第三十二話
心臓を貫いた阿修羅は呆然と床に倒れ込んだジャックを見た。
「これはテメェのためでもあるんだ。俺はもう後悔はしたくねぇんだ」
「そうだ! だが、口調が昔のように荒々しいぞ! 直すと言っていたであろう!」
「あ」
「気付いてなかったのねぇ。まぁ無理もないかしら。彼とジャックを重ねちゃったんでしょ」
「……そうだな」
阿修羅は死闘を演じた西郷を戻すと、ジャックを低級呪霊に運ばせ、通常より早い帰還を果たした。ベノムの最後を見届けることはなかった。そして、言葉の意味も知る由もなかった。
◇◇◇
「ジャッくん! だいじょうぶなの!?」
「あぁ心配しなくていい。ショックで気絶しているだけだ」
「なにがあったの? ジャッくんはこのじかんならまだブンカサイをたのしんでいるはずなんだけど。どうして、ボロボロなの? かいふくはしているようにはみえないけど」
「色々あったんだ。めんどくさいから後で話す。報告したら寝るから明日な」
「ちょっと!」
阿修羅が帰還すると、ちょうどエントランスで寛いでいたピエロは傷だらけのジャックを見つけると、すぐに阿修羅へと迫り、質問攻めをしたが、阿修羅はそれに答えず、安田の下へと向かっていった。
◇◇◇
「そうですか。それより、なぜ十年前に報告をしなかったのです?」
「あの時はアンタ達のことが信用できなかったからな。やさぐれてたってのが一番の理由だろうが」
「報告書に書きにくいことを言いますね。もっと他に理由はないのですか?」
「ない」
安田はため息を吐いた。十年ほど前に起きた事件をキッカケに阿修羅は安田などの職員に冷たい態度を取るようになった。だが、正確には違う。キッカケは狩人にとっては日常の、狩人達の中では事件と言うに言えない極小規模なことだった。
「……そんなに私達が憎いのですか?」
「まあな」
「そうですか。ですが、こちらも仕事でやっているのです。納得できる理由を提示していただかないことには帰すことはできません」
「……分かったよ。好きなように書いとけ」
「それで良しとしましょうか」
阿修羅は無骨にドアを開けると足を大きく鳴らしながら自室へと戻っていった。そんな阿修羅を眺めていた安田の顔には安堵の感情が宿っていた。
◇◇◇
「アシュラ! ジャッくんはどうしたの!?」
阿修羅は報告も済ませたので寝るつもりだったが、ピエロに進路を塞がれたため仕方なく質問に答えることにした。
「別にどうもしてねぇよ」
「奴の恋仲が怪物だったのだ!」
「だから私達が殺したのよ」
「な!?」
ピエロは鈍器に後頭部を殴られてような衝撃を受けた。ことわざの目を丸くするとはまさにこのことだと言わんばかりの表情をしていたのだ。
「まぁそうなるよな。アイツの心のケア頼むわ。今、ジャックに必要なのは心の拠り所、友人だ」
「……わかった」
恋人を殺されたのだとしたら何か言わなくてはならないとピエロは思ったが、何も言えなかった。怪物を殺すのがピエロ達狩人の使命でそれを遂行した阿修羅は攻められるべきではないからだ。だとしても、理解できるのと納得するのとではだいぶ意味が変わってくる。ピエロは理解はできても納得はできなかったのだ。
「それじゃ、寝るわ」
阿修羅への疑念が募るばかりだった。
◇◇◇
3日後の、0時を回った時に目覚めた。
「……ここは?」
「ジャッくんはもどってきたんだよ」
「蔦根は!? どうなったんですか!?」
「そのツタネってこのことはピエロにはよくわからないけど……おそらく、しんじゃったよ……カイブツだったんでしょ?」
「へ? 嘘だ……」
「……」
「何か言ってよ! 嘘だって! 嘘だって言ってよぉぉぉぉぉぉ!」
ジャックは絶叫した。それを聞いたピエロは同情するしかなかった。似た記憶を持っていたため、ジャックの気持ちは痛いほどわかった。
「……ジャッくん、ピエロたちはカリュウドだ。カイブツはころさなければならない」
「蔦根は怪物じゃない! 何かの間違いだ!」
「それでも……うたがわしきはばっせなければならないんだよ」
「そんなの間違っている!」
「そうだね。でも、おおくのひとをすくえるならまちがっていることもしなければならない。それがひとびとのやくにたてるなら」
「じゃあ……死んだ蔦根は多くの人のためになったの?」
「……それは、これからピエロたちがはんだんしていくことだよ」
その言葉を聞いたジャックは何も言い返せなかった。これ以上何か言っても無駄だと思ったからだ。平行線の議論など意味がない、ジャックは心の中でのみ阿修羅やピエロを罵った。そうでもしなければ心が壊れてしまいそうになった。
「ジャッくん。これだけはわかってほしいんだ。ピエロはジャッくんがもどってきてくれてうれしいよ。ともだちだからね」
「……あの、ピエロ君」
ジャックがピエロに言葉を告げようとした時、ピエロの首輪からブザーが鳴った。緊急招集、怪物の出現が確認されたことを告げる音だ。
「じゃあね。またあとで」
「あ、ピエロ君!」
ピエロはそのまま安田の下まで走っていった。友達に心の中でも暴言を吐いた自分が許せず、謝罪をしようとしたジャックは、ピエロの背中を目で追うことしか出来なかった。




