32 お祝いの品
それから撫で続けること二分が経過した頃、二人だけの世界を見るに耐えきれなくなったデバイゴから「人前でいちゃつくのは控えるべきだ」という提案が持ち掛けられた。
正直なところ、彼の言うことには一理ある。
俺だって誰かにこんなところを見られるのは恥ずかしいし、いちゃつくなら二人だけの時にしたい。
だが、恐らくそんな俺の願望が叶うことはないだろう。
なぜなら、彼女自身が周りの視線を気にもしていないからだ。
今だって実の父親の目の前だというのにも関わらず、彼女は全力で甘えに来ている。
それが証拠じゃないというのなら何を証拠として提示できるか。
「そんなことよりも、一体どうしてこんなことになったんでしょう? デバイゴもこの部屋の惨状を知っていたはずですよね?」
「えっと・・・それは・・・」
口籠るところが余計に怪しい。
うまく揺さぶって事の真実を洗いざらい吐いてもらおう。
俺が新しい魔人王になったからと言って、前魔人王の部屋を跡形もなくリフォームするのは絶対に間違ってる。
強い信念を胸に、俺は彼への追及を止めない。
「どういうことでしょうか?」
「ルシフェオス様、怒っていらっしゃいますか・・・?」
「いや、怒ってはないですけど」
「だったら別に良いじゃありませんか! ディアルナの喜ぶ顔を見る代償に、部屋はリフォームされてしまった。そう、これは致し方がないことなのですよ!」
謝罪するどころか自分たちは悪くないと主張し始めるデバイゴ。
しょうがない、ここらで一度アレを試してみるとしよう。
戦いの最中に試すのはあまりにもリスキーなため、試用できる機会なんて然う然うないだろうから。
そして俺がデバイゴの手を静かに握ると、彼はなぜか居心地が悪いようにモジモジしだした。
はっきり言って気持ち悪い。
「ちょっと、待ってください。お気持ちは大変嬉しいですけど、ルシフェオス様と手を繋ぐなど百年早いというか何と言いますか・・・。べ、別に嫌じゃないんですよ? ただ、私なんかがルシフェオス様と手を繋いでいいのかなと・・・」
そんな彼の言葉を無視して、俺は『聖霊』<<統率者>>を使用してみた。
本来の使い方を簡単に説明すると、「光明の一筋となるように世界最強の力を得る」と言ったものになるのだが、使い方は他にも存在する。
『聖霊』<<統率者>>とは、云わばその者が世界全体を支配するためにサポートする力のこと。
つまり、世界を支配するための力なら何でも備わっているということなのだ。
具体的には「強制服従」などの隷属させる力がほとんどだが、その中でも信頼を削がずに済む力と言えば恐らくこれぐらいだろう。
ーー「嘘壊」
端的に言うと、嘘が付けなくなる力。
もし、俺に『聖霊』<<統率者>>が宿っているとしたら「嘘壊」で彼は俺に嘘を付けなくなるはずだ。
逃げられないようにデバイゴの手をぎゅっと握りしめながら、俺はゆっくりと口を開いた。
「デバイゴ、もう一度聞きますよ? どうして前魔人王の部屋を勝手にリフォームしたのですか?」
「だから、ディアルナの喜ぶ顔を代償にリフォームされたのだとーーーー」
そう言いかけた途端、彼は全身の力が抜かれたように膝から崩れ落ちていった。
どうやら、俺に『聖霊』<<統率者>>が宿っているかもしれないという仮説は正しかったようだ。
詳しく説明すると、「嘘壊」は嘘をついた者の力を全て無抵抗化し、己に秘めた欲望や感情をセーブしている壁を問答無用で壊すという。
要するに、セーブしていた壁を破壊された彼がこの後口にするのは心の底で秘めていた本心である。
「実はこの部屋には歴代の魔人王様たちが使用していた武器や装備がございましてそれを解析したくディアルナに頼んだところ部屋にルシフェオス様の写真を貼るのを手伝ってくれれば持っていっていいよと言われたものでルシフェオス様の妃になったディアルナがいいと言ったからいいものだと思って、でもルシフェオス様に知られれば逆鱗に触れるかもしれないと思いまして黙っていました、どうもすみませんでした!」
めっちゃ流暢に喋るやんと思ったのはまさかの俺だけ?
しかも、ディアルナは母さんと一緒に飾り付けしたって言っていたような気がするが、実の父親はいなかった存在にでもなっているのだろうか?
まあそんなことはどうでも良く、この部屋に歴代の魔人王が使っていた武器や装備が置いてあったと口にしていた。
それは是非とも拝見してみたいものだ。
「その武器や装備は今どこにあるんですか?」
「私にも王城の中の一部屋を分けてもらいまして、そこに置いてあります」
「そうですか、ならそこは案内してもらえないでしょうか? 俺も一度拝見したいので」
「え!?」
俺は彼が腹から声を出させるようなことを言っただろうか?
純粋に見てみたいからそう頼んだだけなのだが。
「見せてくれないとかそういうことでしょうか?」
「い、いえ! いくらでも見せますとも。 ただ、勝手に持ち出したことへの罰はきちんと償おうと思っていたものですから・・・」
「デバイゴは罰が受けたいのでしょうか?」
「い、いえいえ! 出来るなら罰は受けたくありません!」
最初からそのぐらい馬鹿正直だったらよかったのに。
でも、彼がなかなか言い出さなかったおかげで『聖霊』<<統率者>>を宿していることを確認することができた。
俺が彼を許す理由は、それだけで十分すぎるのだ。
「それじゃあ、ディアルナも一緒に見にーーーー」
俺は視線を彼女に映したところで大事な事をこの瞬間に思い出した。
俺の片手はデバイゴ、だったらもう片方の手は?
