38 聖邪神
「聖邪神」とは、一言で言えば『聖霊』<<統率者>>を体現させる形態の事を指す。
『聖霊』を体現させることで、備わるありとあらゆる力を引き出すことが可能となるメリットが存在する。
『聖霊』をオーラとして体内に秘めていれば、一部の力しか行使することができないのだ。
「なぜ力の一端しか使えないのか?」という説明を分かりやすく説明すると、「容器に入った飲料水を飲むのにストローを用いるか否か」を具体例に挙げるのが分かりやすいと言えるだろう。
「ストロー」を使用した場合、容器中の飲料水を少しずつしか飲むことができない。
しかし「ストロー」を使用しなかった場合、容器中の飲料水を一気に飲むことができる。
つまり『聖霊』を体内に秘めるか体現にさせるかの行為は、「ストロー」の役割をしているというわけだ。
『聖霊』を体内で使用すれば力の一端しか汲み取ることができない反面、体現させてしまえば各種能力の使用を可能とする。
『聖霊』を体現させることで絶大な力を発揮することができるというわけだ。
そうなれば『聖霊』<<統率者>>を最大限に活用するためも、魔神族に見習って最初から体現させてしまえばよかったのでは? と考える人は恐らく少なくないだろう。
その答えは至ってシンプルで、体現させようにもさせることができなかったのだ。
神からの賜り物である『聖霊』は、下界に住み着く人間たちへの天恵として聖なる恵みを与え続けることと、神の言いつけを律義に守っていたからである。
恵みを与えるだけなのに、わざわざ体現させる必要もないだろう?
それに、神に仕える大天使たちは皆「熾天使」ばかり。
神の言いつけを破ろうとする者は誰もおらず、馬鹿正直にも『聖霊』という天恵を人々に与えることだけに尽力していた。
だが、そんな神の縛りに縛られる必要はもうどこにもない。
大天使? 熾天使? 俺は神に仕える者ではなく、神に仕える大天使共を殺す立場にある。
だからこそ、幾度となく『聖霊』を体現させることに何も問題はないはずだ。
俺の身体は次第に闇色へと色づき始め、額に染められていた闇の炎は散っていくように耳元まで浸食していく。
『聖霊』が魔人族の体に適合できるように突然変異を起こしたわけだから、全て「聖色」から「闇色」へと変換されているのだろう。
そして『聖霊』を体現することに成功した俺の目の前には、すでにガイオスたちの姿はなかった。
「逃げ出したか?」と一度は思ったが、どうやら彼らにもプライドというものが存在しているらしい。
「くたばれや!」
「お前に用はねぇんだよ!」
ガイオスに続くようにべレフォールもそのようなことを口にする。
全く、これじゃあ俺が悪役っぽく見えてしまうではないか。
顔面を彼方に吹き飛ばそうとするガイオスに足を斬り落とそうとするべレフォール。
動きに一切の躊躇がないことから、どうやらこいつらはこの程度の動きで俺を仕留められるのだと本気で思っているらしい。
全く、雑魚に舐められるのも随分と苦労するものだ。
俺はガイオスの攻撃を片手で受け止め、足元をうろつくべレフォールには蹴りを一発ぶち込んでやった。
その際、片手に掠り傷、足には切り傷ができてしまったが、まあ問題はないだろう。
するとガイオスは満面の笑みで更に拳を振りかざしてくる。
幾度となく、何度も何度も・・・
だが、降り注ぐ拳の雨に俺は飽き果てていた。
だってそうだろう? あまりにも貧弱貧速過ぎる拳をどう楽しめばいいというのだ?
