第十五話
謎の男の『意思』と呼ばれた槍の力で壊れていた精神が傷を負いつつも回復した。彼の今の精神状態はかさぶたで覆われた怪我のような状態だろう。もし、視覚的に見ることができるのならば彼の精神はつぎはぎだらけであろう。
しかし、それでも今のジャックの精神はすごく落ち着いている。それは単に『意思』の槍の効果であろう。彼の不安定だった精神は本当にそうであったとは考えられない程に見違えている。
「あ、ありがとう……ございます……」
「どういたしまして。それより、大丈夫かい?」
「えぇおかげさまで。えっと……あの、これってどういうことなんですか?」
ジャックは謎の男から熱い抱擁をその身一身に受けていた。それはもう見ているだけで胸焼けが起きそうな程にガッチリホールドされていた。
「あぁごめんね。今離すよ」
「えっと……その……改めてありがとうございました……」
「いやそんなことはどうでもいいよ。それより、僕が聞きたいのはブレードとメタル、2人がどうなったか知りたいかな」
「え!まさか……知り合いなんですか?」
「うん、それなりには見知った仲だよ」
「ごめんなさい!僕が……僕が2人を殺しました……」
すると、男は目を伏せてしばらくの間黙った。その沈黙はジャックにはとても辛いものだった。男の知り合いを自分の手で殺してしまったのだ。普通ならばすぐさまジャックに怒りをぶつけるであろう。だが、男はそうはしなかった。ジャックには分からない何かを考え黙っているだけだった。それは不気味で憤怒の感情よりもよっぽど恐ろしかった。
だが、ジャックの恐怖は必要なかった。
「……そうか。彼らは僕の知り合いだったんだがね、知り合いでも友達ではなかったのさ。ただ知っているだけ。僕の同業者だっただけの人たちだよ。だから君が悩む必要などない」
「そう、なんですね」
「あぁそうさ。それともう一つ聞きたいことがあるんだけどいいかい?」
「はい。大丈夫です」
ジャックは男をすっかり信頼しきっていた。優しい言葉をかけられ、熱い抱擁を受け、殺されるような冷たい沈黙を味わうもそれは思い違い、いわゆる吊り橋効果によって男はジャックからの信頼を得ていた。
「今の君はどっちだい?」
「どっち?」
「知らないのか、それすらも。じゃあ一から説明して行こうか」
「そもそも怪物因子って何だと思う?」
「うぅむ……何でしょう?」
「それはね成立条件は分からないんだけど有名な人物の残した強い残りカスってのが一般的な意見だよ」
「そうなんですね。それってえぇっと……貴方の名前は何ですか?」
「自由意思って呼ばれているよ」
「自由意思さんもその有名人の残りカス説を提唱しているのですか?」
「いいや僕は違うよ。僕は、強い意志を持った人間の記憶という説だね。まぁ記憶は残りカスとほぼ同じだね。違うところと言ったらある程度の個別意識を持った別物か、完全な記憶という点だね」
「それって違うものなんですか?」
「違うものだね。残りカスの方は別の人間だから生前とは似ても似つかない行動を取ることもあるのさ。周囲からの影響を受けたり学習したりしているのさ。だが、記憶という説は周囲からの影響も受けない、学習もしないんだよ。まぁさほど変わらないね。それは根本的な話なんだから。人間はいくらでも仮面を被ることができる。根本が変わったところで取り繕うことなど困難なことではないのさ」
「そうなんですか」
「それじゃあ続けるよ、次は化物について説明するね」
「化物はいまだに分からないことが多いのさ。だから有力な説というものはないね。参考までに僕の説を話すと化物は元々何かしらの生物だったんじゃないかなって思うんだよね。この世界では死体が残らないんだけど人間のほとんどはそれを神か何かの超常的な高貴なるものの御技だと教えを説く宗教の考え方を信仰しているね。まぁ日本人はそういったことを考えることすらしなくなった人が多いんだけどね。話が逸れたけどこの世界で残らない死体はどこに行くのかって気にならない?それはね、化物の身体に流用されているんじゃないかなって思うんだ。世界が人間から化物に変化するように出来ているんじゃないかなって思うんだよね。それは人間の呼吸と似たようなものさ。酸素を吸って二酸化炭素を吐く。それは世界の仕組みさ。それと全く同じものだろうと僕は考えているね」
「は、はぁ……なるほど。大体は分かりました」
「じゃあ次は君のことについて話そうか。君には二つの意識が宿っているのさ。一つは今僕と話している君自身の意識。他者からはジャックって呼ばれているよね。それだよ。そしてもう一つはリッパーと呼ばれているものさ。そのリッパーって言うのは怪物因子が持つ意識のことさ。君の怪物因子が誰の記憶なのかは僕は知らないけど相当凶暴だろうね。そこのメタルを一撃で葬ることができるほどには強く、周りに被害を出すことを厭わない性格の持ち主だね。よっぽど狩人には似合わないよ」
