33 黒コートの秘密
これは彼の厚意に甘えて受け取って良いものなのだろうか?
装備のことをろくに知らないド素人の俺でも、この装備には良い素材ばかり使われていることが良く分かった。
一般人に手が出せるような代物ではないのは確かで、それをタダで貰うのは果たして人としてどうなのだろう。
でも、デバイゴは魔人王即位のお祝いの品だと言っているし、このまま受け取らないのは彼の厚意を踏みにじることになる。
であれば、彼から差し出される黒コートを手に取るしかないわけだが、それでも高価な物をタダで貰うわけにはいかないという意地が俺の行為を全力で阻害していた。
「あの・・・、お気に召さなかったでしょうか? やはりこの程度の代物じゃ受け取って貰えませんよね・・・」
しまった、あまりにも待たせすぎたせいでデバイゴに変な誤解をさせてしまったようだ。
分かりやすく凹むデバイゴに、俺はすかさず誤解を解くように事情を説明する。
「いや、こんなにも高価な代物をお祝いだからと言ってタダで貰うのは少しばかり気が引けるというか・・・」
気が引けてる度合いは全く少しばかりではないが、ここでは「少し」と表現した方が何かと都合がいい。
もし物凄く引いていると誤って表現しようものなら、彼の贈与精神はズタズタのボロボロに引き裂かれてしまうだろう。
そんな悲惨な結末にさせないためにも、俺は精一杯気を遣って「少しだけ」という言葉で表現した。
だが、その心配もどうやら杞憂だったようだ。
デバイゴは慎ましく笑いながら黒コートの詳細を説明してくれる。
「そこまで高価な代物ではないですよ。私が試行錯誤を兼ねて作り出したものなのですから」
「それってつまり・・・」
俺が事の皆まで言う前に彼が口を挟んだ。
「えぇ、世間一般でいうオーダーメイド品になりますよ」
「それって高価なものの分類に入るのでは?」
「オーダーメイド品はそこまで珍しいものでもないですよ。各々装備との相性がありますから。わかりやすく言うなら、装備も塗り薬と同じ感覚ですよ」
装備との相性を塗り薬と同じ感覚で比べるのは何か違う気がするが、言いたいことはわかりやすかった。
要するに各々の個性にあった装備出ないと最大限の効力が得られないということなのだろう。
そして、彼が作ってくれたこのコートこそ俺の相性に合った装備だという。
そうとなれば、貰わない以外の選択肢はない。
「それじゃあ、ありがたく頂戴します」
「はい、今すぐにでも着装してみてください。万が一サイズが合わなかったらいけませんので」
確かに装備のサイズが大きかったり、小さかったりすると動きの敏捷性が落ちてしまう。
サイズチェックは念入りにしないと。
俺は服の上から羽織るように黒コートを装備して、あまりの着心地の良さに驚きを隠せなかった。
「すげぇな・・・。寸分狂うことなくぴったりだ・・・」
「それはよかったです」
初めてプロの仕事を目の当たりにした気がする。
こんな神業を見せられた普通の子供なら「鍛冶職人になりたい!」と言い出すところだ。
俺もやるべきことがなかったら迷わず弟子入りを所望していただろう。
それほどまでにデバイゴが見せた神業っぷりには感銘を受けていた。
「こんなにも良い装備をわざわざありがとうございます!」
「そこまで大したものじゃないのですが、気に入っていただけたのなら私も嬉しい限りです!」
自分専用のオーダー装備を貰って嬉しくない奴がいるものか!
そんなことよりも、この装備は俺と相性が良いというのだから想像以上の能力が隠されているはずだ。
俺はこの装備に隠された力を一早く知りたい一心で彼に尋ねた。
「ところで、この装備は俺と相性がいいということですが、具合的にはどんな機能がついてるんですか?」
「いえ、この装備に機能らしきものは一切ついていません」
「・・・・・・今何て?」
「ですから、何かしらの機能は一切搭載されていませんって」
何も機能が搭載されていないって、今のご時世的にどうなんだろうか?
今の装備には魔力を宿せるようにと鍛冶職の間では様々な試行錯誤が繰り広げられている。
そのおかげで少しの魔力で最大級の火力が出せるようになったといつしかのデバイゴはそう口にしていた。
だが、俺の装備には機能がついていない。
つまり、魔力量が他の奴より多いとは言え、消費量も魔力量に比例するように他の奴よりも多くなるということだ。
魔力の消費量を最小限に抑えたとしても最大火力が出せる他の連中に対して、最大火力を引き出すのに多大な魔力を消費してしまう俺。
長期戦に持ち込まれれば、負ける可能性が高くなるのはすでに分かり切っていること。
なのに、このデバイゴという男は俺に魔力を宿せる装備を作らなかった。
となれば、時代を逆行するような装備を作り出した彼に何か考えがあるとしか思わずにはいられない。
だから俺は、回りくどいことはやめて素直に聞くことにした。
「なぜ俺の装備は何も機能が搭載されていないのでしょう?」
「やはり、疑問を抱いてしまいますよね・・・」
「当たり前です、機能がついていないと魔力の消費量も大きくなってしまう。デバイゴもそれは重々承知のはずですよね? それでも機能なしの装備を選んだ理由とは一体何ですか?」
「ここまで追求されては仕方がありませんね、ですが先に言わせてくださいーーーー」
するとデバイゴは頭を深々と下げて後に言葉を綴った。
「申し訳ございません、完全な私たちの力不足です。力及ばず、申し訳ございませんでした」
「えっと、話がまるで見えてこないのですが・・・」
謝られただけで全てを理解できるほど俺は全知全能の神じゃないし、説明を事細かくしてもらわない限りは納得することができない。
どうせなら気持ちをスッキリさせた状態で使いたいだろ?
