47 一筋の希望?
「あのー・・・少しいいですか・・・?」
アスモレオンの復興策で賑わっている場に弱々しく口を挟んだのは一人の少女だった。
俺と同じくらいの身長に癖っ毛のついた茶髪のショートカット。
少し困ったように眉を落としているのだから、可愛さが極まってより幼なさを強調していた。
どこからどう見ても俺と同い年ぐらいの女の子に見える少女だが、実は少女ではなくーーーー
「ノンさん? 他に意見があるのですか?」
「うぅ・・・ごめんなさいぃ・・・サリカ様、ごめんなさいぃ・・・」
「いや、別に謝ることじゃないですけど・・・」
決してサリカは彼女に強く当たったわけではない。
それなのに、彼女は申し訳なさそうに俯いてしまった。
サリカ、ゼレード、セモンが溜息を吐く様子から察するに、どうやら今回に限った話ではなさそうだ。
一方、彼女の一面を初めて目の当たりにしたシヴィリアーナ、カレアマキナ、サイスノールカ、アスモレオンはと言うと、現在進行形で目を丸くして驚いている。
先程まで賑わっていた空気が、まるで嘘かのように玉座の間は静まり返っていた。
この何とも言えない微妙な空気は、魔人王である俺が責任を持って変えるしかないだろう。
そして俺は俯く彼女の気に障らないよう優しく話しかけてみた。
「ノンさん、でしたっけ? 何か意見があれば是非教えて頂きたいなと。俺もまだまだ未熟者ですので、ノンさんの意見もしっかりと聞き入れたいのですが」
「うぅ・・・身勝手な発言してごめんなさいぃ・・・」
「魔人王様にごめんなさいは失礼じゃ?」
「こら! アスモレオン!」
「ひぃ! ごめんなさぃ、ごめんなさいぃ!」
空気の読めないアスモレオンの発言とそれを叱りつけるサリカのおかげで彼女は更に萎縮してしまった。
言葉の使い方がおかしいとか今は別にどうでもいいのに、どうしてこうも空気が読めないのだろうか?
俺の中で『たまに頭の切れるアスモレオン』から『空気の読めない馬鹿丸出しのアスモレオン』へと降格するには十分過ぎる瞬間だった。
「まあまあ、ノンの考えた意見をここにいるみんなが聞きたがっているんだ。だから、少しでもいいから話してくれないか?」
「ゼレード・・・ごめんなさいぃ、ごめんなさいぃ」
「ノンさん、あなたの意見を私たちみんなに聞かせてくださいませんか?」
ふんわりと優しく微笑みかけるサリカの顔色をそっと窺うと、ノンは勇気を振り絞った様子で自分の意見を口に出した。
「あ、あの・・・アスモレオン様の意見には賛成なのですが・・・えっと、その・・・働く人にメリットがないというか・・・その・・・」
「働けない人よりも沢山稼いでいるのだから十分メリットがあると思うのですが、どういうことでしょうか?」
「そ、そういうことじゃなくて・・・」
ノンの言いたいことがイマイチ伝わってこない。
だが、人の真意を読み取ることを得意とするセモンにはどうやら伝わったらしい。
「なるほど・・・そういうことか・・・」
「またセモンだけ理解してー。お姉さんにも詳しく教えてよー」
「いや、俺にも分かりました」
「アスモレオンも分かったのか!? クソ、アタシたちの頭脳はアスモレオン以下だと言うのか!」
「うちもそれは納得できない。どうして気持ち悪いことしか考えられない発情猿より私たちの方が頭悪いことになってるの?」
「いや、俺に聞かれましても。というか、酷い言われようですね・・・発情猿って・・・」
今まで封印して来た黒歴史の扉がギスギスと鈍い音を立てながら開放されてしまったようで、アスモレオンはこれでもかと思うほど酷く落ち込んでいた。
まあ、知りもしなかった人たちにまで醜態を晒す羽目になってしまったのだから彼の気持ちは痛いほど理解できる。
だからこそ、古傷が深く痛まないようにそっとしておいてあげるのが、この場においての最適解だと言えるだろう。
俺は心に傷を負った彼を見捨てて話を更に進めていく。
「それじゃあセモン、ノンさんの意見とやらをみんなが分かるように説明してくれないか?」
「かしこまりました・・・それではノンさんの代行者として説明いたします・・・」
一呼吸置いた後、セモンはノンの代行者として話し始める。
「彼女の言いたかったことは恐らく、働く者に何のメリットもない・・・つまり、生活保護を受けていれば最低限の収入は得られるから・・・」
「働かない人が多くなる可能性が高いと言うわけね」
「そ、そうなのですっ! さすがはサリカ様ですっ!」
理解してもらえたのがよほど嬉しかったのか、目を輝かせながらサリカの方を見つめるノン。
