#45 (終)「先輩、また、会えるんですよね?」
六
「ねぇお兄ちゃん、ねぇってば!」
どこか不安そうな色を滲ませた、女の子の声が耳に入ってきた。
「ん、あ、あぁ、悪ぃな、理桜。少しボーっとしてた」
聞きなれた、低いハスキー声が続く。
「お兄ちゃんだけじゃないよ。遠山さんも我妻さんも、いきなりボーっとしてさ」
長い髪を頭の片方に結んだ少女――柴山理桜の不信そうな表情が、宙を漂う湊輔の意識に映り込んできた。
「あ、うわ、うわー、あれだ。俺たち、キャトルミートゥレーションされてた! な、なぁ、湊輔? でスよね、先輩?」
「我妻……キャトルミューティレーション、だぞ」
「あ、そう、それッスそれッス!」
「理桜、お前もう一回投げてみろ? さっきとは違う結果が出るかもしれねぇ」
「えー、いいよー、もう。欲しかったのゲットしちゃったし、お兄ちゃんだってめっちゃ高価な金券もらったじゃん」
「あ、あぁ、そうだな。そうだった。なら、適当に屋台で飯買ってきてくれ。頼む」
五千円札を理桜に押しつけるように渡すと、その小柄な体を回れ右させて、背中を押しては送り出す。
理桜は納得いかない様子だったが、それでもどうにか歩き出した。
やがて少女の背中が見えなくなると、泰樹が険しい表情で湊輔を見つめた。
「遠山、今ちょっと抜けろ」
「えぇ、はい。――雅久、悪い、少しだけ頼んだ」
雅久がなにか言いかけたが、それよりも早く二人はその場から離れていく。
やがて体育館裏に着くと、泰樹が先に切り出した。
「遠山、お前、また異空間に行ったら、戦えるか?」
突然の問いに、湊輔はどう答えるべきか分からず、俯いた。
「今後も、アイツらみてぇなのが出てくるかもしんねぇ。それでも、戦えるか?」
湊輔は、つい先ほどまで見ていた白い騎士の姿を思い浮かべては、依然として黙ったまま。
「お前、知ってるか? お前自身、死ぬことがねぇって」
それを問われて、湊輔は思わず顔を上げた。
「……はい、なんとなくですけど」
「お前、これからどうする? 戦えるか?」
「……戦えない、戦わない、戦いたくない、っていうわけにも、いかないんですよね」
「あぁ、そうだ、そうだな。お前ぇらの戦いはまだ続くだろうよ」
「……柴山先輩から見て、どうです? 俺、戦い続けられると、思いますか?」
泰樹はすぐに答えることなく、生まれ持っての鋭い眼を細めてからつむると、ため息を吐いた。
「遠山、俺はその質問に答えることはできねぇ。お前ぇのことだろ。お前ぇのことはお前ぇでなんとかしろ。お前ぇの意志を他人に委ねるんじゃねぇ。他人に委ねて、うまく行かなかったら他人のせいにすんのか? 他人のせいにできるから他人に委ねんのか? やめとけ。いいか、お前ぇの意志はお前ぇがなんとかしろ」
まったく反論の余地はなく、湊輔はただ力なく頭を一度縦に振るしかなかった。
「ったく、しょうがねぇやつだ。次の登校日に会う機会があったら、これからも戦えるかどうか、ハッキリ答えを聞かせろ、いいな?」
湊輔は今の泰樹の言葉に、違和感を覚えた。
それと一緒に、異空間でブロンド髪の少年が口走った言葉が蘇る。
だから、こうは聞かずにいられなかった。
「先輩、また、会えるんですよね?」
すると泰樹は、いつものしかめっ面から、普段多くの人には見せない、温かく柔らかな笑顔を見せた。
「あたりめぇだろ? なに言ってんだ?」
学校祭は通常の休日に行われたため、休み明け直後の平日が振替休日となった。
連休明けの登校日。
湊輔はいつも通りに、雅久と一緒に電車に乗って登校の道を辿る。
やがて正門をくぐった後、急に後ろから引っ張られ、B棟校舎の非常階段に連れて行かれた。
湊輔と雅久を引っ張ったのは、颯希だった。
「あれ、長岡先輩じゃないッス――」
湊輔は無言のままに、雅久は言葉を切って、それぞれ息を呑んだ。
会えばいつも八重歯を光らせて、屈託のない笑顔を浮かべる颯希の目から、涙がこぼれている。
「なぁ……お前ら……」
呼吸がままならないような、今にも泣き叫びそうになるのを我慢している声で切り出す颯希。
湊輔と雅久は、黙ったまま颯希の二の句を待った。やがて、颯希が絞り出すように言い放った。
「シバ……死んじまったよ……」




