28 最終戦
「おいおい、当たり前のことを言っただけで腕を切り落とすとか今までどういう教育を受けてきたんだ?」
そう言いながら切り落とされた片腕を再生させるガイオス。
完治速度から察するに、彼の体内を循環している魔力はかなりのスピードで駆け巡っているのだろう。
循環させるスピードを上げるということは、それだけ魔力を多く消費するということ。
魔力の回転速度を上げるのにも、不便なことに魔力を消費してしまうのだ。
それなのに、なぜわざわざ魔力の消費を倍増する真似をしたのか。
俺にはそれがわからなかった。
「ルシフェオス、いいの・・・、元々勝ち目はなかったから・・・私、降参するよ」
「ダメだ、ガイオスの言いなりになってるみたいで釈然としない。しっかり白黒つけるまで戦いは終わらせない」
ガイオスの言葉がきっかけで降参しようとしている気しかしなかった。
というのも、ずる賢い手を使ってきた彼女が魔人王の座を簡単に譲り渡すはずがない。
彼女が口にした言葉の数々や行動には裏表が一切なかった。
魔人王になりたいーーーーその思いは他の兄姉の誰よりも強かった。
そんな彼女が降参する? どう考えてもこいつのせいだろうが。
俺は愉快な様子の部外者に面と向かって言ってやった。
「ということだ。部外者は早急にこっから消え失せろ」
「随分と冷たいことをいうじゃねぇか、でもそいつの負けは確定している。これ以上やっても時間の無駄だろうが」
「負けが確定? それはどこのどいつが決めたんだ?」
「そんなの俺に決まってんじゃねぇか」
「神の人でもない雑魚がおこがましい!」
俺は片手に作り出していた魔力の剣を、ガイオスに向けて勢いよく振り抜く。
勢い余ったせいで辺り一帯に砂埃が舞ってしまい、彼の生存が目視で確認できない。
母さんにしてきた罪を償ってもらうためにもこのまま死んでくれないかなと淡い期待を一度は浮かべたものの、やはり魔人族最強がこの程度で死ぬとは思えなかった。
そして案の定、ガイオスは傷跡一つ残すことなく砂埃の中からその姿を現した。
「カハー! 全く良い攻撃だな! 最近の連中は手ごたえがないから張り合いがあって嬉しいぜ!」
「雑魚の分際で、よくもまあ横柄な態度が取れるよな? 俺なら恥ずかしすぎて死を選びかねないがな」
「お前は自分が強いと勘違いしているようだが、これだけははっきり言ってやろう」
すると彼は俺との身長差を無くすように顔を近づけてくる。
「お前が強いんじゃない、他の連中が弱いだけだ。ちょっと強いからって図に乗ってると・・・・・死ぬかもな!」
ガイオスは何の前触れもなく拳を振り落としてきた。
拳に魔力を宿していないのは、俺の魔源力で無効化されると分かっているからなのだろう。
だが、こいつも馬鹿だ。
こんな至近距離でわざわざ隙を作るなど、最強の魔人が聞いて呆れる。
俺は彼の攻撃をヒラリと躱し、魔力の剣で喉元を容赦なく切り裂いた。
「俺たちが黙って言うこと聞いてるからってあまり図に乗るなよ? 今この瞬間にお前を殺したっていいんだからな?」
「おいおい、物騒なことをいうじゃねぇか。でも、本気の殺し合いをしないと戦ってる感じしないよな」
喉元を魔力で完治させたガイオスは、両手に拳を作って構え始める。
さっきの攻撃もそうだが、彼は「魔吸武器」を使わないスタンスなのか? それともただ俺のことを舐めているだけなのか。
どちらかと言えば、後者の方が妥当な答えだと言える。
セモンの時もそうだが、強者ゆえの傲慢たる態度。
要するに、自分の力に自信があるのだろう。
「殺し合う? 本当に良いのか?」
「俺はそれでも構わないぜ? まあ、弟に手加減してやらんでもないがお前はどうして欲しい?」
「そんな必要はない」
俺は体現される魔力濃度を更に濃くして彼の喉元に魔力剣を突きつけた。
「生憎、貴様を兄と慕った覚えは生まれてこの方一度もない。今までか弱い弟を演じていたのは身分の差があったからだ。だが、今はそんなもの関係ない」
俺がこの瞬間をどれだけ待ちわびたことか。
か弱い弟を演じて本来の自分を殺し、今か今かとチャンスを窺った日々を今になって鮮明に思い出される。
だが、もう何も我慢する必要はない。
なぜなら、生まれてからの野望をついに叶えることができるからだ。
そして俺は積年の恨みを晴らすように彼に告げた。
「俺が魔人王になって貴様のババァをこき使い、俺と母さんが送ってきた地獄の日々を同じように味合わせてやるよ! お前のババァは簡単に死ねると思うなよ?」
「つまり、俺は簡単に殺せると?」
「当然だ、虫けら同然の貴様を殺すのに手間はかからん」
「ハ、上等だ! お袋に何をされたかは知らねぇが俺もお前を殺す気で行く!」
魔力剣の剣先を素手で掴んで逸らそうとするガイオスの隙を見計い、俺は後ろで膝をついているサリカに即刻伝える。
