13 お礼の品
西の山脈から立ち去り、城下町に無事辿り着いた俺たちはディアルナの家へと真っ直ぐ向かっていた。
というのも、西の山脈で怪奇現象を目の当たりにした彼女がどうしても家に帰りたいと今にも泣き出しそうな顔で懇願してきたからである。
怪奇現象の実態を知る由もないまま下山してきてしまったわけだが、彼女が俺に引っ付いたままでは調べようにも調べることはできないし、それに何より思う存分「魔力コントロール」の練習ができないのだ。
圧倒的に練習量の足りない俺は、兄弟たちの誰よりも練習しなければならない。
そのためにも、未だ腕に引っ付いている彼女を家まで送り届けなければならなかった。
にしても、人通りの多い城下町でも引っ付く必要はないと思うのだが、彼女の怯えるような顔を見てしまっては「離れてくれ」と言おうにも言えなくなってしまう。
互いが終始無言を貫き通して歩き続けること五分が経過した頃、俺たちはようやく彼女の家に到着した。
これで俺の役目も終わりというわけだ。
謎の怪奇現象から一人の少女を無事に守り切った王子が先に話を切り出す。
「ディアルナ、家に着いたよ」
「・・・嫌だ」
「え・・・?」
彼女は今何て言った?
俯いているせいで彼女の声が上手く聞き取れなかっただけなのかもしれない。
「今、何て言ったんだ?」
「一人になるのは嫌だ・・・。だからーーー」
涙目にしながら頬を紅潮させ、彼女は俺に向けて願う。
「私が落ち着くまで一緒に居てよ・・・」
「落ち着くまでって、こんなこと聞いても仕方がないんだけど、それっていつ治るんだ?」
「・・・・・・」
立ち直れる時間が最初から分かってたら、俺にお願いなんかしてこない。
いつ拭い去れるか分からない恐怖があるからこそ、彼女は俺にお願いをしてきているだけなのだ。
そんなことは言わずとも分かっている。
出来ることなら力になってあげたいのだが、俺にだって予定はある。
「魔力コントロール」に磨きをかけ、明日の『次世代魔人王決定戦』までにコンデションを良好まで仕上げなくてはならない。
正直なところ、彼女に構っていられるほどの時間は残されていないのだ。
ディアルナが落ち着くまで付きっ切りになるか、ディアルナを見捨てて練習に向かうか。
当然、練習の方が彼女より優勢だーーーーと思っていたのだが、俺は一体何をしているのやら。
気が付けば、彼女の手を引いて家の中へとお邪魔していた。
「ルシフェオス・・・?」
か細く、そして弱々しく俺の名前を呼ぶディアルナ。
そんな弱り果てている彼女に掛ける言葉と言ったらこのぐらいしかないだろう。
俺は彼女に背を向けながら思いのまま告げた。
「正直「魔力コントロール」の練習したかったけど・・・、このままディアルナを放っておいて練習に行くのは何か気が引けたんだ・・・。だから・・・、いつ治るのかとか無神経なこと言ってごめん」
いつ治るか分からないことを無神経に聞いた俺を、彼女は許してくれるだろうか。
彼女の気持ちを理解しないで無神経なことを口にしたんだ。
嫌われても仕方がない。仕方がないのだがーーーー
ーー嫌われるのは・・・嫌だな・・・。
そんなことを思いながら彼女が綴る言葉を待っているのだが、一向に返答がない。
彼女の顔色を窺うように恐る恐る振り返ってみると、そこには涙をポロポロと流す彼女の姿が。
「ディアルナ!? どうしたんだ、大丈夫か?」
俺の呼びかけに我に返ったのか、涙を流す彼女はか弱い声で言葉を綴った。
「ご、ごめんねぇ・・・、本当に・・・ごめん・・・」
「なんでディアルナが謝るんだよ・・・。ディアルナは何も悪いことしてないだろう?」
「ううん・・・、私ルシフェオスの邪魔になってる・・・。本当は一緒に居てってお願いわがままだって分かってる・・・。それなのに・・・それなのに体が・・・言うことを聞いてくれないの・・・」
目に見えて分かるほど体をブルブルと震わせるディアルナに、俺ができることと言えばこのぐらいだ。
俺は彼女の髪を優しく撫でながら言葉を放った。
「ディアルナが落ち着くまでそばにいるから。迷惑だとかわがままだとかディアルナが考えることないよ? だって、俺がディアルナを選んだんだから」
「ルシフェオスゥ・・・」
突如変わった口調だけでもすでに分かるのだが、彼女の表情を見ればすぐに分かる。
頬を一層紅潮させ、じんわりと下瞼に涙を溜め込んでいるのだ。
そして案の定、彼女は声を上げて泣き出した。
しかし、予想外だったのは泣きながら彼女が抱きついてきたことだろう。
こんなところ、ディアルナの父親に見られたら王子とはいえ間違いなく殺されるな。
だから俺はディアルナに離れるようにとお願いしようとしたのだが、全てが手遅れだった。
「お前たち・・・こんなところで何をしてる・・・?」
「お、お父様・・・?」
「まだルシフェオス様の父親になった覚えはないのですが? それより・・・娘を泣かせたのですか?」
「いや・・・、これには深い事情があって・・・」
「ほう? その深い事情とやらを聞いてみましょうか?」
口角は上がっているのだが、目元が笑っていない。
お父様は随分とご立腹の様子だ。
そんなディアルナの父親に事の顛末を説明すると、なんとあっさりと信じてくれた。
