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#28 (一)「やる気満々じゃーん?」

 



     一




 数多(あまた)の死霊の類との戦いから数日後の昼休み、悠奈(ゆうな)は一年B組の教室で友人らと机を合わせて昼食を食べていた。


「それでさ、この前彼氏がさー」


「あー、それはないよねー」


「分かるー」


 話題はとある友人の恋愛に関すること。その友人は、恋人のここがいい、ここが嫌だ、この前どんなことをした、などの話を繰り出し、もはや独壇場となっている。やがて、彼氏は欲しくないの? とか、どんなタイプが好みか? などの話題に移った。


「ねぇ、悠奈はどうなの? てか、好きな人とかいないの?」


 特に話の間に入ることをせず、弁当の中身を箸でつまみ上げては口の中に放り込み、咀嚼(そしゃく)しては飲み込むを繰り返していた悠奈に、友人らの視線が一斉に集まる。


「……好きな人、かぁ。特には――」


 唐突に颯希(さつき)の屈託ない笑顔と、先日美術室前でされた激烈なスキンシップを思い出し、ほのかに顔を赤らめて(うつむ)く。


「えー! もしかしているのー?」


「ねぇ、誰? タメ? 先輩?」


 先輩、の一言を聞いた途端、悠奈の心臓が跳ねた。視線を落としたまま、咄嗟(とっさ)に弁当のそばに置いてあるマイボトルに手を伸ばして持ち上げる。中に入っているお茶をあおって、(たた)きつけるような勢いで机に置いた。


 その瞬間、周囲のあらゆるものが消えた。悠奈の周りにいた友人らに、教室の中にいたクラスメート。机の上に広げられている弁当や、横にかけてあるバッグなど。様々な色彩に染まっていた風景がモノクロの世界へと変貌(へんぼう)した。


 悠奈のすぐ後ろで、重々しい音が間髪入れず二回鳴る。先ほどの動悸(どうき)の激しさはどこへやら。ゆっくりと振り返って見下ろすと、中世ヨーロッパに普及していた(よろい)のような、籠手(こて)と腕当が組み合わさった形状の、鉛色に染まった手甲(てっこう)が二つ転がっていた。


 椅子から立ち上がり、それを持ち上げると慣れた手つきで両腕に装着する。掌を握ったり開いたりする掌握運動を数回繰り返し、両手の手甲同士を打ちつける。この異空間に招かれて、二回目以降からこれが悠奈のルーティンワークになっていた。


――どうしよっかな。誰かを探そっか。……そうだ、図書館。


 前回、陽向(ひなた)剣佑(けんすけ)とともに図書館で戦技《スキル》を探そうとしたところ、敵の出現で結局流されてしまったことを思い出した。教室を出ると、足早に階段を下りては昇降口を目指す。というところで、進路をA棟校舎南側にある食堂へと進路を切り替えた。


 昇降口はA棟校舎北側にあるが、南側の階段を使って下りたため、それなら食堂から外に出るのが速いと判断したからだ。


 食堂から外に出ると、すぐそこに図書館がある。正面の扉を開けて中に足を踏み入れた。モノクロに染まっても、内観は小綺麗(こぎれい)洒落(しゃれ)っ気のある雰囲気が漂っている。


 いくつも並び立つ本棚の、向かって左端の列のそばに立つと、右手の手甲をはずして左の脇に挟む。本を一冊取り出してパラパラとめくってみるものの、中身は普通のそれだった。戦技が書かれている本はいつもランダムで、どれになにが書いてあるかは分からないという剣佑の話を思い出し、取り出した本を元の位置に戻すと、すぐ隣の本を手にとる。


 これもまたハズレだった。普通の本で、戦技についてはなに一つ書かれていない。


 ――これ、全部探してたらキリがないよね……?


 本棚に所狭しと並ぶ書籍の数々を目でなぞり、嘆息を漏らした。


 すると、図書館の正面の扉が開かれる音が聞こえた。反射的にそちらを見ると、見慣れたクラスメートの姿がある。


「お? 佐伯(さえき)さん?」


 ツーブロックのアップバングが爽やかな印象で、一七〇を超す長身、バレーボール部に所属している我妻(あがつま)雅久(がく)だ。


「我妻くん……おっきい盾だね」


「おぅ、でけぇだろ? のろそうに見えても割と好評な壁役だぜ?」


 雅久は得意げに笑うと、左手に携えている大盾を小さく持ち上げた。そしてそれを壁に立てかけると、悠奈の手元に視線を落とした。


「佐伯さんのは……なんて言えばいいんだ? 籠手?」


「んーとね、籠手と腕当がくっついてるから、あたしは手甲って呼んでるよ」


「そっか、手甲か。ちなみに、ここに来てるってことは、佐伯さんも戦技探し、でしょ?」


「うん、この前――あたし、これが四回目なんだけど、この前C組の陽向くんと二年の先輩の日下(くさか)さんと一緒に探そうとしたら、敵が来ちゃってダメになっちゃったから……」


