは、武術を学ぶ彼らにとっては常識中の常識だった。
しかし、そのような事を彼は一瞬たりとも考えたりはしない。
では、戦士のグレードにこだわりを抱かない彼はマルファガルスの配下に加わり、一体何を望むのか。
彼の真意を見透かしたように、マルファガルスはゼレードを含む彼らに命じる。
「この作戦は魔人王様が直々にお考えになられたものだ。それに従えぬというものは俺の配下に入れないと思え! もし、お前たちがべディーネの後方支援として成果を残せたのなら俺の配下になることを約束しようじゃないか!」
すると、ゼレードを含む戦士たちはマルファガルスの提案を飲み込んだかのように膝を地に付けた。
この行為自体に説明を乞う必要はどこにもないだろう。
マルファガルスに忠義を示した彼らは、ついに魔王アルデリカ率いる悪魔軍と対立する日を迎えたのだった。
「あらあら、随分と緊張なされてるのですね?」
そう言って声をかけてきたのは、黒の下地に鮮血の赤を這わせたようなドレスを着こなすべディーネだった。
初めて出会ったあの日、女神だと錯覚していた自分の目が節穴だと思う程までに彼女の姿は凶悪そのものだ。
「そうですね、べディーネは全く緊張していなさそうで羨ましいです」
「今さら緊張しても仕方がないですもの、わたくしはわたくしのできることをするだけですわ」
「できることをするだけ・・・か」
「えぇ、できないことに挑戦するより、できることをした方が良いに決まってますでしょうに」
「それもそうですね」
練習以上のことを本番ではできない。
そんなこと誰でも知ってる幼稚な理屈だ。
最初は小馬鹿にするためだけに話しかけたのかと思ったのだが、彼女の真剣な眼差しを見た後で考えを改め直した。
どうやら彼女はからかうために話しかけてきたのではなく、彼の緊張を解そうと話しかけてきただけだったようだ。
「わたくしはそろそろ前線へと参りますので、わたくしから十五キロ離れた場所から支援してくださいまし。あなたの魔源力なら容易いことでしょう?」
「確かに可能ですが、十五キロも離れてたらいざとなった時に助けにいけませんよ?」
「大丈夫ですよ、わたくしの力を以ってすればこの魔界すら手中に収めることができますのよ?」
彼女の魔源力は時の流れを加速させたり減速させたりできる。
つまり、時間軸を自由自在に操ることのできる彼女はまさに無敵とも呼べる魔族だった。
彼女の発言通り、その気になれば魔界を支配することも可能だろうし、それを阻止できる者は恐らく魔人王様とマルファガルス様の二人だけだろう。
「それに、わたくしの魔源力の効力範囲が半径十キロですの。もし効力範囲内に入っていたのならあなたにも効力が生じてしまいますわよ?」
「それは確かに離れていないといけませんね、それではさっそく後方支援の配置へと向かうことにします」
「えぇ、皆さんにもよろしく伝えておいてください」
「分かりました、任せてください」
彼女の言葉を肯定しつつ、ゼレードは魔人王様の指揮通り、後方支援の位置である彼女から十五キロ先へと向かって行く。
「さて、十五キロ先まで無事辿り着いたようですね。これでわたくしもようやく思う存分楽しめるわけですね」
べディーネは一人でそっと呟いた。
周りに弊害となる同志の魔族が存在しない。
誤って誰かを殺すこともあり得ない。
まさに今、この戦況は彼女のホームグラウンドと化していた。
彼女に与えられた武器は武術の練習で用いられた剣のような類ではない。
湾曲に曲がった鋭利な刃が二つに、それを繋ぎ止めておくための鎖が一本。
武器の名はなく、彼女の魔源力にあった武器を王族直属の鍛冶師が作ってくれたのだと言う。
「そうですわね、せっかくの頂きものですしせめて名前を付けた方がよろしいですわよね、一体どんな名前がよろしいでしょうか?」
べディーネが武器の名前を悩まし気に考え、何かが閃きそうなところまで辿り着きかけていたその時、彼女に向けて一直線に魔力弾が飛ばされてきた。
「せっかく良い名前が思いつきそうでしたのに残念ですわ!」
彼女は攻撃を無効化すべく魔源力を発動させる。
アメジストのような輝く瞳は光を失ったかのような純黒に染まり、額にはダイアルのような黒輪。
その容姿を言葉で表すのならーーーー
「「死の刻妃」!」
べディーネが魔源力である「死の刻妃」を使うと十キロ圏内に踏み入れていた魔力弾は速度を失い、彼女がニッコリと笑うとやがて目に見えぬ悪魔族の元へとお返しされる。
しかも、敵から放たれた魔力弾よりも更なる加速付き。
魔力弾は距離を増すことに加速していき、音速をも超える魔力弾は悪魔たちの張っていた結界を跡形もなく見事に吹き飛ばした。
「あぁ、あぁ、せっかく楽しみにしていたのに残念ですわ、残念という他ありませんわ」
べディーネがいつもの薄ら笑いを浮かべながらゆっくりと悪魔陣営に近づいていくと、姿を現した悪魔族たちが取り乱したかのように彼女に襲い掛かってくる。
どうやら、戦う意思は削げずにまだ心のどこかに残っていたようだ。
「さぁさぁ、ここからわたくしを楽しませてくださいませ!」
そして、ここからべディーネの殴殺が始まるーーーーはずだった。




