40 兄弟愛
傷を負った部位は「悪喰」とやらで機能不全に陥ると、今こいつはそう口にしたのか?
片目を大胆に切り裂かれたセモンは失明し、サリカの片腕は思うように動かせないということなのか?
だとしたら、ディアルナの両足は多くの傷口のせいで血まみれになっていた。
そうなればディアルナはもうーーーー歩くこともできないということなのか?
心の底から怒りが湧き上がってくる。
だが何でだろう、胸の中は怒りで満ち溢れているのに頭の中にはもう一人のひどく冷静な自分がいた。
愛する恋人、自分を慕ってくれる部下が裏切り者共から酷い仕打ちを受けたというのに、俺はこんなにも冷たい奴だったのだろうか?
いや、それは違うな。
胸の中に抱くこの怒りの気持ちは決して紛い物なんかじゃない。
ただ、胸の中に抱く気持ちと頭の中の情報が上手く噛み合っていないだけだ。
きっとそうだ、だから冷静な自分が豹変してしまわないうちに聞いておきたいことは先に聞いておくことにしよう。
でないと、怒りに任せてこのクズ共を跡形もなく木端微塵にしてしまうだろうからーーーー
俺は絶対零度に達するほどの冷め切った声でガイオスとべレフォールの二人に尋ねた。
「そうか、セモンは目を失い、サリカは片腕を失った。そしてディアルナはーーーー歩けなくなった。そういうことで間違いないな?」
「は、はい・・・その解釈で間違いないかと・・・」
「おいおい、べレフォール、今更敬語はよしてくれよ。お前に敬語を使われると反吐が出る」
「うっ・・・す、すみません・・・」
「なあ、ガイオス。「悪喰」の効力を無効化する手段ってあるのか?」
「そ、そんなの魔人族である俺が知るわけないだろ」
それもそうだ、悪魔の力である「悪喰」の効力解除の方法を魔人族であるこいつらが知るわけがない。
そんなことも知らないで悪魔の力を躊躇なく振るうとは馬鹿にも限度があるだろ。
いや、そもそも殺す気で俺たちに敵対心を向けてきたのだから、こいつらにとっては効力解除の一切合切など二の次以上にどうでも良いことなのだ。
「悪喰」の効力解除の手掛かりは無し・・・か。
どのみち、こいつらから得たい情報はもうない。
というか、もうこいつらを視界に入れていたくなかった。
ーーここらで死んでもらうとしよう。
「そうか、これ以上の情報を差し出せないのなら貴様らを塵も残さず掻き消すが構わないよな?」
「そ、それだけは勘弁してくれ! 俺はまだ死にたくないんだ。 そ、そうだ! これからお前の下僕でも奴隷でも一生掛けてこの罪を償うからどうかこの命だけは取らないでくれ!」
不思議な感覚だ、こんなにも心に響かない言葉が存在していたとは思わなかった。
それもそうか、俺の元役職は罪を裁く役職じゃなかった。
俺の役割は世界を統率する者に力を与えることであり、決して罪を裁くような甘っちょろいものではない。
現に俺は世界を統率する者という立場に立たされているわけで、正直なところ罪を償うとかどうとか俺にとってはまるでどうでも良いことなのだ。
歯向かってきた者に慈悲を掛ける統率者など、世界各地を見回っても存在しないだろう。
だからこそ、俺はべレフォールの額につけていた右手をスッと放すと共に、体現される闇の炎で片手剣を作り出す。
無論、使用用途はーーーー
「お前が俺の役に立つことなど誰も望んじゃいない。死んで詫びることこそがお前のするべきことなんじゃないのか?」
「そ、そんなことはない! 無理難題な案件だろうと必ず罪を償えるように何とかするから。だからこの命だけは・・・」
「無理難題な案件・・・そうかなるほど、だったらお前は今すぐにでも理不尽に死んでいった住人に死んで詫びろ。それが俺の出す案件だ」
「それは俺が死んじゃうじゃないか!」
「ん? 死んで詫びることこそお前がすべき無理難題な案件なんだができないとでもいうのか?」
「いや、俺が死んじゃったら案件を通して罪を償うことができないでしょうが!」