俺の意思が伝播したかのように、彼は苦笑いを浮かべながら口にする。
「そうですよね、このままでは納得できませんよね」
「そりゃそうですよ。機能を備え付けない理由をしっかり示してもらわないと」
「分かりました、それでは全てを打ち明けます」
そして彼は頭を下げた意味を俺に示した。
「我々の鍛冶スキルを以てしても、ルシフェオス様の魔力に耐えきれる装備が作れなかったのです・・・」
「えっと、つまり・・・」
「はい、仮に「魔力装備」を身につけたとしても『次世代魔人王決定戦』の時のような力は発揮できなくなってしまいます。もしそれ以上の力が働けば、備わっている魔力耐久値を超えることになってしまい最終的にはーーーー」
「装備していても何の意味もなくなる・・・か」
「その通りでございます」
「強大な力、時には裏目にも出る」ってわけか。
要するに、俺は「魔力装備」を装備することができない『時代に乗り遅れた魔人』ということだ。
なかなか古風が効いてて悪くない響きだと思うが、やはり心のどこかで時代に乗り遅れてることへの多少なりの嫌悪感がある。
まあ、いくら嫌悪感を抱こうと「魔力装備」を身につけられない現実は変わらない。
「それじゃあ俺は「魔力装備」を使うことができないのか・・・」
「私も何とかして歴代の魔人王様方の装備を調べて見たのですが、魔力耐久値がどれもルシフェオス様の魔力には耐えられない代物ばかりで・・・」
「それは素直に喜ぶべきことなのか?」
「本来なら喜ぶべきところですが、装備の話となれば喜べる話ではありませんね」
「ですよねー」
歴代の魔人王の装備を持ち出したのは俺の装備作りの参考にするためだったらしい。
自分の背格好にあった装備があれば少しだけ拝借しようと思っていたのだが、俺の魔力に耐えられないのなら借りるだけ無駄だろう。
結局のところ、自分で魔力の消費量を管理しなければならないというわけだ。
ーーまあ、装備しても無駄になるんだったらしょうがないよな・・・。
俺が諦めかけたその時、デバイゴは何かを思い出したように声を上げた。
「どうしたんですか? いきなり声を上げて」
すると彼は、まるで自分のことのように嬉しそうな表情で俺に向けて告げてくる。
「もしかしたら、ルシフェオス様の魔力をセーブできるかもしれません!」
「えっと、具体的にはどのような方法でセーブするんですか?」
「簡単な話ですよ、装備がダメなら武器でセーブすれば良いのです!」
ちょっと意味がわからないな。
さっきまで鍛治職が作る装備の魔力耐久値では俺の魔力に耐えられないと話したばかりなのに。
そんなことを思っていたのが顔に出てしまっていたのだろう。
彼は俺に理解できるようにきちんと説明してくれた。
「鍛治職の武器は高度な精錬技術。つまり、鉱石から作られる「魔吸武器」なら少しは魔力の消費量を軽減できるかもしれません! 装備のほとんどは魔物の皮などで作られているため、技術力は乏しいと言わざるを得ない状況ですが、得意分野である「魔吸武器」ならーーーー」
「軽減できるかもしれないと」
割り込むように口を挟んだ俺に続くように、デバイゴはさらに言葉を重ねる。
「ですが、「魔力装備」ほどの消費量の軽減は期待しないでください。装備は全身を覆っているから魔力を体内で循環させる量を大幅に削減することができますが、武器そのものは個体よりも遥かに小さいため、装備のせいぜい十分の一ぐらいしか軽減できないと思います」
「十分の一軽減」ってそこまで大したことのない数値に聞こえるが、普通使う時よりも削減できているのだから明らかに「魔吸武器」を持っていた方がいい。
そうと決まれば早速行動開始だ。
「その素材とかはどこで手に入るんですか?」
「そうですね〜、良い素材が手に入るのは・・・」
悩みに悩んだ末、彼が示した場所はーーーー
「この王城から南西約三十キロメートル地点にある『魔導石の地下城』がいいかと思われます」
「『魔導石の地下城』か・・・」
「はい、私が一ヶ月ほど前に訪れた時には魔物もほとんどおらず、かなり高値で売れる鉱石ばかり採掘できました」
「それはいいですね!」
「まあ、私の体力的には地下九層までが限界でしたけど、ルシフェオス様なら十層まで行けるかもしれませんね!」
「十層・・・」
デバイゴの知らない未知の領域。
十層には一体どのようなお宝が眠っているのだろうか。
想像するだけでもヨダレが溢れてくる。
「早いに越したことはありませんから、早速向かわれてはいかがでしょう?」
「あぁ、熱が冷めないうちに早く行くことにするよ」
「えぇ、ルシフェオス様がどんな鉱石を持って帰ってくるのか楽しみに待っております。どうかお気をつけて」
俺は突風のようにデバイゴの部屋を飛び出し、王城の南西に位置する『魔導石の地下城』へと急いで向かう。
そして、この日の自分の行動を一生後悔し続けることになろうとは、この時の俺は微塵も思わなかったーーーー