そのもう片方の手がなんと彼女の頭の上に乗っかったままだったのだ。
急いで彼女の頭から手を引いたのだが、手遅れなのは周知の事実。
『聖霊』の力を使うと全身に効力が生じてしまう。
つまり、俺の手に触れているディアルナもデバイゴと同様「嘘壊」の効力を受けてしまっているはずーーーーなのだが、彼女は平然とした顔でこちらを見ていた。
「嘘壊」の効力が生じていない理由は一つしか考えられない。
彼女は嘘を付いていないということだ。
それはつまり、彼女が頭を撫でて欲しいと頼んできたのは裏表のない純粋無垢な気持ちだったわけで、
「あれ? なんで顔を赤くしてるの?」
「え、嘘・・・」
ディアルナに言われるまで気が付かなかった。
素直に甘えてくる彼女が可愛く思ってしまったのだろうか?
彼女の仕草の前ではチョロい男に成り果ててしまうと自覚せざるを得ないな。
とりあえず、この心情を彼女だけに悟られぬようにしなくてはならない。
もし知られでもしたら、からかわれる運命が待っているだけだ。
「それで、私と何を一緒に見に行くの?」
「あ、あぁ、これからディアルナのお父さんが持っていった武器や装備を見に行くんだけど一緒にどうかなと思ってさ」
「えー、パパの部屋かー。うーん、どうしようかなー」
「なるべく早く答えて欲しいんだけど・・・」
俺の後ろで君のお父さんは、今にも泣き出しそうなほどに悲しそうな表情をしているんだぞ?
ディアルナのお父さん的には、即答で「いく!」と言って欲しいところなのだろう。
十歳の子供が親心を熟知しているというのはあまりにも生意気な発言のような気もするが、俺がデバイゴの立場ならきっとそんなことを考えてしまう。
そして彼女は、ようやく答えが出せたようだ。
「私はパスでいいかなー。ルシフェオスのお母様に色々と教えてもらいたいことがあるし」
「そんなに教えてもらうことあるのか?」
「そりゃあるよ! ルシフェオスの好きな料理もそうだし、お掃除とお洗濯に、あとはルシフェオスのパンツの場所も聞かないといけないしね!」
「左様ですか、それじゃあ頑張ってくださいねー」
何か変なことを口走っていた気がするが、俺の反応を楽しむために仕掛けたジョークなのだろう。
案の定、彼女は頬を一杯に膨らませながら俺のことを睨みつけていた。
睨みつけられる覚えは全くないが、彼女のご機嫌を戻すためにも俺は彼女に向けて思いを口に出す。
「正直、ディアルナの作ってくれたオムライスが今までの中で一番おいしかったんだけど、他の料理も食べてみたいからさ。あとは色々やることがあって大変だろうけど・・・、その、頑張ってな?」
「ルシフェオス・・・」
睨みつけることを止めた彼女の瞳はキラキラと輝きを放っている。
怒りを無事に鎮火できたようだが、あまりにもチョロ過ぎてつい口からポロッとこぼれそうになってしまう。
「ふふ、ルシフェオスがあまりにも意地悪するからパンツを全部引き裂いてやろうかと思ったよ!」
「それだけは絶対にやめてくれ。それじゃあ俺はデバイゴ部屋に行ってくるから」
「分かった! 行ってらっしゃい~」
彼女に見送られながら『魔人王の玉座』から退室した俺とデバイゴは、財宝の数々が眠るとされる彼の部屋へと向かって行き、それから五分が経過しただろうか。
俺はついに彼の部屋の前へとたどり着いた。
部屋の前に着くなり、彼はドアノブをゆっくりと引きながら俺に告げる。
「それでは、どうぞ中の方へ」
「そ、それじゃあ、失礼します・・・」
そう口にしながら部屋に入ると、そこには数々の武器と装備が綺麗に並べられた彼のコレクションが部屋に満遍なく広がっていた。
明らかに『アカツキのホシ』でも売っていた武器や装備も一緒になって取り揃えられている。
この男はここで商売をするつもりなのか?
自分の店で作り出した一品を置いているのだから、そう思われても仕方がないだろう。
第一にこんなところで商売したところで、買い手は王城の中に入れる奴に限ってくる。
まさか、歴代の魔人王の武器や装備を見せる代わりに、誰でも入城できるようにしてくれとか言い出さないよな?
俺がそんなことを考えている間にも、彼は何かを探しているようだった。
「えっと、確かこの辺に・・・あ、あった!」
そう言って彼が取り出したのは一着の装備。
紫紺のラインが際立っている背丈ほどの黒コートだ。
しかも、首回りにはファーのようなオプションまでついている。
見たところ、かなり高価な装備で間違いないだろう。
「その装備は歴代の魔人王が使っていた装備ですか?」
「いえ、このコートには今はまだそのような価値はございません」
「今はまだ?」
だとしたら、いつ価値がつくというのか。
すると彼は、その黒コートを俺に差し出しながら『答え』となる言葉を添えた。
「これはルシフェオス様が魔人王に即位されたお祝いの品です。どうかお受け取り下さい」




