30 魔人王になった日
気が付くと俺は見知ったベッドの上に横たわっていた。
身体にジャストフィットするフカフカの敷布団に熱がこもったモフモフの掛け布団。
天井には見覚えのある「シャンデリア」が光を落としているものの、カーテンの隙間から覗く太陽光に照らされて輝きを失うことなく自家発光し続けている。
見間違えることなく、どうやら俺は自室のベッドの上で寝ているようだ。
ーーでも、一体何で・・・。
確か俺は『次世代魔人王決定戦』で兄姉たちと戦い、そして最後にサリカと戦う予定ーーーーだったはずなのに、何でこんなところで呑気に寝ているのだろうか? 早く闘技場に戻らなくては。
布団から飛び上がって抜けようとしたところ、急いでいたあまり俺は何やら固いものを蹴飛ばしてしまったようだ。
ぬいぐるみ? そもそも俺の部屋には存在しない。
石? 固さと言う概念においては一致するが、やはり俺の部屋には存在しない。
ベッドから抜けようとした以上、棚を蹴飛ばしたわけでもないし・・・。
正直、何を蹴ったのかも予想がつかない。
そして足先にある謎の固い物体を確認しようと覗き込んだところ、それは急に姿を現した。
金髪美少女? 美人なお姉さん? それとも可愛らしい瑠璃色の髪を揺らした美少女?
個人的には一番最後の選択肢がよろしいのだが、残念なことに現れたのはどの選択肢でもなかった。
茶髪の髪を生やした目つきの悪い小心者がトレンドマークの男。
そう、チキンで最低な第九王子ことアスモレオンだった。
「痛ってぇな! 人の頭を蹴るとは何様だ!?」
「兄上、どうしてここにいるんですか? この部屋には盗んで得するような高価なものはありませんよ?」
「君は先に謝らないのかね!? 人の頭を蹴ってごめんなさいの一言もないのかね!? それになんで俺が盗みを働くと思ってるんだ!? お前は俺を何だと思ってるんだ!」
「そんなことよりも、早く決定戦に戻らないと」
「人の話聞いてます!? 俺のことなんかどうでも良いんすか!?」
どうでも良いか良くないかと聞かれれば超がつくほどどうでもいい。
それよりも早く決定戦に戻らないとリタイア扱いで負けたことになってしまう。
そんな不祥事が起これば、戦いを残されたサリカが魔人王の座に就くことになる。
ダメだ、あと一戦残すだけだったのにここまで来て魔人王の座を諦めることは決してできない。
騒ぎ立てるアスモレオンを取り残して部屋を出ようとすると、今度は第四王子であるセモンが入室してきた。
「兄上、その格好は・・・?」
俺はセモンの格好に驚きを隠せなかった。
戦闘向きではないラフな格好。誰がどう見たって室内用の私服だ。
ーーまさか、俺が寝ている間に終わってしまったのか?
絶望のどん底に叩き落されかけている俺の目の前ですぐさま異変が起こった。
セモンが地に膝を立てていきなり忠誠を示し始めたのだ。
「えっと、一体何の真似ですか?」
すると、セモンはいつもの口ぶりで話し始めた。
「ご回復・・・、心よりお慶び申し上げます・・・魔人王様・・・」
「えっと、これは何かの冗談だったり・・・?」
状況が一切呑み込めない。
俺が魔人王? サリカとの戦いが残っていたのに何がどうなってんだ?
状況をややこしくするセモンに続いて入室してきたのは、水色の髪を垂らした美人なお姉さんだった。
また、お姉さんもセモンと同様に不可解なことを口にする。
「セモンの態度通りでございますよ、ルシフェオス様が次世代の魔人王になられたのです。年下に敬語を使い慣れるのには時間がかなり掛かりそうですが」
クスクスと鼻を鳴らす彼女を咎めるようにセモンが続いて口を開く。
「年下とか年上とか関係ないだろう・・・強き者が頂点で君臨する・・・敬語を使うのは当然だ・・・」
「確かにそうかもしれないね・・・。先ほどの不遜な発言をどうかお許しください」
「いや、許すも何も姉上は俺との戦いが残っているでしょう? それが終わるまでは魔人王を名乗りませんよ」
「いえ、戦いはすでに終わっていて、決定戦からすでに五日が経過しています。随分と長く眠りにつかれていたようで」
「え、五日?」
何だか俺だけ状況を理解できていなかった。
とりあえず、この状況を整理する必要がありそうだ。
「えっと、つまり姉上との戦いは・・・」
「はい、私がリタイアしたことであなた様が魔人王となったのです」
「なんでリタイアなんか・・・魔人王なりたかったんですよね?」
「はい、ですがガイオスとの戦いを見せられては私に勝てる可能性はありません。ですから潔くリタイアしました」
「そんなあっさりと・・・」
そんな簡単に諦めがつくものなのか?