「そうだったんですね・・・。すいません・・・、また私の勘違いだったようで・・・」
「まあ、誰だってこんな状況を目にすれば勘違いの一つもしますよ」
「そう言って頂けるとこちらも救われた気がしますよ。それより、娘を寝室までお願いしてもらってもよろしいでしょうか? 私は何か温かい飲み物でも用意しますので」
「は、はい。えっと、ディアルナさんの寝室ってどこにあるのでしょうか?」
そう尋ねる俺に、父親はある方向を指さす。
指さす方向には、二階へと続く登り階段があった。
どうやら、ディアルナの寝室は二階にあるようだ。
「娘の寝室は二階にあります。扉に娘の名前が彫られたネームプレートが飾られているのですぐに分かると思います」
「わ、分かりました」
「それでは、寝室まで娘のことお願いします」
ディアルナの父親はそう言うと、温かい飲み物を用意するために奥の部屋へと消えて行ってしまった。
とりあえず、俺たちは父親の言う通りに彼女の寝室へと向かおう。
「ディアルナ、自分の寝室まで歩けるか?」
「・・・・・・うん」
泣き止んだ彼女の目元は赤く腫れあがっていた。
まあ、あそこまで泣けば目元が腫れるのも当然か。
俺は可愛く目元を腫らす彼女の手を引きながら、登り階段を登っていく。
正直、彼女の寝室をすぐに見つけられるかどうか不安だったのだが、完全な杞憂だった。
派手にデコレーションされたネームプレートが視界に入り、見てみるとそこには可愛らしい字体で「ディアルナ」と書かれた。
ここが、ディアルナの寝室で間違いないようだ。
緊張する手で扉をゆっくり開けると、僅かな隙間から彼女から香る匂いと同じ香りが鼻をくすぐった。
つまり、あの日嗅いだキンモクセイの香りということだ。
ーーあ、良い匂い・・・。
この時、その良い匂いをもっと嗅ぎたいという男の子の性が出てしまったのだろう。
俺は嗅ぎたい欲求で彼女の寝室に繋がる扉を勢いよく開いてしまったのだ。
そして、その目の前の光景を目にして出てきた最初の言葉がーーーー
「・・・・・・汚な!」
簡単に説明すると、部屋は阿鼻叫喚の様だ。
多種多様の服が散乱し、化粧道具らしき品もあちこちに落ちている。
どう生活したらこんな有様になるのだろう。
男の俺ですらもっとしっかりしているんだが。
とりあえず、踏んだらいけないものがあったらまずいので、先頭を彼女にバトンタッチした。
「どうぞ、汚部屋のお姫様」
「・・・汚部屋のお姫様?」
首を傾げる彼女が俺の前に入ると、部屋の有様を見て十秒間ぐらい固まっていた。
この十秒の間に一体何を考えていたのだろうか?
ビックリするほどの勢いで扉を閉める彼女の頬は先ほどにも増して真っ赤に染まっているだろう。
何だって、耳まで赤くなっているのを後ろから目視で確認できるほどだからだ。
「・・・がうの・・・」
「え・・・、何?」
掠れるような声で告げられたものだからよく聞き取れなかった。
「これは・・・違うの・・・。私の部屋じゃないの・・・」
「いや、可愛らしいネームプレートに「ディアルナ」って書いてあるけど?」
「それは・・・誰かの悪戯だね。ごめんね、私の部屋を取り戻すまでここで待ってくれないかな?」
「まあ、構わないけど・・・」
「それじゃあ・・・行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい・・・」
彼女が扉の向こうへと消えた途端、部屋からもの凄い音が聞こえるのだが聞こえなかった振りをしてあげよう。
すると、そこへ温かい茶を彼女のために持ってきた父親が登場。
「あれ? ディアルナは部屋の中ですか?」
「あ、はい。なんか部屋を取り戻すとか言って部屋に飛び込んでいった感じですかね」
「部屋を取り戻す・・・・・・」
しばらく頭を悩ませる父親だったが、思い当たる節があったのかピンときた顔で俺に告げてきた。
「あー、なるほど。でしたら娘が部屋を取り戻すまでしばらくよろしいでしょうか?」
「はい、別に構いませんですけど」
「それじゃあ私についてきてください」
そう言うと、父親は温かい茶を持ったまま階段を下りて行ってしまった。
部屋を取り戻すまで待っていたら冷めてしまうからだろう。
まあ、あの汚部屋を片付けるには相当時間が掛かるだろうし、さすがは父親だ。ちゃんと娘の事情を分かっておられる。
感心しながらディアルナの父親の後をついて行くと、連れて行かれたのは仕事現場だった。
そういえば、ディアルナの家は『アカツキのホシ』という鍛冶屋だったな。
店の裏口から出入りしていたのだから完全に忘れていた。
「それで、どうしてここへ連れて来られたのでしょうか? 話ならテーブル席でもよろしいのでは?」
わざわざ仕事現場で話す理由には、それなりの理由があるはず。
そして、父親は俺の質問に答えるようにゆっくりとブツを差し出してきた。
「これは、娘を守ってくれたお礼の代物です。大したものではありませんが、どうかお受け取りください」
「これって・・・」
俺は差し出された代物に目を奪われていた。
自分の姿を映し出すほどの光沢を放つ『鋼』を使った鉄製の武器。
そう、鍛冶屋から渡されるものといえば一つだけだ。
「剣・・・ですよね?」




