第十四話
「さテェ、メタルと戦っている間に時間経っちまったナァ。ハァ……満足したからいいカァ」
時間こそ短く、第三者から見ればとても激闘であったとは言えないだろう。けれどリッパーは充足感を得ていた。
それはメタルを真の実力者であると認めているからに他ならない。実際、メタルはとても強かった。阿修羅とタイマンを張っても善戦が可能なくらいには力量があった。ここでリッパーと会敵さえしなければいずれ阿修羅を倒せるほど強くなることもできただろう。
それほどまでに強いと感じた相手と戦うことができたのだ。捻じ曲がった武人としての心を持ち合わせるリッパーは満たされる。
「フフフゥ、約束は果たしたゼェ。それじゃ寝るカァ」
そう言うと周囲に広がっていた黒い霧はパタリと止み、リッパーの体から出ていた霧も発生しなくなった。
それと同時に首がガクッと勢いよく曲がり数秒の沈黙の後、ゆっくりと首を上げるとそこには先程までいた活力の灯った眼差し、体に纏っていた黒霧、顔に現れた稲妻のような黒いあざのある男ではなく、怯えた顔で立ちすくむこれと言った特徴のない少年がいた。
「なんで!なんでだよぉぉぉ!!!」
「お前は僕の願いを叶えてくれると言ったはずだ!なのになんで!!!」
「なんであの人を殺したんだ!!!」
「ふざけるなぁぁぁぁぁ!!!」
「オエェェェ……」
「オエェェェ……」
「オエェェェ……」
「オエェェェ……」
「オエェェェ……」
さんざん叫んだ後、唐突に気分が悪くなりジャックは吐いた。長い間吐き続けていた。胃の中が空っぽになってなお吐き続けていた。こうでもしなければ罪の意識に苛まれてしまう。だから、彼は吐き続けた。
けれども、人を殺したと言うことには変わりない。それはジャックもわかっている。分かっているからこそいまだに吐いているのだ。少しでも、少しでも罪悪感から逃れたいという思いから、希望的観測によって吐き続けた。
「オエェ……グスッ……グスッ……ごめんなさいぃぃぃ!!!もうしません!もう人殺しなんてしませんからぁぁぁ!許してくださいぃぃぃ!」
だが、ジャックは罪悪感から逃れることは叶わなかった。
吐き続け、顔をぐちゃぐちゃにしても得られたものは何もなかった。
ジャック自身の手で殺したわけではない。だが、リッパーに肉体の主導権を渡したのは彼自身だ。ジャックの甘い考えによって人が死んだのだからそれは自分が殺したのと変わりはない。
罪の意識によって彼はメタルが見えてしまっている。罪の意識によって彼はブレードを見えてしまっている。理性では今見ている憤怒の形相をした2人は幻覚だと気づいているはずだ。
だが、彼の本能がそれを許さない。幻覚だと思わせない。幻覚で見えているのは2人だけではなかった。彼が殺していないはずの人間達まで見えてしまっている。
「ア゛ア゛ア゛ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
このままではジャックの精神は完全に壊れてしまうだろう。それをなんとかしようと理性は彼の意識を奪おうとする。だが、彼は自分のこめかみに爪を突き立て、皮膚をガリガリと削っていく。血がどれだけ流れようと、爪が剥がれ落ちようと、肉が裂け骨が見えようとも削っていく。
そして、動きが緩むと同時に身体は再生を行う。理性にできることはそれくらいしかなかった。ジャックを死なせないために再生を止めることはできない。だが、再生をすればする程、時間が経てば経つほど罪悪感が強まり精神の摩耗も酷くなる。正しく負の連鎖と言えるだろう。
「……」
だが、そんな連鎖にも終わりはある。彼の精神の限界が訪れた。戒めのための自傷の動きも収まり、身体の再生速度も遅くなり傷が残り、仮面が崩れ落ち、彼の精神も既に壊れたも同然だった。
「なるほど。そうなってしまったか。仕方ない『意思』」
何もない空から突然現れた男はそう呟くと、どこからともなく紅の槍が現れそれをジャックだったものへと突き刺した。
刺されたジャックはと言うと、ドクンと心臓の活動が再開したように身体が跳ね起き、脱力しつつも自力で立っていた。
しかし、ジャックの瞳は以前として壊れた精神の影響か虚となっていた。
「安心して。君は何も悪くない。それは僕が保証するよ」
男がジャックにそう告げると彼は顔を上げ男の方を向き、こう問うた。
「僕は……罪人じゃないんですか?」
「あぁそうさ。君は罪人じゃない。もし、君のことを責めるような人がいるのであれば僕はそれらから君を守るよ」
「僕は君が幸せになれるようにしたいのさ」
突如現れた男はジャックに向き、微笑んだ。




