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怪化物  作者: 平生
第二章
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第二十九話

「なんで……」


「ん?」


「なんで阿修羅さんがこんなところに?」


 先程まで頭を抱えてしまうほど困難な状況に陥っていた。それは、もし蔦根が怪物因子を持っているということを組合員に知られるというリスクを懸念していたからだ。だが、そんな懸念をする必要がなくなった。必要がないからと言って状況が好転したわけではない。むしろその逆だ。狩人として立場上、上司に当たる人物にそれが知られた。ジャックは半ば諦めていた。


「言いにくいわね」


 言えない理由と言うのはかなり不純だ。阿修羅は今、絶賛休憩中だったのだ。仕事もせずに休憩をすると言うクズなことをしていた。そんな状況のことを言えるわけがないだろう。


「ねぇ切嗣君、なんでこの人は口調がコロコロ変わっているの?」


「我は多重人格者である! そう言えば納得してくれるな?」

「それより、さっきの話は本当なんだな?」


「怪物因子の話ですか? えぇそうですけど」


「じゃあ見せてもらえるかしら? そもそもどこでその言葉を知ったのかしら?」


「えっと……」


「どうした? 答えられないのか?」


 阿修羅の質問に蔦根は答えることができず、阿修羅からは視線を外し、右下を見た。それを見逃さなかった阿修羅は、蔦根には何かがあるという考えを一層強めた。


 一度疑うと、相手が何をしようとネガティブな方向へと思考が逸れる。客観的主観性を失い、何の不純物もない完全な主観にのみ頼ることとなる。阿修羅の思考は己の考えのみで埋め尽くされていた。そんな思考が脳から目に伝達されるため、阿修羅から映る蔦根の姿は限りなく黒に近い秘密を持っているように映った。


 蔦根はそんな阿修羅の質問のほとんどを沈黙を持って答えた。


「はぁ、まぁいい。とりあえず見せてもらう」


「分かりました」


 そう言って蔦根は掌を天井へと向けた。手から現れたのはジャックと似た、紫色の靄と思わしきものが現れた。だが、しっかり制御できているため、幸運にも空間がそれによって覆われることはなかった。


「この能力は……どこかで……」


 阿修羅には紫色の靄に見覚えがあった。普段、仕事をしない阿修羅が怪物と対峙するなど滅多にない。だからこそ、敵対したものの能力は印象が強くなるため必ず覚えていた。


 見覚えはあっても鮮明に思い出すことが出来なかったため、直接戦ったことはないと判断した。しかし、怪物と出くわしたものの、怪物と戦闘に発展しなかったことなど阿修羅の人生にはない。


「なんだ! この面妖な光は! おい、ジャックよ! 貴様から赤い光が放たれている……ナッ!」


 記憶違いかと思い、思考を手放そうとした時、ジャックの体内が突如として赤く発光し出した。その輝きはとても強く、ジャックを含めた三人が目を細めるほどだった。


 そして、阿修羅はその光に懐かしさと怒りを覚え、昔の記憶を思い出した。


◇◇◇


「なんだ……この惨状は……無垢と思われる血痕があるな。おい、堅物風メンディー。なんか道具ないか?怪物因子かどうか判定するやつ」


 今の姿と全く変わらない阿修羅は、隣に立つ、かつて相棒だったがとある事件をキッカケに脱走した狩人の代わりとして、臨時でペアを組んだ眼鏡をかけたポニーテールの女性に目を向けず、片手を向けて道具を出すことを求めた。


「それ使う必要ありますか? 十中八九怪物による犯行でしょう。あと、ワタクシのコードネームはヘパイストスですからね」


「ハイハイ、じゃあ調味料、なんか出せ」


「絶対それってスパイスの話ですよね!? 確かに名前は少し似ていますけど、少しだけですからね!?」


「うるさい。ここは現場だぞ。亡くなった奴等に対する弔いの精神はないのかよ」


「亡くなった方々に対して奴等と言う人に言われたくはないですけどね」


 阿修羅はヘパイストスの話を聞いている内にだんだんと不愉快な気分へとなり、我慢の限界に近づいたため黙った。といっても、ヘパイストス自身に問題がないといったらそうではないが、これは、阿修羅自身の心の持ち用の問題だった。失った相棒に対する困惑と怒り、そして悲しみがその横顔には混ざっていた。