視界の傍らでセモンが何か言いたそうに俺の方をジッと見つめてくるので一応頷いておいた。
というのも、ノンの面倒臭い性格がどこで姿を表すか分からないから下手なことを口にできないからである。
あくまで理解者はここにいるぞ、という意での相槌なわけだ。
「もしアスモレオンの案を採用とするなら、同時に労働者に得となる政策を考えないといけない」
「そうですね・・・生活保護で最低限の収入があるのなら働く必要なくなってしまいますからね」
「そういうわけだ、何か案がある奴いるか?」
「はい! あたしに名案があります!」
姿勢よく手を垂直に上げたのは三姉妹の次女であるカレアマキナだった。
笑顔に満ちたその表情から察するに、政策案によほどの自信があるのだろう。
その様子を窺っていたアスモレオンが彼女の言葉に続いて口を挟む。
「カレアマキナ姉上の考えた案を聞こうではありませんか!」
「あんた一体何様? 案が通ったからって調子に乗ってると後で痛い目に遭うからな?」
「大丈夫です! きっとルシフェオス様が守ってくださいます!」
「アスモレオンの処遇は後にして、今はカレアマキナの案とやらを聞こうじゃないか」
「ルシフェオス様!? 俺と一緒に一夜を過ごした仲なのに酷いじゃないですか!」
一夜を共に過ごした仲? 正常に働いている俺の脳内に該当する情報は一切存在しなかった。
要するに彼が作り上げた妄想だろう。
「生憎、アスモレオンと夜を過ごした記憶はないな」
「そんな!? 一緒のベッドで寝た仲のに酷いですよ!」
「いや、どう考えてもお前の妄想の方が酷いでしょ。マジでキモイ・・・」
アスモレオンの隣に座るサイスノールカが、切れ味のいい罵倒を彼に投げつける。
それだけじゃない、汚物でも見ているかのような視線が彼に集中していた。
「何ですか・・・何ですか! 何なんですか!」
「いや、あんたの方が何なんだよ」
「そうですね、妄想とは言え、汚されたルシフェオス様があまりにも可哀そうです」
「同情の余地はないな・・・魔人王様を汚した罪は重いぞ・・・?」
「俺が汚物とでも言いたいんですか! 正直に話してるだけなのになんでそんな目を向けられなきゃいけないんですか!?」
「では、ルシフェオス様、あたしの案を聞いてください」
「人の話聞けやーーーーーー!」
彼の魂の叫びが『魔人王の玉座』に響き渡る。
このままでは真面な話し合いにならない。
仕方なく、俺は魔力の弾丸を右手の平に浮かべるとそれを彼に向けて投げつけてやった。
当然、周囲の者たちは皆、目を真ん丸にしながら驚きを隠せないでいた。
「ルシフェオス様! 一体何を!?」
「大丈夫だ、この魔力攻撃には傷つける力を兼ね備えていない」
「では・・・一体何をなされたのですか・・・?」
「このままじゃ話が進まないから、アスモレオンが嘘を吐いているかどうか少し確かめようと思ってな」
そう、魔力の弾丸に「嘘壊」の能力を込めてみたのだ。
つい最近の事件で『聖霊』をフル活用した際、体現されていた魔力に『聖霊』の効力が付与されていたのを錯覚したものだから、もしかしたら直接肉体に干渉する必要はないのではないかと今になって試してみたくなったというわけだ。
結果はーーーー成功したと言えるだろう。
「ル、ルシフェオス様! いきなり何するんですか!?」
「お前の発言を真偽しようと思ってな。さて、もう一度聞こうじゃないか。俺とアスモレオンが同じベッドで寝たという話を」
「言った通りですよ! ルシフェオス様が『次世代魔人王決定戦』で倒れた初日、俺とルシフェオス様は同じベッドで寝たんですよ! 言っておきますけど真実ですから」
自信満々に腕を組みながらそう口にするアスモレオン。
「嘘壊」の反応は一切ない。
もしアスモレオンが嘘を吐くような真似をしていたら脱力した後、嘘偽りなく真実をベラベラと語り出すはずなのだ。
その反応が起こらないということはつまりーーーー
「あんた、ルシフェオス様の寝こみを襲って何をしていたわけ?」
「え、一緒に寝たって言ったじゃないですか! 寝こみを襲うなんて人聞き悪いこと言わないでくださいよ!」
「そもそも魔人王様と一緒に寝る意味が分からない。やっぱりキモいね・・・」
「いや、いきなり倒れたから心配になって・・・一人じゃ寂しいだろうから添い寝してあげようと思って・・・」
「確かに倒れた時は私もびっくりしたけど、それで添い寝しようと思い至る発想がおかしい。ルシフェオス様にはディアルナ様がいるのに寂しいわけないでしょ。寂しかったのはどう考えてもアスモレオンの方じゃん、冗談言うなら顔だけにしておきなよ」
