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A.D. 2085
窓ガラスを揺らすほどのこの歓声も、熱狂も、
大音響さえも真空の宇宙にはとどかない。
音が空気の振動で伝わっているいじょう、
空気の存在しない宇宙は無音の世界なのだ。
魚が水の存在を認識しないように。
いかに人が普段空気の存在を認識してなくても、
地球は空気で満たされている。
音色で満たされている。
魚が認識しなくても、そこに水があるように。
空気もまた同じ流体として存在する。
そして音が空気の振動で伝わる限り、
真空の宇宙には音は響かない。
地震が地面がないと伝わらないように。
音もまた空気が無ければ・・・
全てがこの冷たい宇宙空間に打ち消され、
消えていく。
広大な宇宙の中で、
この限られた人工島の中だけに響く歓声。
なのにこの熱狂は同時に世界中に配信され、
全人類を巻き込み響いているという事実に、
カナタは得に言えぬ感慨を覚えずには、
いられないのだった。
この日の出来事は数多くの生徒により、
記録される事となった。
その一部を抜粋すれば、
ある者は神話の世界に迷いこんだようだと表現し、
またある者は、窓から射し込む寒星の輝きは、
人類の行く末を愁いっているようだったと残している。
その数多くの記録の中で特に情緒的だったのは、
べネット フロリアのこの記録であろう。
深淵の宇宙、窓の遥か先に浮かぶ故郷地球。
人間の目の錐体細胞は、赤、緑、青の３つ、
推定１００万色だと言うけれど、
窓の先に見える故郷の青さは、
それだけで表現するにはあまりに不浄で、
あまりに足りない、儚さと温もりがあったと
書き残している。
