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僕は少女に促されるまま、
その優雅に浮遊するリボンの蝶を追いかけた。
コローニー内は基本、
かく区画で区切られた構造になっている。
万一隔壁が破損して、
空気が流出するような事態が起きたときに、
その区画だけ閉鎖すれば、
空気の流出を防げるようにするためだ。
他のフロアーに移動される前に見つけないと。
この吹き抜けのフロアーにはほとんど柱がない。
景観を良くするためだが、
地球上では重力があるためこうはいかない。
重力の低いコロニー内ならではの建造だ。
そして柱のほとんどない吹き抜けのこのフロアーを、
チェンバーで移動するのにはむいていない。
ほどなくして宙を舞う泥棒少年を発見した。
宙を見上げる人々の視線の先に少年はいた。
その先には閉鎖区画を区切る壁が鎮座していた。
追い詰めたぞ少年。
閉鎖区画を渡り次の区画に行くには、
壁に備えられた扉から抜けなければいけない。
地上に降りてきた時が捕まえるチャンスだ。
そう思った矢先、少年はおもむろに、
近くの柱にチェンバーのワイヤーを打ち込む。
そのままワイヤーを巻かず、
柱を基点に180度回転していた。
そしてワイヤーを外しこちらに飛んでくる。
そのまま飛んでくれば、
ちょうど着地地点で捕まえられるが、
それは少年もわかっている。
再び方向転換するために少年は、
チェンバーを撃ち出していた。
だがその撃ち出されたワイヤは、
違う角度から撃ち出されたチェンバーの
ワイヤーと空中でぶつかり、
目標を見失い落下していった。
違う角度から飛んできたワイヤーの先には、
空中に向けチェンバーを構えたままの、
全身をフードで覆った人物が佇んでいた。
まさか狙ったのか!?
相当な射撃訓練をつんでなければ不可能だが。
空中でバランスを失った泥棒少年は、
慌てて巻き戻そうとするが間に合わず、
したたかに床に激突し、
そのままバウンドしながら僕の足元まで
転がって来て、ようやく止まった。
自業自得とはいえお気の毒に。
僕は転がったままの少年の腕から、
チェンバーを取り上げ自分の腰に戻した。
その間も少年は動かない。
まあ重力が稀薄なコロニー内では、
怪我はしてないだろうが。
一応声をかけた。
「大丈夫か?」
少年は小さくうめきこちらを睨んだ。
「敵の情けは受けねえ」
敵って・・・
チェンバー盗んどいて勝手に敵対視されるとはね。
そんな僕たちの元に、
先ほどチェンバーを撃ち落とした、
全身フードの人物が歩いて来た。
その人物がフードの頭を脱ぐような素振りをすると、
映像のフードが外れその素顔が見えた。
見えたと言っても、
口元はベールで隠されたままだったが。
小麦色の顔立ち、卵型の輪郭、
額に赤い点をつけた女性だった。
その服装と顔立ちから、
すぐにインド人だとわかった。
『廊下を走るのは感心しませんよ』
彼女の一声は実にまの抜けたものだった。
ここは廊下じゃないし、
走ると言うか飛んでたんだけど。
いやそれ以前に、
俺のチェンバー盗んで逃げてたんだけど。
突っ込みどころが多過ぎて対処できないでいると、足下の少年が先にそれに応えた。
「誰が決めたんだよ!」
『あなたの国には交通機関がありませんでしたか。
これは失礼しました。
まさかジャングル出身のおサル様だったとは、
思わなかったもので」
どこまで本気なのかわからない口調でそう言う彼女。
不思議な事に彼女が喋る度、
口元を隠すように空中に浮かんだベールが、
彼女の吐き出す息に呼応して揺れていた。