 雅久は尋ねながら、先ほど悠奈が戦技探しに取りかかっていた本棚に歩み寄り、一冊取り出してはさっくりめくって眺めて閉じた。元の位置に戻して、次の本に手をかける。


「日下先輩か……。あの人のあれ――そう、竜巻舞《ダンスオブデストラクション》、すげぇんだよな。佐伯さんは見たことある?」


「うん、一回だけ。……その直前に、日下さんに踏みつけられたけど」


 群がる骨人型《スケルトン》たちを飛び越えるため、剣佑は身を屈めた悠奈の背中を踏み台にした。それを思い出し、悠奈はなんとも複雑な気分という表情を浮かべる。


「ははは、なんかよく分かんねぇけど、(ひで)ぇなそれ」


「笑いごとじゃないよ、もう……」


 悠奈は雅久とは反対側の棚の本を漁っている。すでに五冊は目を通したが、戦技が書かれているものを引き当ててはいない。


「そういや、C組の陽向もここに来てんだ?」


「うん、この前あたしと一緒になったときが初めて、だったみたい」


「へぇー……あいつの武器は?」


「バスタードソードっていう両手剣だったよ」


「両手剣か。全然似合わねぇってか、そもそもまともに振れんのか?」


「一応、日下さんにレクチャーを受けてたし、屍人型《アンデッド》を何体か倒してたかな――あッ……」


 一二冊目で、他とは中身が異なる書籍が見つかり、悠奈は思わず声を漏らした。


「お、見つかった? 俺にも見せてよ」


 悠奈が本を開いてまもなく、本棚を迂回(うかい)して雅久がやってきた。


 その中に書かれていたのは、敵の攻撃を突き出した盾で弾いている人型の図だった。


「これ、我妻くんにピッタリじゃないかな?」


「ん? ――反衝《リジェクト》、か」


 悠奈に本を手渡された雅久はそれを受け取ると、そのページに視線を何度も往復させる。


 その間、悠奈は戦技探しの作業を再開していた。やがて六〇冊をめくり終えた頃、再び戦技が書かれている書籍が見つかった。


「どーしたの? もしかして見つかった?」


 反衝の書籍を見終えた雅久が、手に持って開いたままの本に視線を落として固まっている悠奈に話しかけると、悠奈は無言で小さく(うなず)いた。


 開かれたページに目を向けると、敵に両の拳を左右交互に何度も打ちつける人型の図が描いてある。


「無心千衝《サウザンド》……」


 戦技の名前はどこにも書かれていない。だが、それを見た悠奈の口から無意識に無心千衝の名が漏れた。


「これってつまり、敵を殴り続けるってことでしょ? 佐伯さんの武器にはピッタリじゃん?」


 悠奈がそのページを読み込んでいると、またも図書館の正面扉が開いた。思わず二人はそちらを見る。すると、制服を着た二人の男女が入ってきた。


 先に入ってきた男子生徒は雅久ほど身長は高くない。無造作なショートヘアの前髪の下には、細長の糸目が据わっている。左手に握っているのは、全体が緩いS字カーブを描いた、(さや)に収まった刀剣。湊輔(そうすけ)と同様に片手剣を使うらしい。


 その後ろから入ってきた女子生徒は、側頭部の両側で結んでウェーブがかかった、桜色のロングツインテールが一際目を引く。前を行く男子生徒と変わらない程度の身長で、左手には小型の円形の盾――バックラーをつけ、右手には(やり)を、先端の穂先に鉤爪(かぎづめ)がつけられた鉤鎌槍(こうれんそう)という類のそれを持っている。


「よお、お()ぇらも戦技探しってやつか?」


 悠奈と雅久に歩み寄りながら、糸目の男子が問いかける。それに雅久が答える。


「えぇ、まぁ、そんな感じッス。あ、俺、我妻雅久ッス」


「佐伯悠奈です。お願いします」


「おー? 礼儀いいじゃねーか。俺らが先輩だって分かってんな?」


「そりゃもちろん、上着のポケットの色ッスよ」


 今しがた図書館に入ってきた二人の制服の胸ポケットには、緑色のラインが引かれている。雅久はそれを見て先輩だと、二人が二年の生徒だと理解していた。


「ねー海都(かいと)、図書館なんていーから早く敵探そーよー。戦技なんていーじゃん」


「そう言うなって。シバさんも言ってただろ? 戦技が多けりゃ多いだけ有利に戦えんだから、暇があれば図書館で本漁れって。――おっと、そういやそうだ。俺は寺沢(てらさわ)海都。そんでこっちのギャルが丸山(まるやま)明咲(めいさ)。ほら、明咲、挨拶だ。シバさんも言ってただろ? 初めてあった味方にゃ自己紹介してお互いのことを知っとけってな」


