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外の男はふっと笑うと、慌てるでもなくこう言った。
「おっぱいを見せてくれたら開けてやるよ」
冗談とも本気ともとれない口調で。
そんな悠長な会話をしている余裕がない程に、
シャワーの温度は上がっていた。
「ふざけないで!」
肌に針を突き刺したような痛みが、
これは夢でない現実だと警告していた。
夢を凌駕した現実的な痛みに何も考えられず、
ただ本能だけがここから逃げなければと、
体を突き動かした。
扉に体当たりするが、一向にドアは開かなかった。
すでに前を隠す余裕などなく喚いていた。
「開けて、お願い、開けて!」
この時よくよく考えれば、
おっぱいを見せているのだから、
男は約束を守り扉を開けるべきなのだが、
男はそんな約束を守る気など、
始めからなかったようだ。
この時のキャロンドに、
それを指摘するほど余裕はなく、
ただただ狂ったように扉を叩くだけだった。
そんな彼女を嘲笑うように、
無機質な機械の音声が流れ出した。
【火災確認】
【火災確認】
【生体認証開始します】
【確認終了/無人】
【ただいまより真空消化を開始します】
その音声が終わると共に天井の一角が、
ブラインドのように開き、
勢いよく空気を吸い込み始めた。
途端に浴室の水滴が一斉に蒸発し、
白霧で彼女の裸体をかき消した。
同時にそれまで響いていた雑音や彼女の声も
薄れていく。
必死で扉を叩き叫ぶ彼女の声や音が、
扉の外の男の耳に聞こえることはなかった。
完全に無音の世界になった浴室は、
やがてたちこめる白煙も吸い込まれてゆき、
浴室の中は逆に、
雨上がりの朝のように透明になっていった。
蒸気が吸い込まれ透明になった扉の前に、
彼女の影は無くなっていた。
キャロンドは意識を失い、浴室で崩れおれていた。
無音になってゆく浴室で数十秒、
彼女は灼熱の真空に焼かれ、
悶え苦しみながら意識を失ったのだった。
それもキャロンドの体感時間であり、
実際には数秒で彼女は意識を消失し、
その場に倒れていたのだが。
浴室の中には醜く膨れ上がった肉の塊と、
眼球の片方が飛び出した、原型をとどめない、
何かの遺体が残されているだけだった。
室内の扉が静かに開き閉まる音が、
本当に無人になった室内に響いていた。