41 弱さ
俺は今すぐにでも裏切り者共を始末しないといけないのだ。
でなければ、犠牲になった者たちへの怨念が綺麗に晴れることは決してない。
すると、バレンは俺の言葉に反応するように一歩ずつゆっくりと近づいてくる。
「ルシフェオス、いや、ルシフェオス様。どうかガイオスとべレフォールに釈明の機会を与えてはもらえないでしょうか? きっと二人は悪魔に唆されただけだと思うのです! だから、ここは一つ寛大な処置をお願いします!」
この兄上は一体何を口にしているのだろうか?
この二人の裏切りによって、魔人の国は多大な被害を負ってることにまだ気づいていないのか?
だとしたら、飛んだ間抜け者だ。
だが、そもそもの話ガイオスとべレフォールを恐れていたバレンが二人を助ける理由が一体どこにあるというのか。
まずはそこから聞き出さなければならないだろう。
俺は歩み寄ってくるバレンに向けて口を開いた。
「釈明の機会? この二人が魔人の国の住人にどれだけの被害をもたらしたかは目に見える明白な事実だと思うんだがな? それにバレン、お前がこの二人を助けようとする理由はもっと別の所にあるんだよな?」
「もっと別の所って・・・ルシフェオス様、本気でそのようなことをお思いなのですか?」
すると、バレンは胸に手を当てながら自分の思いを一生懸命口にする。
「確かに二人のことについて思うところは沢山ありますけど、それでも俺たちは「兄弟」なのですよ? ルシフェオス様には「兄弟愛」と言うものがないのですか?」
「兄弟愛」・・・か。
兄が過ちを犯しても慈悲を掛けるその姿勢は大変素晴らしいものだと断言できよう。
だからこそ、バレンという男の実力は三流以下止まりなのだ。
いつまでも甘い幻想論に囚われているからその程度の男に収まってしまう。
そんな彼の言葉が俺の冷め切った心に響くとでも思ったのだろうか?
だってそうだろう? そもそも俺はこのガイオスとべレフォールを同じ血を分けた「兄弟」だなんて微塵も思っていないのだから。
「ク、ククク、クククク・・・」
「ルシフェオス様・・・? 俺そんな可笑しなことを口にしましたか?」
俺とバレンの心の温度差につい笑みが零れてしまった。
そして俺はガイオスとべレフォールに「嘘壊」を使用しながら、「兄弟愛」について熱弁するバレンに向けて告げる。
「残念だが、こいつらはお前が思っているような人としての性を持ち合わせていないぞ? そうだよな、お前ら」
「バレン! 何とかルシフェオスを説得してくれ!」
「このままだと、俺も兄貴も殺されちまう!」
生き延びることに必死になっているせいか、ガイオスとべレフォールは「嘘壊」を掛けられていることにまるで気が付いていない様子だった。
まあ、こちらとしては痛めつける手間が省けて大助かりなのだが。
「兄上たち! ルシフェオス様から寛大な処置を下されるよう説得しますので、しばらく待っていてください!」
「クク・・・都合の良い弟がいるって言うのは素晴らしいものだな」
「え、ガイオス兄上・・・?」
「バレンを上手く利用してこの場を凌がなきゃいけねぇな」
「べレフォール兄上・・・?」
バレンが驚いた様子でガイオスとべレフォールを見つめている一方、彼らもまた驚いた様子でバレンのことを見つめている。
そして、彼らが全てを悟った時にはすでに手遅れだった。
「さっさとルシフェオスをどうにかしろよ!」
「お前が俺たちに出来ること言えばそのぐらいだろうが! 説得してさっさとこの状況をどうにかしろ!」
開いた口が塞がらないと言ったように思ったことを馬鹿正直に口にしてしまう彼らを目にしたバレンはというと、どうやら彼らの発言をまだ信じ切れていないらしい。
このぐらいの真実を目の当たりにすれば助ける価値はないとすぐさま考え直してもらえると思っていたのだが、もう少しだけ過激に現実を突きつける必要がありそうだ。
俺はガイオスとべレフォールに向けて笑いかける。
「今から言うことに正直に答えるんだ。もし、お前たちにバレンを殺すことができたのならお前たちの命だけは取らないでやろう。殺せないと言うのならお前たちの首をすぐさま跳ね飛ばすがどっちがいい?」
「「・・・・・・」」
「黙秘を続けるのならお前たちを殺すが構わないよな?」
冷酷なやつだと思われても別に構わない。
この提案こそ、こいつらの本心を炙り出すのには都合の良い方法なのだから。
「ルシフェオス様、そのような提案はいかがなものかと。せめてもう少しだけーーーー」
バレンがそう言いかけた途端、割って入るようにガイオスが口を開いた。
「やってやるよ・・・」
「え?」
「バレンを殺す? それで俺の命が助かると言うのなら容赦なく殺してやるよ!」
「ガイオス兄上、この状況で何てことを言うのですか!」
「俺もバレンを殺す! それで俺が助かるのなら何の迷いもねぇ!」
「べレフォール兄上まで何を言ってるんですか!」
さて、ここまで言わせておけばそんな脳筋でもこいつらを助けようなんて微塵も思わなくなることだろう。
こんな不愉快極まりない茶番を締めるべく、俺はバレンに向けて一言告げる。
「バレン、こんなクソみたいな兄弟を本気で助けたいと思っているのか?」
「お、俺は・・・・・・」
「おい! バレンを殺せば俺は助かるんだろ!? さっさとこの縛を解いてくれ!」
「そうだ、このままじゃバレンを殺すことができねぇよ!」
彼らの殺気に負けるかのようにバレンは一歩後ろへ後退した。
バレンは一体何を悩んでいるというのか。
ここまで殺意を剥き出しにされて、まだ助けたいなどと甘いことを考えているのか?
