#43 (四)「でもよォ、いいぜェ、昂ッちまうぜェ!」
四
一五人の高校生たちが、異空間と化した学校の各地に現れた異形と戦っている最中。
A棟校舎の屋上に、五つの白い影が舞い下りていた。
「やあ、ヴェルモス、ヘーニル、ローズル、フリーン、リンド。みんな揃ったみたいだね」
ブロンド髪と青眼が特徴的な少年が、並び立つ白い鎧の騎士たちに声をかける。
すると、お互いを見合っては話していた五人の騎士たちは、一斉に居住まいを正し、兜のバイザーの奥に潜む目を少年へと向けた。
真ん中にいる、大剣を持った体格の良い男――声質的に――が、真っ先に開口するなり不満げに問いかける。
「我らを、しかも五人全員をこんな場所に呼び出すとは、いったい何事だ? しかも、 天装はおろか装具でもなく、模造品《レプリカ》など着せて……」
「今日はねー、ボクが手塩にかけて育ててきた戦士たちとさ、戦ってほしいんだよ。あ、でも殺しちゃダメだよ? みんな大事な候補なんだから」
「ならばなおさら、我々五人を呼び出す必要はないだろう? ローズル、フリーン、リンドだけでも十分だ」
大剣の騎士が言うと、その鎧を隣にいた長槍の騎士が、手の甲で殴る。
「おい、雑魚の相手は真ん中より下で十分、とでも言いたいのか?」
すると、大剣の騎士は長槍の騎士の肩を押し退けた。
「はッ! そーだとも! 何故我が戦士候補などという雑魚に手間をかけねばならん?」
「あのさー、改めて言うけど、ここの戦士候補ってボクが選んで育ててるんだよ? それを雑魚って酷くない? ――それとも、このアインを相手取りたいのか?」
少年があらん限りに目を見開き、先ほどまでの穏やかな雰囲気を消し去った。強烈な威圧感が五人を覆いつくす。
言い合いをしていた二人の騎士は、咄嗟に少年に向き直ると、片膝をついて敬礼した。
少年が見た目通りの無邪気な笑顔を浮かべて、ひざまずく二人を見る。
「うん、そうそう。喧嘩は良くないし、あの子たちを侮ってもいけないよ。彼らの中に、君たちに迫る実力者がいないわけじゃ、ないんだから」
「私たち全員が呼び出されたことはさておき、これからどのように?」
盾と剣を携えた、勇ましさを感じる低い女声の騎士が、少年に尋ねた。
「まず今は悪魔型《バフォメット》、骨人型《スケルトン》、小鬼型がいるね。悪魔型はダイゴくんが、骨人型はタイキくんのグループが、小鬼型はサツキちゃんのグループが当たってるんだけど、とりあえず一人――そうだね、フリーン、そこらへんの、タイキくんかサツキちゃんのグループが見えそうなところに立ってよ。それで、戦いが終わったグループの誰かと目が合ったら、立ち退いて。たぶんタイキくんなら、またグループをつくって君らを探すだろうからさ。たぶん四つくらいじゃない? ダイゴくんは一人だろうから、そうだね、フリーン、君は最初の役目を終えたらダイゴくんと戦って。それとヴェルモス、君はタイキくんと戦ってもらうよ。ボクの自信作だから、第一柱の君と当たってほしいんだよね。他は残りのみんなに任せるよ。じゃあ、解散」
「まったく……あの人がなにを考えているのか、よく分からん」
盾と剣を装備した騎士が、学校の屋上、フェンスの外側に立ってグラウンドを見下ろしている。
視線の先に、悪魔型と、それが作り出した黒い沼から現れた、数多の魑魅魍魎を一瞬にして斬り焦がした男がいた。
大瑚だ。
獣のような耽々とした眼差しで、白騎士――フリーンと対峙している。
「さて、そろそろ行こうか。よもや獄《ムスペル》の斧がこんなところに紛れているとは――いや、あれは模造品、でもないか。およそ装具同等の代物だろう」
獄炎を噴き上げたあの一瞬の光景が、フリーンの脳裏をよぎり、要らぬ詮索をした。それを振り払うようにかぶりを振ると、屋上から飛び下りる。
着地とともに、腰の鞘から長剣を引き抜き、切っ先を大瑚に向けて挑発した。
それを見た大瑚は、能面のごとき無表情から、狂喜を滲ませた、卑しい獣の顔を浮かべる。
「ははは……はははははは! はははハハハハハハァッ!」
大斧を両手で担ぎ、高らかに笑い上げながら走り出した。
構えたまま佇むフリーンの頭上から、鋭い殺意が降り注ぐ。体が霞むほどの速度で躱し、踏み込みまでの間に刃を走らせた。