でも、彼女自身がそれで納得しているのなら別に構わないが。
「魔人王様・・・我々に敬語は不要です・・・。強き者は常に威厳を保ち続けなければなりません・・・。でないとそこの不出来な小僧のように舐められてしまいます」
そう言ってガイオスが指さしたのは、頭を俺に蹴り飛ばされたアスモレオンだった。
「敬う気持ちすら抜け落ちている輩には・・・それ相応の罰が必要です・・・。どうか厳罰の処置を」
「兄上、それはあんまりですよ! 確かにルシフェオスには失礼なことをしてしまったと思いますけど・・・」
「あ、魔人王様の名前を呼び捨て。これは迷う余地なく死刑ですね」
「ちょっと待ってください!? あなた達に弟を愛してやまぬ気持ちはないのですか!?」
「「ない」」
「魔人王様・・・どうか愚かな彼に裁きを」
「うーん・・・」
厳罰って具体的にどこまでが厳罰なんだ?
いくら何でも死刑はやり過ぎだろうし、仮にアスモレオンの言動を許したら彼らは怒り狂うことだろう。
それに、戦力となる人材は大切に育てないといけない。
大天使復讐には、それなりの戦力が必要となるからだ。
だとしたら、彼に下す厳罰はこれ以外ありえない。
「アスモレオンはこれからセモンとサリカにみっちり鍛えてもらえ。それが厳罰ということで」
「き、鍛えるって何をですか・・・?」
「貴様は馬鹿か・・・? 戦闘訓練に決まっているだろう・・・」
「まあ、私たちは魔源力が使えるから良い特訓になるだろうね」
「そ、そんなの・・・・・・ぜっっっっっったいに嫌だぁぁぁー!」
叫びながら部屋を飛び出していったアスモレオンを追いかけるべく、ガイオスとサリカは俺に断りを入れてから退出していく。
あんなに賑やかだったこの部屋は十秒も経たずに静まり返っていた。
ーー俺が五日も寝ている間に魔人王になっていたとは・・・。
五日間眠り続けていたことにも驚きを隠せないが、それよりも眠っている間に魔人王になっていたことの方が衝撃的過ぎて前者の内容がどうしても霞んでしまう。
そうだとしても、どうして俺は五日間も眠りについていたのだろうか?
『聖霊』<<統率者>>の力がまだ体にうまく馴染めていないせいか?
それとも、魔力使用量の限界を超えてしまったせいか?
まあ、恐らくは両方だろうな。
短絡的にまとめてしまったが、深く考えたところできっと何も解決しないから別に構わないだろう。
要するに、体の成長が秘められた膨大な力を受け止めきれていないだけのこと。
つまり、俺がどう足掻いてもどうしようもないということだ。
ーーきっと時間が解決してくれるよな・・・。
そう願いながら部屋を抜けると、顔見知りの男と扉の前でばったり出くわした。
今日は俺の部屋を訪れる客が多いな。
それもそうか、五日前から魔人王になったのだから。
「これはルシフェオス様、ようやくお目覚めになられたのですね。お加減の方はいかがでしょうか?」
「ディアルナのお父さん。ええ、この通り問題ないですよ」
「左様でございますか、それと私に敬語は不要です。娘と同じように接してもらって構いません」
「すぐにはちょっと厳しいですね・・・。ですが、気に留めておくことにします。ところでなぜお父さんが城内にいるのですか? 何か用事でも?」
「あ、そうでした。それではさっそく本題に移らせていただきますね」
「その前に俺の部屋へ上がってください。ここで立ち話していても仕方ないですし・・・」
「お気持ちは大変嬉しいのですが、すぐに片付くお話ですのでここで済ませたいと思います」
そしてディアルナのお父さんは、俺が五日間眠っている間に起こった進展を話してくれた。
「これから魔人王様の装備一式は、この私ーーデバイゴが担当することとなりましたので、そのご報告をしに参りました。今後ともよろしくお願いします」