 それを見たヘパイストスは哀れに思いつつもそろそろ仕事をしなければ安田にこってり絞られると思ったため背負っていたバッグに手を入れ、透明な液体の入った瓶を取り出し、手のひらが上を向いている阿修羅の左手へと置いた。


 それを見た阿修羅は疑問に思いヘパイストスに問いかけた。


「これはなんだ?」


「怪物因子があるかどうかを調べるための液体ですね。血痕などにかければなんの仕業か分かりますよ。それと変化する色はまちまちです。そこまで役には立たないですけれど、一応犯人が一人かどうかは見分けがつきますよ」


「それあんまりいらないわね」


「ワタクシの作品にケチをつけるつもりですか?」


「事実そうだろ?」


「ぐぬぬ……」


 「ぐぬぬ」と唸る者が実際にいるなどとは思っていなかったためくだらないことで驚きつつも、その瓶のコルクを引き抜き血痕に向かってかけようとした。しかし、どう頑張っても液体が瓶から出ることはなかった。それに苛立った阿修羅は瓶を握り潰して強引に液体をかけた。


「あーあー」


「ん? 紫色に変化したぞ。それと、所々に黒色が混じっているんだが。これって本当に違う怪物なのか見分けられるのか?」


「失礼ですね。実際に既に試して分かっていることですから、判別できますよ」


「じゃあこれどう言う状況なんだよ」


「えーっとですね……ワタクシなりの推測を述べますと、最初に黒色の液体である怪物が何かしら攻撃し、それでこの血にそいつの怪物因子が付着したのですが、それの仲間と思われる紫色の怪物による攻撃でもう一人の被害者が攻撃を食らったことによって飛び散った血が既に死んだ人の血へと被さった可能性が高いですね。まぁ、想像の域を出ませんが」


「ふーん。そう言えば、なんか床腐ってない?」


「なんででしょうね。そう言う家なのかと思って無視していましたが。ほら、ここのアパート、外装がそこまで綺麗じゃないので」


 ヘパイストスの言ったように、阿修羅達が今いる場所は、東京にあるいわゆるボロ屋と呼ばれるような場所で、外装はもちろんのこと内装も清潔とは程遠いような場所であった。


 そんな耐久性に欠けそうな家でさえも、阿修羅とヘパイストスを支える程度にはある。しかし、阿修羅が指を差した場所は他の床と違って色も黒ずんでおり、誰も通りたくないようなそんな雰囲気を放っていた。


「いや、ここだけ異様に脆いんだよ。ってうわっ!床踏んだら抜けたんだが」


「えぇっとまぁそんなこともあるんじゃないですか? よく分かりませんけど。一応、原因について調べてみます? もし、怪物の仕業だったら敵の情報が分かるかもしれませんし」


「うむ! 頼んだぞ! 香辛料!」


「もうツッコミませんからね」


 ヘパイストスのツッコミを期待していた阿修羅は少しだけ落胆した。その様子を見つつも無視したヘパイストスが阿修羅と違い、ちゃんとコルクを引き抜き、瓶を開け、液体を地へと落とした。


「色が紫色に」


「つまり、これは怪物の仕業ってことだな。おそらく、溶かす系の奴だろ。酸を操ったりするって感じか」


「えぇおそらくは。片方の能力は破れたと言うことですね。報告しますか?」


「いや、まだ確証はない。だから、報告すんなよ」


「了解しました」


 ヘパイストスは仕事が終わったと見るや、報告書を臨時の上司の代わりにまとめるためにすぐにその場から去った。阿修羅も紫と黒の混ざった血痕を一瞥すると近くの喫茶店へと向かうために足を進めた。


◇◇◇


「なんでこの記憶が……」


 阿修羅がそう呟くと少し遅れてジャックから放たれていた光も消えた。


「おいお前、もう一回さっきの霧を出せ」


「?」


「遅い! 早くするのだ!」


 蔦根は訝しみながらも再び己の怪物因子を発動した。そして、蔦根の手から溢れ出した紫色の霧を掴むようにして阿修羅は手を握った。

 しゅうううっと音を立てながら阿修羅の腕を溶かしていった。


「これで決まりだな」


「何がですか!? それより阿修羅さん! 手は大丈夫なんですか!?」


「あぁ大丈夫だ。それより、コードネームベノム。お前を処刑する」

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