 海都は駄々をこねるギャルをなだめて二人に自己紹介をすると、明咲にもそれを促す。


「ハーイ、明咲でーす、よろー」


 どこか()ねたようにそっぽを向きながら言う明咲。


「あの、もしかして丸山さんって、モデルとかしてます?」


 悠奈が控えめに尋ねると、明咲は気だるそうな表情から一転、無邪気な笑みを浮かべて悠奈を見る。


「アッタリー。高校生モデルの、咲楽崎(さくらざき)メイサ、でーっす。なになに? モデルとか興味あんの? ――えっと、悠奈、だっけ」


「すみません、私はあんまり興味ないんですけど、友達がよくSNSを見てて、たまに見せられたりしてて……」


「ねー海都ぉ! あたし後輩にもファンいるんだけどー!」


「はいはい、そーだな、その通りだな。良かったな。――悪いな、こいつ、自己顕示欲と承認欲求が鬱陶しいくらいに高ぇから、モデルの話されると、こうもウザくなるんだ」


「えー! 鬱陶しいとかウザいとか酷くなーいッ?」


 明咲に背中をバンバン叩かれながら、海都はうな垂れてため息を吐いた。


 明らかに人目を引く桜色のロングツインテールにバリバリのギャルメイク。一六〇を越している身長と、短い丈のスカートから伸びる長い足。明咲の、海都(いわ)く自己顕示欲と承認欲求の高さは、それを目の当たりにしている悠奈と雅久には酷く納得できた。


「それで、どうします? 戦技探すんなら俺も手伝うんスけど?」


「あ、あたしもお手伝いしますよ」


「おぉ、そっか。そりゃ助かるわ。こいつと一緒にいるときは毎度毎度俺だけに探させやがるからな」


「いーじゃん、海都だって好きにやってるんだしー?」


 そして四人もとい三人――明咲は槍を置いて盾を外し、机に突っ伏し始めた――は、それぞれ本棚を分担して戦技探しに取り組み始める。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 だが、五分としないうちに作業は中断せざるを得なくなった。


 突如として重低音の咆哮(ほうこう)(とどろ)き、四人の鼓膜を震わせた。それだけでなく、図書館の窓ガラスや扉、本棚が小刻みに揺れる。


 雅久は壁に立てかけていた大盾を持ち上げ、悠奈は右手に手甲をはめる。海都は明咲が突っ伏す机に置いていた剣を取り、明咲は起き上がって盾を左手につけて鉤鎌槍を握った。


「ヤロウ、体育館の上ッス!」


「雅久、お前感知《ソナー》持ってんのか? こりゃ便利だ」


 雅久が感知で敵の姿を捉え、三人に告げると、一斉に裏の出入口から外に飛び出して、グラウンドに向かった。


 四人はグラウンドに踏み入るなり、体育館の屋根にいる、威風堂々とした立ち姿でグラウンドを見下ろす異形を捉えた。悠奈と雅久はその姿を目にして、思わず固唾(かたず)()んだ。


 ライオンの体にサソリの尻尾。肩甲骨のあたりから腰に渡って生えて垂れ下がる、黒く太い三対の帯。そして最も異彩で異質な特徴が、頭だ。人間の男性のような顔がたてがみの中心に据わっている。


「なんスか、あれ……」


「あー、あれはな――」


「獅子型《マンティコア》……」


 海都が言うより早く、悠奈が(つぶや)いた。ファンタジーもののゲームが好きな悠奈は、体育館の屋根に立つ異形の姿形によく似た生物を知っていた。


「そうだ、あれは獅子型。大型サイズの化けモンさ」


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 再び獅子型が、人間の顔の口をあらん限り開き、重低音の咆哮を轟かせる。体育館の壁に設けられた窓ガラスがガタガタと音を立てる。


 そして、悠奈と雅久はその大音量と振動に、(たま)らず耳を塞いだ。海都と明咲も(わずら)わしそうに顔をしかめながら耳に手を当てている。


 獅子型がその場から飛び立ち、グラウンドへと、悠奈たちの前へと降り立った。ネコ科の体をしているわりには、その着地はとてもスマートとは言えない。着地の瞬間にドスンと重々しい音を立てるとともに、大地をわずかに震わせた。


 着地の瞬間にわずかに下がった石膏像(せっこうぞう)のような顔を上げ、その瞳なき眼が四人を見据える。


「さーて、一丁やりますかー」


 海都が鞘から片手剣――柳葉刀を引き抜く。


「あれー、海都やる気満々じゃーん?」


「当ッたり()ぇだ。泰樹さんも言ってただろ? 後輩が初めて戦う敵には、先輩が前に出て戦えって。敵の動きをよーく見せて、頃合いを見て前を任せろって。――よう、一年の後輩どもぉ。よーく見とけ。コイツがどんだけクソッタレなネコ野郎だってことを、なぁッ!」


 背中を向けながら悠奈と雅久に泰樹の受け売りの言葉を呈すると、海都は右手に柳葉刀を順手に、左手に鞘を逆手に持って構えると、体高二メートルを超える彫像顔の獅子に向かって駆け出した。

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