#04 (四)「図書館に入ったことは?」
四
三度も戦った経験があるというのに特別な能力がないことを、湊輔は後ろめたく感じた。
三回目の終盤で現れたあの人物のような圧倒的な強さや、雅久のような壁役として心強い防御力・耐久力とまではいかないまでも、戦力として役立てるような能力や技が欲しいと強く思う。
「あの、さっきみたいなものすごいスピードで走ったり、槍を使って棒高跳みたく飛び上がったりしたのは、荒井先輩の身体能力なんですか?」
ふと有紗が尋ねると、巧聖はニッとほほ笑む。
「あぁ、迅風突《メイストーム》と槍高跳《ハイジャンプ》って言うんだ。あれはどっちもこの空間にいるからできることだよ。現実の俺はただの平々凡々な高校二年生、さ」
「まさか、人狼型の裏拳くらってピンピンしてるのも、先輩の言うところの『この空間にいるからできること』なんスか?」
今度は雅久が巧聖に尋ねる。
「お、良い勘してるねぇ、雅久。そうさ、金剛躯《アダマント》っていうの。受けたダメージや衝撃を軽くしてくれるのさ。まぁ、見えない鎧を着ている、みたいな? しかも静的戦技《パッシブスキル》だから常に機能してるわけ」
湊輔だけでなく、雅久も有紗も驚きの表情を浮かべていた。もちろん、巧聖が特殊な能力を三つも持っていることについて。
「その特殊能力みたいなものって、どうやって手に入れているんですか?」
再び有紗が尋ねる。
「特殊能力、ね。一応、戦技《スキル》って呼び方があるみたいでね。どう手に入るかは、動的戦技《アクティブスキル》と静的戦技でちょっと違うんだよ。静的は個人の潜在的なもので、この空間に来たときから持ってることがあれば、戦っているうちに身につくこともあったりする。ただ、どんなものが身につくかは人それぞれらしい」
自分も戦技が手に入る可能性があることに安堵したのか、有紗の凛とした表情がほんの少し綻ぶ。
「まぁ、静的はそうなんだけど、動的は努力して体得することになっているみたいなんだよね」
つまり、自分の意志とは関係なく身につくわけではないということだ。
「あのさ、この空間に来た直後――そうだな、敵が現れるまでの間って、三人ともこれまでどうしてた?」
巧聖が唐突に話題を変えた。聞かれた三人は「なぜ今そんなことを聞く?」みたいな表情を浮かべる。
最初に口を開いたのは雅久だ。
「俺は……これまで四回ここに来たんスけど、最初は訳が分からないから教室で机に突っ伏して寝てたッス。二回目からは校内うろついたり、三回目は湊輔と一緒になったんで軽く話してたり、みたいな」
巧聖は雅久の話を目線を動かさず、無言でうんうんと相槌を打ちながら聞いていた。
雅久が話し終えると、次は有紗に顔を向ける。
「私も似たようなものです。ここに来た経験は今まで二回、今回が三回目になるんですけど、知り合いに会うことはなかったので校内をぶらついていました」
雅久のときと同じように巧聖は無言で有紗の話を聞き入り、終えると湊輔に顔を向ける。
「俺も、雅久や泉さんと似たような感じです」
「なるほどな。ま、俺も最初の頃はそんな感じだったなぁ。でさ、この空間の図書館に入ったことは?」
巧聖は再び三人に唐突な質問を投げかける。脈絡のない質問が続くことに不思議がる三人。またも雅久が真っ先に口を開いた。
「図書館って、校舎の横にある、あの図書館ッスか?」
湊輔たちが通う高校の学校図書館は、校舎内の一室ではなく図書館棟として、校舎の南側にある古い木造建築の建物が使われている。
湊輔が高校入学後、生徒会役員の先輩たちに学校の敷地を案内されるレクリエーションが行われた際に入ったが、古めかしい外観の割に内観は昨今のカフェのような小綺麗で洒落っ気のあるものとなっており、圧倒的な蔵書の物量に目を見張った。
「そう、そこそこ。不思議なことにね、図書館には戦技について書かれた本がいくらか置かれていてね。といっても、外見は普通の本なんだよ。普通の外見をしているのに、開いたら戦技についてあれこれ書かれている、みたいな。ただ、ここに来るたびにどの本になんの戦技について書かれているかはランダムでいつも違うってのがね。だから俺はたまにここに来たらすぐに図書館に行ったりしてる。……今回はたまたま敵が出た場所と近かったから行けなかったけど。迅風突も槍高跳も図書館でやり方を知って、何回か試していたら自然と使えるようになった、と。――さて、休憩はこれくらいに、そろそろ行こっか。もし動的戦技が欲しいなら余裕あるときに図書館に行ってみるといいよ。――じゃあ雅久、人狼型は今どこにいるかな?」
巧聖は少し長めの講義を終えると、雅久に感知を促して人狼型の居所を尋ねる。
雅久はフェンスを背にして目を見張り、上に下に動かしながら視線を左から右へとゆっくりと動かす。
「えぇっと……いた。体育館ッス」
雅久の目が人狼型のシルエットを捉えたことを確認すると、巧聖は意気揚々と「よーし、行こう」と言って先に歩き出した。
湊輔、有紗、雅久の三人は巧聖の背を追うように屋上を後にする。
――図書館、か。もし今度来ることがあれば、行ってみるか。
湊輔は自分になんの戦技もないことに後ろめたさを感じていた。だからもし次にこの空間に来る機会があれば、真っ先に図書館に足を運ぼうと決心した。