「お前との勝負はこいつを殺してからだ。それまで他の兄姉のところで待機していろ」
「いや、でも・・・」
「早くしないと巻き込まれるぞ!」
最強の魔人と称される彼の攻撃は未知数だ。
どんな攻撃を仕掛けてくるかもわからない以上、彼女を巻き込んでしまう可能性だって十分に考えられる。
だからこそ、彼女はこのフィールドに居てもらっては困る。
決着をつけるまで、彼女に死んでもらうわけにはいかないから。
「わ、わかった!」
すると彼女はそそくさと他の兄姉の元へ駆けていく。
「美しき弟妹愛だな~? 俺にも少し分けてくれよ!」
魔力剣の剣先を逸らすことに成功したガイオスが俺との間合いを迅速に詰めてくる。
このままでは攻撃をストレートに食らうと思い、彼と距離を取ろうとして後ろに後退したその瞬間に、彼は凄まじいスピードで殴りかかってきた。
「「魔壊拳」!」
禍々しい魔気を漂わせた彼の拳が俺の顔面へと直撃ーーーーするかと思いきや向けられた先はもっと別の所だった。
彼が狙いをつけたのは俺の弱点だと思わしき場所。
正確に表現するなら、「身体的弱点」ではなく「精神的弱点」だと言うべきだろう。
そう、彼が狙ったのはーーーー鋼の剣だ。
でも、ディアルナのお父さんから頂いた魔剣には俺の魔力が限界まで込められており、魔源力が備わっている以上、魔力攻撃されて破壊される心配はないだろう、そう思っていた。
だが、俺は根本的なことを見事に勘違いしていた。
攻撃が無効化される? そんな馬鹿な話があるか。
俺が無効化していたのは魔力であって物理攻撃ではない。
今まで無効化できていたのは全て魔力や魔源力だけのシンプルな物理攻撃だったからだ。
セモンやシヴィリアーナたちからダメージを食らわなかったせいで俺は根本的なことをすっかり忘れていた。
そして、それら全てに気がついた時にはすでに遅く、取り返しのつかない代物と変わり果ててしまった。
飛び散る鉄片がキラキラと太陽光に反射しながら俺の視界の先で輝きを放っている。
ーーああ・・・そうか、魔剣を壊されたのか。
命の危険に脅かされた際には壊してもいいとディアルナの父親から言われていた。
だから、これでよかったんだ。
俺の身は、鋼の剣のおかげで守られたのだから十分責務を果たしたと言えるだろう?
それに鋼の剣があったからこそ、敵の矛先が剣に向いているうちにその隙を突くことができる。
そう、これでよかったんだーーーーなのに、俺の心はちっとも晴れた気がしない。
何でだ? 元々自分の身を守るために譲ってもらった代物なのに。
なんで、こんなにもイライラするのだろう?
早く気付かなかったことへの自分に対する怒りか?
それとも剣をへし折ってくれた奴への怒りか?
分からない、俺には分からない。
ただ一つだけ分かっているのはーーーー
どうしようもなく怒り狂っている、ただそれだけだ。
「ハハハ! その顔だよその顔! 大切なものを壊される気分はどうよ!?」
剣を壊されて立ち尽くしている俺に情けを掛けてくれる声はどこにもなかった。
それもそうだ、この剣がどれほど大事なものだったのかが誰かに分かるはずがない。
ディアルナやお母さんですら分からないことを他の誰かに共有したりするのは無理な話だ。
目の前で大変愉快な様子で笑っている彼なら尚更分かるはずもない。
「お前・・・」
「カハハ! そんな深刻そうな顔してどうした? 先に言っておくが今更降参したって認めねぇからな? 自分の愚かさをその心を以て後悔するといいさ」
「降参・・・? 愚かさ・・・? 後悔・・・? ハ、戯言なら顔だけにしとけよ。お前みたいなカスに頭を下げるくらいなら死んだ方がマシだ」
人の不幸を嘲笑っている奴に生きる価値はない。
こんな奴がいるから住みづらい世の中になってしまうのだ。
それにしたって親子揃って性悪とか最高過ぎか。
これで心置きなくこいつを潰すことができるってもんだ。
魔界の癌は早急に切除した方が今後のためになるだろう。
「俺がカス? だったらどっちがカスかこの場できっちり決めようじゃねぇか」
「上等だ」
カスの意味を履き違えているようだが、まあいい。
それから間も無くして、ガイオスの体に異変が生じ始めた。
彼から発せられる魔力量が極端に増加し始めたのだ。
ーーこれがこいつの魔源力なのか?
彼に体現される魔力量は天へと昇り詰める勢いで上昇していき、ようやく魔力の変動が止まった時には彼の魔力量は俺と同等になっていた。
どうやら、これこそが魔人族最強と謳われるガイオスの本当の姿のようだ。
悍しい魔力を全身に漂わせる彼はニッコリと笑いながら地面を指差す。
「お前はたった今、勝機を失った。喜んで地獄に落ちるがいい」
彼曰く、どうやら俺はこの瞬間に勝機を失ったらしい。




