35 暗闇の先にあるもの
ーー暗い。何も見えない。
目に見えて得られる情報はただそれだけだった。
地下へと続く階段であるため、日差しが差し込むことはまずない。
なにより、この下り階段は「螺旋」のように渦を巻いている設計となっている。
つまり、螺旋階段を支えている柱が邪魔でこの先の光景を見通すことができないのだ。
暗く、そして何も見えない状況を作り出しているのはこの下の階へと続いている螺旋階段のせいだと言っても過言ではないだろう。
目の前の暗闇が晴れることを期待しないで先に進んでいるうちに、俺はあることに気がついた。
ーーおかしいよな・・・もう王城の二、三階ぐらいは降りたはずなんだけど・・・。
螺旋階段を下りていくうちにおかしいと思ったこと、それはーーーーこの地下階段には階層というものが存在していないのだ。
普通なら、全てを連ねる階段の間には各階層が存在しているもの。
その普通がこの螺旋階段の合間には存在していなかった。
「おかしい、明らかに何かがおかしい」
そう口にしながらも俺の足は降りることを決してやめようとしない。
もし、引き返したせいで埋められていた財宝が誰かの手に渡るようなことがあれば、俺は一生後悔に押し潰されるだろうから。
だからこそ、俺の足先は常に螺旋階段の下へと向けられているのだ。
それから下ること十分が経過した頃、螺旋階段の先で何かが光っているのが確認された。
階層にして七、八階と言ったところだろう。
辺りが暗かったおかげですぐに気が付けたのは良いものの、やはり階段を支える柱が邪魔で何が光り輝いているのかは目で確認しようにもすることができない。
どうしても目視で確認したいとなれば、光を直放出する根源が見えるギリギリまで降りていくしかないようだ。
俺は光に導かれるように一歩ずつ正体不明の根源に近づいていく。
眩い光に目を細めながらもゆっくりと少しずつ。
--あと、もう少し・・・。
そして、光が放たれているであろう場所から五段高い段差を降りようと一歩踏み出したその時だった。
地べたの感覚は綺麗さっぱり消え失せ、地獄へと誘うように俺の足を攫おうとしていく。
そう、なぜか階段はここで途切れていたのだ。
「うお!? あっぶね!」
何とか踏み留まることができた俺は目先の光景を見てみたのだが、やはり煌々と照らす純白の光の向こうは何も見えない。
消して目を細めているから見えないのではなく、何か白い垂れ幕で覆われたかのような・・・そんな感じだった。
階段も中途半端なところで途切れていることから、恐らくこの先に何かがあるのだろう。
隠したい物がある時は、攻略難易度を滅茶苦茶にするのは基本中の基本だ。
だが、それにしては難易度がかなり甘い気がする。
こんなもの、飛んでしまえば済んでしまう話なのに。
そう思って「黒翼」を取り出して光の中へ飛び込もうとした次の瞬間、心臓が大きく脈を打つような強い衝撃が全身を襲った。
「な、何なんだ!?」
原因は、言うまでもなくわからない。
「黒翼」はと言うと、体に大きく負担が掛かったせいか「魔力」として再び体内に還元されてしまったようだ。
「一体、何が・・・」
全身を隈なく調べてみるが、特に変わった様子もない。
ただ、何だろう?
どこか懐かしいような・・・殺したくなるぐらい憎いような・・・。
そんな気持ちが胸の中一杯に広がっていた。
遠い昔、それは俺の身近にあった気がする。
遠い昔、それによって俺は殺された気がする。
俺の体がそれを欲している? それとも拒絶している?
わからない、俺はそれをどうしたいんだ?
わからない、だからここは直感で決めるとしよう。
下手に考え込むよりも、直感を信じた方がいいだろう。
そして俺はその場で瞑想した。
一体、俺はそれをどうしたいのか。
その答えを導き出すのに一秒もかからなかった。
「「闇炎剣」!」
闇の炎を集中的に纏った俺の片手でそれを一直線に切り裂いた。
純白の光さえ掻き消せればそれでよかったのだが、どうやらそう現状は甘くないらしい。
「闇炎剣」で振り払ったつもりが、まるで効果を成していないかのように今も尚神々しい光を放ち続けているのだ。
「確か、聖なる力は不浄な魔の力を浄化する効果がある、だったな」
相殺されたように見えたが、向こうは決して何もしていない。
単純な話、俺が放った魔力は聖なる力で自動的に浄化されてしまったということだ。
だが、俺の魔力量は魔人軍の中ではトップクラスの量を誇っている。
無論「洗練された技術」や「長い人生経験」も、他のどの魔人よりも断トツであると断言できる。
そんな俺の魔力が無力化されたとなれば、目の前にある聖力の光は恐らくサリカの「弱点転換」で作り変えられた聖力以上の効力があると言えるだろう。
「いや、その前提は違うな」
もし、この光が俺の魔力量を浄化するほどの効力があるとするなら、俺の身体を滅ぼさないのは明らかにおかしい。
サリカとの戦いの時、聖力の痕跡が確かにこの顔に刻み込まれた。
どんな魔人でも聖力を相殺できるだけの魔力量を保持していないと聖力の痕跡が残るものなのだ。
なのに、どういうことだろうか?
一般常識で考えれば、魔力を保持した俺の身体は聖力の全光束で跡形もなく焼き消されるはずなのに、俺には焼け跡すら残っていなかった。
そう、俺の身が聖なる光で浄化されないたった一つの理由。
ーー『聖霊』だ。
神が大天使に授けた『聖霊』にはどうすることもできない呪いが施されている。
それは「内争が起こらないように『聖霊』同士の侵害はできない」と言ったものだ。
まあ、『聖霊』を使わなければ味方に攻撃できるのだから全く意味はないのだけど。
『聖霊』とは、『魔源力』の聖力バージョンと言った方がわかりやすいだろう。
聖力の源、すなわち『聖霊』が俺の身体を侵食できない理由はそこにある。
簡単に説明するなら、俺が持つ『聖霊』<<統率者>>がこの光の根源である何かしらの『聖霊』を無効化しているというわけだ。
他の魔人が聖なる光を浴びようものなら、「死」は免れない。
それに、『聖霊』が魔界に存在しているということは真実の裏づけだとも考えられる。
魔界へと追いやった神は、封印する際に何かしらの『聖霊』を使ったことになる。
つまり、魔界から脱出する方法はーーーー
「掛けられた『聖霊』をどうにかしない限り、大天使共への復讐は叶わないということか・・・?」
しつこいようだが、『聖霊』同士の侵害はできないようになっている。
もし魔界から脱出する算段を考えるのなら、俺の中に宿る『聖霊』はないものとして練っていくべきだ。
「てか、脱出するのにどんな手段があるんだよ」
すぐにでも脱出をーーーーと言いたいところだが、現状の知る限りでは脱出する方法は見つかっていない。
俺の頭だけではどうも解決できそうになかった。
仕方がない、デバイゴや他の兄姉たちに相談してみるとしよう。
どのみち、デバイゴには『魔導石の地下城』の正確な場所を聞かなければならないから、そのついでに「魔界から脱出する方法」を聞いてしまえばいい。
まあ、大体の返答は予想できるのだが一応念のためだ。
「とりあえず、一旦王城に戻るか・・・」
張り巡らされた『聖霊』の垂れ幕を背に一歩ずつ階段を上っていく。
帰るにしては少しばかり早い気もするが、得られなかった物や得られた情報のことを考慮すれば、やはり仕方がないと言わざるを得ないだろう。
そして、俺は王城へと急遽戻るのだった。