「あ、あの。そもそも狩人って何ですか?その……僕、メタルさんにも聞いたんですけどにわかに信じがたくて。自由意思さんから教えてもらえれば分かる気がするんです」
「そうか。君は獣の言うことを真に鵜呑みにしないんだね。偉いよ」
「本質的には何も変わらないよ。どちらも怪物因子を持っているし超常的な存在だ。それこそ、全部の怪物因子の力を合わせれば人間が信仰する宗教に登場する神にすら成れるかもしれないね。多神教だったら僕達一人一人が神のような存在なのかな?そうだとしたら宗教の発端って僕達の存在って可能性も否定できないな。まぁ細かいところは分からないしいっか。話が逸れたね。僕の悪い癖だよほんとに」
「いえいえ。そこまで考えることができるなんてすごいです。尊敬しますよ」
「そうかい、ありがたいことだね。それで話を戻すけど狩人と怪物の決定的な違いは考え方かな。それと立ち位置。狩人は人外を狩るための存在する。狩人は人間、つまり無垢を守るためにいる。だけれど怪物は自由を求める。場合によっては無垢をも殺す。それだけの違いさ。でも、無垢からしたら決定的な違いだろうね。何せ正義のヒーロー的存在か害悪なるヴィラン的存在かで随分と違うもんね。まぁヒーローからしたらヴィランは必要だよ。人間では倒すことができないヴィランをヒーローが代わりに倒すことで生存権を得られるんだから。裏を返せばヴィランがいなければヒーローは排斥されるだろうね。他者と異なり異質なのはそれだけで忌み嫌われるからね。それはそれで今の構図を維持するのはいいことかもしれないね。ヴィランを倒すヒーローがいることで戦争は起きないし、核開発も行われない。この国の電力は怪物因子を人柱ならぬ狩人柱を使うことで大気汚染は起きない。すばらしい世界だね。怪物因子がなかったらと思うとゾッとするよ」
「そ、そうなんですね。狩人と怪物は違う存在だってことでいいんですよね?」
「それで君が楽にいられるならそう思った方が身のためだよ。それに君の考え方である意味正しい」
「そうですか。ありがとうございます。それにしても阿修羅さんやピエロくんはそんなこと何も教えてくれなかった……むしろ、言葉を濁していた……」
「まぁ狩人からしたらそうだろうね。君の捉え方によっては怪物と狩人が本質的には等しい存在だなんて考えを持つこともあるからね。もし、そう捉えられて狩人を何人も殺されたりしたら面倒なことになるからね。可能性の芽はいつだって積んでおきたいのさ」
「……そうですか」
「納得してないようだね。僕としてはそこら辺はあまり重要ではないけど。話は変わるけど、もう分かっていると思うけど僕は狩人ではないんだ。地方に勤めているってこともないよ。僕は立派な怪物さ。さぁ、ここに無防備な怪物がいるよ。君はどうする?殺す?」
「い、いえ!そんなことはしませんよ!」
「そう。なら良かった。じゃあさ、狩人を今からでも辞めて僕と一緒に活動しないかい?君は阿修羅とそのピエロって人に疑念を抱いているんだろう?なら僕と一緒に来てもいいと思うけれど」
「あ、あの。僕は人を殺したくありません。なので貴方と一緒には行けません。ごめんなさい」
「別に僕は人を殺す程過激な活動はしていないさ。と言うより全人類を救おうと思っている。それを聞いても一緒に来たくない?」
「人類を救うってどうやって?まさか、僕が怪物と戦わなくてもいい、普通の生活が出来る様になるんですか?」
「出来るさ。その方法は……ちょっと邪魔が入るようだ。続きはまた今度、もし気になるならこの住所のところにおいでよ。大丈夫。僕の話を聞いた後で賛同できなかったから殺すなんてことはしないから。最初に言った通り僕は君に幸せになって欲しいんだ」
自由意思はジャックの服のポケットに紙を入れると甘い言葉をジャックに投げかけてそのまま宙へ跳び上がり廃墟よりもひどい惨状となった場所から立ち去った。
そのすぐ後に走ってきたのは赤い髪に特徴的な白塗りの顔、赤く塗られた唇、片方に星が描かれた目、奇抜な意匠を施された服を着た幼い姿の先輩。ピエロが来た。
「ジャッくん……大丈夫?」
「……うん……ピエロくん、帰ろ」
一度定着してしまった疑念は第三者からの弁解を受けても払拭など到底できない。ジャックの心境はまさにピエロを疑っていた。だが、ピエロはジャックの現状唯一の友達で、とてもジャックに優しい。そのことを鑑みるとそのようなことを考えている自分に腹が立った。それを隠すように彼は早口に告げるとピエロと足並みを揃えて歩いて帰った。
帰路で2人は一言も喋らなかった。この沈黙はお互い嫌な気分になった。
第一章終了。全十章構成です。お楽しみに。
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