第二十話
ジャックは安田と話した後、3時間ほど仮眠を取りその後普段通り仕事をした。疲労は体に蓄積する一方だが徐々にこの生活に慣れてきている。ショートスリーパーに近付いてきているのだ。だが、眠いのに変わりはない。ジャックは眠気を殺して黙々と化物を狩り続けた。
そうして、12時間の無の時間を終え学校へと着き、大型バスへと乗り込んだ。
◇◇◇
「なんで隣なの?」
「なんでだろうね?」
ジャックは今、自分に当てられた席の隣に女子が座っていたため困惑した。そんなわけがなかった。
ジャックは明らかに苛ついていた。確かにそこには女子が座っていた。だが、男はどんな女子でも喜ぶわけではない。それがジャックの場合は蔦根だっただけであった。
「座席はここじゃないよね?とうとう日本語すら読めなくなったのかな?幼稚園からやり直したらどうだい?」
「波山君は幼稚園に通っていたんだね。知らなかったよ。私は保育園だったんだ。ねぇねぇ、幼稚園ってどんな感じだった?教えてよ。私、幼稚園と保育園の違いが分からないんだよね」
「今はそんなことどうでもいいだろ!」
ジャックは蔦根に皮肉を言ったものの話を逸らされたことにより余計腹が立った。
「女の子に向かって大声を上げるのはどうかと思うよ」
「普通の女の子だったら僕の良心も傷つくさ。でも、あいにく僕の心の中身は不快感だけなんだ」
「私って何かしたかな……」
蔦根は特に嫌われるようなことはしていない。それは一般人を基準にしたらの話ではあるが。
ジャックからすれば蔦根は何事にも不自由なく暮らせているのに勉強が出来ると言う喜びを味合わず、日々を消化している姿が信じられないから蔦根の存在が不快に感じると本人は思っているが、明らかな嫉妬だった。恋愛的な意味ではなく立場に対して。
自分はこれまで死ぬような思いをしてきたのに蔦根は平和に生きてきた。ジャックは平和に、穏やかな日々を過ごしたかったのだ。だが、そのような思いはジャックからしたら稚拙に感じてしまう、だから不真面目などの理由をとって付け加えたのだ。
「まぁいいじゃないか。そもそも、席を変えることを私から頼んだわけじゃないよ」
「もしお前から頼んでいたら人間って認識することを辞めてた」
「酷くない!?」
「え?」
「え?」
まさか本気でジャックがそんなことを考えているとは思わず、それを悟った蔦根の顔は固まったまま動かなくなった。まるで大仏のようにビクともせず、広角が少しだけ上がっており穏やかな表情を浮かべているのに対し、内心では今までの自分の記憶をプレイバックしており過去の失態を振り返っていた。ああでもないこうでもないと思考を逡巡している後に先生がバスに乗り込みいよいよ出発する時間となった。渋々、苦心、仕方なく蔦根の隣に座ったジャックは目を瞑ると思考の海へと己を投げ出した。
「ねぇ……あれなんだろう?」
「……」
バスが出発してしばらく時間が経った。
その間に蔦根は幾度となく話しかけていた。天気、景色、研修への待望について話しかけようとしたが、ジャックは一瞬チラ見したかと思えばまた目を瞑る、そんなことを繰り返していた。
だがそれもしばらくすると蔦根が話しかけることはなくなった。何度話しかけても無視され続けたのだ。これでもめげずに話しかける人はしつこい奴は嫌われると言うようにクラスの中でも浮くだろう。まさしく蔦根は過ぎているわけではないがジャックにはしつこい。だから嫌われると言うわけだ。クラスメイトからはそんなことがなくても嫌われているんだが。
蔦根を見るとそこには可愛らしい寝息を立てた少女の姿が目に映る、普通の人が見れば。ジャックの場合は不倶戴天の敵を見る、そんな目をしていた。蔦根の頭がジャックの肩に当たりそうになったのでジャックは起こそうと思った、しかしそうはならなかった。
ジャックは見たのだ。蔦根の腕を。服で覆えていない部分が無数の傷が存在した。
「これって……リスカ?……」
リスカかそうでないかジャックには判断がつかなかった。だが、どちらにしろ蔦根が危ないことには変わりない。ジャックは普通嫌いな奴は何がなんでも助ける気はない。だが、直接的害を与えてこない蔦根に嫌いな奴と一緒の扱いをするのかと自問すればそれは違うと自答した。
だが、起こして腕のことを聞いても話してくれるかは分からないし、最悪警戒されて終わりだ。否それは言い訳だ。ジャックは触れたくなかったのだ。面倒ごとに、解決できない自分の無力さを思い知る想像をすると今聞くことがためらわれた。
「まぁ今は寝かしとくか……」
ジャックはそう呟いた。自分に言い聞かせるようにして。
◇◇◇
ジャックが蔦根を起こすことはなく宿場に着いた。そこは青少年憩いの家と言う名前の場所でかなり広く、一学年に300人もいるこの学校でも四人一部屋使っても未だに余るほどには多かった。
合宿所での注意事項を聞きベッドメイクした後勉強を始めた。高校生は義務教育ではない。勉強をすることを望んで高等学校に入学する。だからこのような合宿での目的は普段とは違う環境で勉強を行うことで集中力を高めることにある。決して普段の息抜きで遊びに来るわけではない。
だが、こんなところまで来て勉強だけと言うのも味気ない。なので、屋外でのオリエンテーションをすることになった。オリエンテーションの班は部屋割りではなく事前に決めた四人一組である。つまりジャックと蔦根は一緒に行動することになるのだ。
オリエンテーションは班ごとに広大な敷地の中を散策することだ。各地の地点に教師が立っているのでそこをまわるという内容だ。広いし、豊かな自然のある森林だ。歩いても歩いても森林だらけ。だから例年はぐれる班は存在するらしい。
そしてジャックも絶賛迷子中だった。蔦根と一緒に。本来ならジャックは常に不機嫌で蔦根の隣を歩くことはなく一歩先を歩いていたはずだ。だが、今のジャックの表情は無を装い蔦根の隣を歩いている。
等の蔦根はと言えばジャックが隣を歩いているこの状況を楽しんでいるようだ。しかし、ジャックの内心は聞こうか聞かないか迷っていた。優柔不断なためかれこれバスの中から考えると既に7時間ほど経っているが一向に決まらない。
「なぁ……ちょっと聞いてもいいか?」