もし、楽しみ方があるとするならぜひご教授願いたいものだ。
「そのワンパターンの攻撃はもう飽きた。そろそろ終わらせるが構わないよな?」
「は? 強がりも大概にしろ!」
「貴様のような雑魚に俺たちが屈するとでも思ったか!」
あらゆる方向から攻撃を仕掛けることに作戦を変えてきたガイオスの勢いに乗るように、蹴り飛ばされたべレフォールもすぐさま加勢する。
脳筋は融通が利かないから、こういう時本当に助かる。
ガイオスの目を眩ますような素早い動きに翻弄されることなくピンポイントで首周りを掴み、べレフォールの対象との距離を一気に詰める動きを一瞬でシャットアウトする。
シャットアウトとは言っても、単に彼を踏みつぶしているだけなのだが。
「さて、魔人族の裏切り者共をこれからどうしてやろうか?」
「クッソ! 舐めてんじゃねぇ!」
首を掴まれながらも攻撃する姿勢を崩さないガイオスは、拳に込めた魔力を放出するように弾丸を撃ち込んできた。
だが、所詮は魔力の塊。
魔力で俺にダメージを与えるなど一億年経っても叶うことはないだろう。
俺は魔力弾を無抵抗で無効化した後、優しく彼に問いかける。
「おいおい、可愛い弟に何でこんなにも酷いことをするんだ?」
「可愛い弟だ? 可愛い弟っていうのは俺より下の奴のことを言うんだよ。そんなことも知らないのか?」
「ほう、その理屈だと俺が九人の兄弟姉妹の中の長男坊ってことか」
「ふん、目上の者にふざけたことを抜かしてると後悔するかもな? とは言っても、もう手遅れだけどなぁ!」
ガイオスの言葉に反応するかのように傷つけられた片手がドクンと大きく脈打ったのだが、特に何の異常も起こらない。
当然だ、俺に『聖霊』が宿されている限り、どんな魔の力も全て打ち消してしまうからだ。
無効化してしまった以上、どんな効力が付与されていたのかは全く見当もつかないが、ガイオスたちが愉快そうに笑っていることから察するに、恐らく相当質の悪い術でもかけられていたのだろう。
愉快に笑いたいのは俺の方だというのに、こいつらの方が愉快そうに笑えて本当に羨ましい限りだ。
「ハハハ! てめぇに勝機は微塵もねぇよ」
「そうだ、さっさとこの薄汚い足をどけろ。でないと、もっと酷い目に合うかもなぁ?」
そう言って立ち上がろうとするべレフォールを俺は今まで以上の力で踏みつぶした。
「・・・あれ? どうなってんだ?」
「べレフォール、もう抜け出せんだろ? さっさとこいつを殺すぞ」
「それが・・・ここから抜け出すことができねぇんだ・・・」
「はぁ? んな馬鹿な話があるかよ」
べレフォールに呆れながらも自分だけ抜けようとするガイオスだったが、俺の手をどかすことができないことをきっかけにようやく自分が置かれている状況を理解したようだ。
青ざめていく二人の顔を見ていると、面白おかしくてつい吹き出して笑ってしまった。
しょうがないだろ? 先ほどまではあんなにも小馬鹿にするようにケラケラと笑っていた奴らの顔が、今となっては恐怖に染まったように青ざめているのだから。
「貴様・・・何がそんなに可笑しい?」
「ククク、すまんすまん。無様過ぎてつい笑いを堪え切れなかったわ」
「てめぇ、調子に乗るのも大概にしろ! さっさとこの足を退かせよ!」
足元にいる裏切り者が何だか騒々しい。
俺は彼を踏みつけている足に更なる力を加える。
「ッカハ・・・! てめぇ、いい加減に・・・」
「すまんすまん。褒美を御所望かと思ったものだからついな?」
「んなわけねぇだろうが! さっさとこの足をどけろ!」
「ふむ、確かに手も足も疲れてきたしな・・・」
力を使い続ければ、肉体に疲労が蓄積していくのは当たり前な話だ。
もし仮に、彼らをここで無償解放したとすれば「攻撃される」か「逃げられるか」の二択のうちの一択が現実となろう。
どちらが現実になろうとも、面倒臭さが消えることはまずない。
となれば、俺の取るべき行動は一つだ。
身体の一部ずつを彼らに触れさせながら、俺は言葉に『聖霊』を宿す。
「「精神支配」」
『聖霊』の中の一つである「精神支配」は、強制的に服従の意思を植え付ける力だ。
精神支配を受けた者は、どんなに激しい憎悪を抱いていようと主に二度と逆らえなくなるという一種の「呪い」とでも言い換えられる。
そんな「精神支配」の効果が彼らの身体に何の問題もなく浸透していくと思っていたのだが、ここへきてどうやら異常事態発生のようだ。
「まさか、俺の言霊が効果を成さないとはな・・・」
「ギャハハハ! 何だ、ただの脅しかよ!」
「醜態、どうもご馳走様でした!」
「精神支配」を受けた彼らから服従たる忠誠心のようなものを一切感じられなかった。
効果を成さない結論から推測するに、考えられるパターンは一つしかない。
こいつらの中には、すでに主と決めている何者かが存在しているということだ。
今回の暴動の一件で、彼らが悪魔の力を借り受けている事実に基づくと「魔王」が関与している可能性は百パーセントと言っていい。
恐らく、こいつらの中で崇拝している主とやらは「魔王」という見立てで間違いないだろう。
まあ「嘘壊」で真実をありのまま吐かせれば考えるまでもないことなのだが、無駄に暴れられたり逃げ出されたりするとかなり面倒だ。
だからこそ、俺は爆笑の旋風を引き起こしている彼らに向けて『聖霊』に備わる力の一端を再び行使した。
「「行動支配」」
今度の術は「精神支配」よりも更に過激なものになるが、まあそう簡単に死ぬことは恐らくないだろう。
そして地獄の拷問はここから始まったーーーー
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