だとしたら、彼が抱く弱さの根本的な問題とはーーーー
「「自他問わずの甘さ」・・・だな」
「え?」
「お前は自分にも他人にも甘すぎる、だからこいつらを殺すことができないんだ」
「俺は・・・」
「よく考えてみろ、こいつらのせいで何人が犠牲になったと思ってるんだ? ここへ来る道中に死体を見てこなかったのか?」
俯く彼の表情から、やはり死体をその目に焼き付けてからここへ来たようだ。
それらを目にして、普通ならこいつらを助けたいなどという不必要な感情は一切抱かないと思うのだが、心の中にある「兄弟」という概念の存在が彼を更なる弱者のステージへと誘っているようだった。
「おい! 俺の縛を早く解いてくれ。俺は他の誰よりも一分一秒でも長く生きていてぇんだ!」
「そうなのか、だが残念だったな。俺はお前たちの縛を解くつもりは最初からないぞ?」
「はぁ!? それって俺たちを騙したってことか!?」
「騙したって言うよりかは誘導したって言った方が正確だろうな。それに「もし」って言っただろ?」
「それを騙したっていうんだよ! てめぇ、俺たちを弄んでそんなに楽しいかよ!」
その後も何かと文句を俺に投げつけてくるが、正直どうでもいい。
そして、片手に作り出した魔力剣で彼らの首を問答無用で跳ね飛ばそうとしたその時ーーーー
「ちょっと待ってくれ!」
またしてもバレンの邪魔が入った。
「今度はなんだ。殺される寸前で止めるのはこいつらの心臓にも悪いと思うんだが」
「やっぱりこんなのおかしいよ。確かに兄上たちは取り返しのつかない大きな過ちを犯した。でも、殺したら罪を償わせることもできないんだよ? 償わせ方は殺すだけじゃないと思うんだ」
「それがお前の甘さだと言ってるんだ。取り返しがつかなくなってからは遅いという簡単なことをなんでお前は理解できない? 罪を犯した者は兄弟でも何でもない、ただの罪人だ。それでも俺のやり方が気に食わないと言うのならーーーー」
俺はべレフォールの『魔吸剣』を取り上げて、バレンの足元に向かって投げつけた。
意味は言うまでもないだろう。
「その剣を使って俺と戦え。もしお前が俺を殺せたのならこいつらのことを生かすなり殺すなり好きにするといいさ」
「俺が・・・ルシフェオスと・・・?」
「そうだが、まさかビビッて剣すらも握れないのか?」
「そ、そんなわけ・・・!」
そう言うと、バレンは地面に落ちていたべレフォールの『魔吸剣』を素早く拾い上げる。
だが、全然ダメだな。
立ち振る舞いから隙だらけで、これじゃあ隙を突いて攻撃してくださいと言っているようなものだ。
それに、手に持つ『魔吸剣』の剣先が目に見えて震えている。
呼吸も不規則なことから、動揺と緊張が胸中を支配しているのだろう。
そんな身体・精神状態で俺を殺せるはずがない。
威勢の良い声を上げながら勢いよく斬りかかってきたものの、彼の手にはすでに『魔吸剣』が消え失せていた。
というのも、俺が魔力剣で弾き返していたのだ。
「え・・・え、え・・・」
あまりの速さに目で追えなかったのだろう。
そんな戸惑う彼に俺から一つだけ忠告する。
「この程度で誰かを助けたい? そんなお前に一つだけ教えてやるーーーー」
弾き返された反動で未だ空気中で回転し続けている『魔吸剣』を、俺は跡形もなく魔力剣で切り裂いた。
「半端な強さじゃ誰も救うことも助けることもできやしない。今は理解できずとも、もっと大切な人ができたその時に俺の真意を理解できるだろうな」
全身の力が抜けたようにぐったりと座り込む彼を尻目に、魔力剣の剣先の狙いを今度は罪深き彼らに向ける。
「さて、苦痛を与えることなくお前らをこの世から跡形もなく消してやる。感謝しろよ?」
「感謝するわけないだろ! おい、バレン! 早く俺たちを助けろ!」
「バレン! このまま俺と兄貴が殺されても良いのか!」
彼らはバレンに助け舟を必死に要請しているのだが、当の本人からの応答が一切ない。
力無きバレンに出来ること言えば、俺との交渉ぐらいだ。
その交渉が断たれた今、現状彼に出来ること言えばーーーー何もない。
バレン自身も自分の立場をよく理解しているから、彼らの要請に応じずに黙って俯いているのだろう。
「それじゃあ、お前たち。永遠にさようなら」
「嫌だ! 死にたくない!」
最後にべレフォールが命乞いをしていたようだが、俺は聞く耳を立てることなく二人の首をまとめて切り飛ばした。
宙に舞う二人の首が鈍い音を立てながら地面に落ちる。
「行動支配」をしているから彼らの肉体の情報が手に取るようにわかる。
脈拍を感じない。どうやら罪深き大罪人たちを無事処刑できたようだ。
「あとは住人の暴動を抑え込むだけだ。バレン、急いで加勢に向かうぞ」
気が抜けたように座り込んでいたバレンは、すぐさま立ち上がると俺の後を黙って付いてくる。
そんな彼の表情が少しだけ曇っていたのは、それはきっと俺の気のせいだろう。