「ル、ルシフェオス様ぁ~何とか言ってくださいよぉ~」
三姉妹に攻め立てられて今にも泣き出しそうな顔をするアスモレオン。
被害者である俺にそんな顔されても正直困るのだが。
「アスモレオンの性癖はこの際どうでも良いだろう・・・それより何か案があったんだろ・・・?」
「あ、そうだった、それではあたしの案を発表します!」
「ルシフェオス様・・・トイレに行ってきてもいいでしょうか・・・」
「え、あー・・・うん、行ってきていいぞ」
カレアマキナがせっかく考え出した案を発表しようとしているのに、席を外すことは会議に参加する者の行動としていかがなものだろうか。
でも、彼の悲痛な表情に元気のない声色。
行くなと言えるのなら代わりに言って欲しいものだ。
そんな席から外れてトイレへと向かうアスモレオンに誰一人声を掛ける者はいなかった。
彼に気を遣うとよりも、カレアマキナが思考した案の方に興味を惹かれているといった様子だ。
「あたしの考えた案はーーーー」
大きく深呼吸した後に彼女は政策案を提示するーーーーはずだったのにそれから彼女は一言も言葉を発しようとしない。
「・・・カレアマキナ、どうした?」
「・・・ルシフェオス様、大変な問題が発生してしまいました・・・」
「うん、聞かずとも何となくわかるが、一応教えてくれないか?」
すると、彼女は笑ってごまかしながら俺の問いかけに応じた。
「ド忘れしてしまいました・・・」
「まあ、そんなことだろうと思った」
「すみません・・・頑張って思い出してみるので、あたしがこんなことを言うのは大変失礼だと思うのですが・・・話し合いを今まで通り進めてもらっててもいいですか?」
「わかった、思い出したらまた呼んでくれ」
「本当にすみません・・・」
感情の緩急の差につい笑ってしまいそうになるが、当の本人は至って真面目なので笑うのはあまりにも失礼だろう。
「さて、話し合いの続きをしようと思うがーーーー」
俺が再び会議を始めようとしたその時だった。
コンッ、コンッ、コンッ、と『魔人王の玉座』の扉を律義にノックする者が現れたのだ。
会議の参加者であるアスモレオンがノックして入ってくるのは正直考えにくい。
だとすれば、来客の線が一番高いだろうが来訪客の予定は特になかったはずだ。
そしてゆっくりと扉を開いたのはーーーー
「お前は・・・」
「はい、先代魔人王様の側近を務めていましたゲガルドと申します。『次世代魔人王決定戦』での戦いっぷり、実に見事でした」
「は、はぁ、それはどうも・・・」
髪を白く染めるゲガルドは魔人族の中でも高齢者の分類で間違いない。
前魔人王の側近を務めていたのだから、かなりの年を重ねていると思い至っても不思議な話ではない。
俺が魔人王の座に就いた際、彼の役は全て終えたはずなのだが、何か言い忘れていたことでもあったのだろうか。
彼はゆっくりと俺の方に近づきながら言葉を放つ。
「実は私、サリカ様たちが掛けられてしまった悪魔の呪いを打ち消す方法を単独で探していたのです」
よく見てみれば、彼が着こなす執事服に埃が被っていた。
どうやら、埃っぽいところに屈することなく手当たり次第探してくれていたようだ。
だがーーーー
「悪いが今は会議中だ。話は後にしてくれないか?」
「大変失礼なことをしたと思っております。ですが、サリカ様たちの呪いを解けるかもしれないと考えた時にはすでに私の意思は固く決まっておりました」
俺の目の前で跪くと、彼は徐にそれを差し出してきた。
「私の首がどうなろうと構いません。ですから、どうかサリカ様たちをお救いください」
深々と頭を下げて頼み込んでくるゲガルド。
前魔人王の側近を務めていたこともあって、小さい頃のサリカたちを知っているからどうしても愛着が湧いてしまうのだろう。
そんな彼に掛ける言葉は一つしかない。
「ゲガルド、お前の気持ちは痛いほど理解できた。後は俺に任せてお前はゆっくりと休むといい」
「死刑でもなんでも覚悟は出来ております。私に慈悲は不要です」
「会議を邪魔された程度で死刑にする頭の逝かれた王が存在いいものか。とりあえず、会議はまだ終わってないから退席してもらっていいか?」
「かしこまりました、それでは失礼します」
そう言うと、ゲガルドは俺に背を向けて静かに『魔人王の玉座』から退室して行く。
ーーにしても、これが呪いを解く鍵・・・か。
どう見たってそんな風には見えない。
だってそうだろう?
渡されたのはーーーー前魔人王の日記なのだから。