「なぜ貴様がキレるんだ? 死んで罪を償えということを俺の口から直接言われないと分からないか?」
「いや、だからーーーー」
その後もべレフォールは俺を説得しようと一生懸命説明してくれたが、俺の中に定めた決定事項が揺らぐことはまずあり得ない。
セモン、サリカ、そしてディアルナに「悪喰」という名の「呪い」を施し、さらには従者を利用して魔人の国を脅かしたのだ。
「国家転覆罪」に加えて「傷害罪」など、その身で償えるほど科せられた罪の重みは決して軽いものではないのは確かだ。
そんな彼が自分自身で死を以て償うことができないと言うのなら、俺が責任を持って執行しなければならない。
魔力で出来た剣先をべレフォールの首元へゆっくり当てると思いのほか良い反応が返ってきた。
「ほぅ? そんなにビビッて「死」がそんなに怖いか?」
「嫌だ・・・死にたくない死にたくない・・・」
「無視とは酷いじゃないか・・・、俺としては最期くらいちゃんと話したかったんだが」
「おい、黙って聞いていればなぜべレフォールばっかなんだ? 俺もべレフォールと同じ罪を背負ってるはずなんだがな」
「わざわざ口を挟んで注意を引くとは、お前はべレフォールよりも先に死にたいのか?」
べレフォールばかり気に掛けていたせいで、ガイオスは寂しい思いをしていたようだ。
というか、なぜわざわざ自分から挑発する真似をするんだ?
ガイオスに策があるとしか思えない状況下の中、彼の口から飛び出してきたのは「馬鹿」とでしか表現できないほどの愚かな発言だった。
「殺せるものなら殺してみろよ。情報が惜しいとか言っていたが、本当は殺すのが怖いだけなんだろ? ろくに殺したことのない経験が薄っぺらな坊主に俺たちを殺せるわけがないからな。もし本当に殺せるのなら、情報を得た時点で早急に殺せたはずだ」
「・・・確かにそうか、俺たちの反応を見て弄んでいただけか!」
「弱者が姑息な手段を取り続けていることに我慢ならなかったんだ。だからーーーー」
ガイオスがそう言いかけている途中で、言葉がそこで途絶えた。
彼の我慢ができなかったことによる挑発が、俺の我慢という理性の壁を簡単に打ち壊したからだ。
我慢がならない? さっきから殺意を抑えて一分一秒でも長く生きていられるようにしてやってるのにそんなことを口にするか?
だったらもういい、こいつらとの話し合いはここまでだ。
そう思考が辿り着く前に、魔力の剣はガイオスの首を何の躊躇もなく跳ね飛ばしていた。
宙に舞うガイオスの頭部を見上げながら俺は罪人である彼らに告げる。
「殺したことのない薄っぺらな坊主が誰だって? 笑わせんな、お前たちのような生きているだけで周りに害を為すような種族を両手に収まらないほど殺したわ」
「あ、兄貴ー!」
ガイオスはすぐさま頭部を自分の胴体を連結させたが、自己回復による魔力の消費量が激しすぎたせいで、次に致死率の高い攻撃を繰り出されれば確実に死ぬ状況に陥っていた。
まあ、これも俺を挑発した自業自得だろう。
「さて、お前たちを同時に殺すが構わないよな? って一々聞く必要もないか。どうせ殺される運命にあるもんな、お前ら」
「ちょっと待って! どうか話を聞いてください! お願いですから!」
べレフォールがそのようなことを口にするが、これ以上聞きたいことはないし聞く必要性がない。
そして彼の言葉を聞き届けることなく、魔力剣で二人の首を切り飛ばそうと勢いづけたその時ーーーー
「ルシフェオス! ちょっと待ってくれ!」
俺とガイオスたちの間に割り込んできた言葉に、つい勢いづいた剣を止めてしまった。
ーー全く、こんな忙しい時に一体誰が俺の邪魔をするんだ?
そう思いながらゆっくりと声のした方へ視線を向けると、そこには一人の男児が息を切らしながら突っ立っていた。
橙色の髪をした十代前半の好青年。
そう、彼の名はーーーー
「バレン、この忙しい時に一体何のようだ?」