背後で地を打ちつける衝撃音が鳴るとともに、変質的な好奇心が漂う。
「おいおい、霞脚《ヘイズステップ》――いーや、違ぇ。霞躱撃《ヘイズレイド》じゃねぇか。まさか、その甲冑の下、実はシバなんじゃねぇのか? はッ! んなわけねぇか。シバはてめぇよりもぉーっと背ぇ高ぇからな。けどよぉ、なんかよォ、ぞォくぞくすんだよなァ……。へへへ、んへへへへへェ……やァべェ、なァんかシバとヤり合ってる気分になってきちまったァ……」
大瑚の声から艶かしい香りが醸し出され、フリーンは思わず両手を強く握りしめた。もちろん気色悪さを感じたからだ。加えて、これが候補者の一人だということに、強い不満を覚えたこともある。
振り向きざまに、こちらに体を向けている大瑚の胸の中心めがけて、剣先を突き出した。圧倒的な速度と威力は、確かに偉丈夫の胸元を捉えている。
「はははァ……ビックリすんじゃねェか。でもよォ、いいぜェ、昂ッちまうぜェ!」
切っ先は見えざる鎧に阻まれ、肉を貫くことを許されていない。どれだけ押し込めようとも、ただ剣と腕が上下左右に震えるだけだ。
大斧を持った両腕をゆっくりと持ち上げる動きを見て、フリーンはその場から飛び退いた。眼に映る大斧は、刃がほんのりと赤く染まっている。
フリーンを追いかけるように、大瑚が大きく踏み込んだ。艶笑を浮かべたまま、凶刃を勢いよく振り下ろす。
再び飛び退いたフリーンがいた場所に、凄烈な炸裂音とともに亀裂が走った。
――やはり、獄の力か。
勢いよく踏み込むと、横倒しにした8の字の斬撃を叩き込む。左に右に動かした流れで、剣を右肩にかけるように構え、振り下ろす。最後に、左脇に収まった剣を抜き放ち、右上に斬り上げては飛び退いた。
――効いていない。いや、効いている。だが、浅い。所詮模造品と言えども、これは妙だ。
バイザー越しに、細めた冷たい両目で標的を見つめる。
大瑚は四度の連撃を浴びたにも関わらず、微動だにしない。左腕を折り曲げ、即席の筋肉の盾でフリーンの斬撃を受け切っていた。
大斧の刃を見れば、先ほどよりも赤みを増している。かと思えば、ささやかに火を噴いた。
「うらあああああッ!」
赤熱する大斧の横薙ぎがフリーンに迫る。
それに意識が向き、わずかに呆けてはいたものの、怒号が聞こえるとともに太刀筋から軽やかに免れた。
再び大瑚が右薙ぎを狙い、大斧を左肩に担ぐように構える。フリーンとの開いた距離を詰めては得物を振るった。
――【獄葬火】《ムスペルラース》
大斧が灼熱の炎を噴き上げる。悪魔型の大群を焼き払った一撃が、フリーンへと襲いかかった。
――【無破の戦盾】《アイアス》
フリーンの背中に幾何学模様の翼が展開し、前方、右斜め前、左斜め前に無色透明の壁が並び立ち、獄炎を遮った。
――こんなところで使うとは思っていなかったが……。
一帯に広がった炎が鎮火するより早く、フリーンは壁と翼を解く。盾をかざし、剣を後ろに、左半身を前に向けた構えで炎の中に突っ込む。
分厚い火柱の群生を突き抜けると、悠然と佇む大瑚の姿が目に飛び込んだ。そして、不意に大瑚が目を丸くしたように見えた。
神速の踏み込みを発揮して肉迫するや否や、盾を開き、左斜め上に剣を斬り上げる。肉を割く感触が、切っ先から柄を握る手を伝い、全身の感覚へと流れ込んだ。
フリーンの一撃は、今度こそ大瑚の体を切り裂いた。
後ろに二、三歩とよろめいて踏みとどまった大瑚は、胸元についた斜めの傷を手でなぞる。そして、歯を剥き出しにしては妖しい笑みを見せた。
「へへへ……いいねェ。もし、もしシバに斬られたら、こんな感じがすんのかねェ。あァ、たまんねェ。斬られるって、こォんな感じなのかァ。へへへ、ふへハハハハハ。ダメだァ、たまんねェ、早く、早クシバトヤリテェヨォ。シバァ、シバァ、シイィィィィィバアァァァァァァッ!」
大瑚が大斧を握った両手を持ち上げた。
瞬間、その姿が消えたかと思えば、突如フリーンの眼前に現れた。
「フゥンヌアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
真紅色に染まった刃が振り下ろされ、壮絶な爆裂音が轟いた。




