#10 (四)「誰から聞いた?」
四
病院に向かって右側、敷地の出入口から数えて二つ目のベンチに、湊輔と雅久は腰かける。
「なぁ湊輔ぇ。俺ら助かったけど、こうやってベンチに座らせるってことは、まだなんかあんのかなぁ? 説教されんのかなぁ?」
完全に弱腰の雅久がぼやく。
「さぁ、どうだろうな? ――あっ」
ベンチに腰掛けて二、三分経っただろうか。泰樹が病院から出てきて二人に歩み寄ってくる。
「コーヒーでいいだろ? お前ぇらの好みなんて知らねぇから文句言うな」
そう言って泰樹は手に持った缶コーヒーを湊輔と雅久に手渡す。
二人がお礼を言おうとすると、またも遮るように泰樹が先に話し出す。
「そういや、お前ぇらの名前、知らなかったな。俺の名前は知られてんのに、お前ぇらの名前は知らねぇってのは気分悪ぃ。おい、名前は?」
まず先に湊輔を見る。
「遠山湊輔、です」
続いて雅久を見る。
「あ、我妻雅久ッス」
「遠山と我妻、か。そうか」
泰樹は二人を手で払うように両側にどけると、空いた真ん中のスペースに座り込む。
「あの、改めて、色々助けてもらったり教えてもらったりして、ありがとうございました」
湊輔はすかさず泰樹に体を向けてお礼を言い、頭を下げる。
「ホント、律儀なやつだな。わざわざこっちで直接お礼を言いに来られたのは初めてだ」
泰樹が缶コーヒーの蓋を開けて、一口飲む。それを見て湊輔と雅久も蓋を開けて一口飲んだ。
「なぁ、遠山。お前、翼人型の後、特に戦技を覚えてないって言ってたよな?」
「え、えぇ、まぁ。というか、戦技なんて一つも持ってなかったです」
「それ、ホントか? あの人狼型にやられそうになったときの動き、突きを躱してから破突、抉牙まで、やけに慣れてなかったか?」
昼休みの雅久と似たようなことを、泰樹は湊輔に問いかける。
「えっと、どうなんでしょうね。昼休みに雅久にも言われたんですけど、正直自分でもよく分からないんですよ」
湊輔が答えると、泰樹は「へぇ、そうか」と呟いてコーヒーを飲む。
「それでも、破突と抉牙のやり方は分かっただろ? あとは必要なときにいつでも使えるようにしとけ。――それと、我妻」
唐突に呼ばれた雅久は、思わず背筋を伸ばして緊張を露わにする。
「お前、人狼型と戦ったのは今日で何回目だ?」
「に、二回目ッス」
「そうか。二回目にしてはアイツの動き、よく分かってたな。壁としても上手いほうだ」
「あ、あざッス!」
「アイツが追い詰められるとブチ切れるのも、跳んで後ろに行くのも、分かってたな」
「うッス! てか、柴山先輩も分かってたからあのとき後ろに下がったんスよね? 流石ッス!」
「別に褒めるほどでもねぇだろ。何度も相手してりゃ、嫌でも分かる。まぁ、二回目であれだけ動けたのは上出来だ」
「あざッス!」
「ただ、もしまたアイツとやり合うとき、慣れているやつのところに跳んだら、慣れてないやつの近くに着け。今回の遠山みたく、慣れてないやつが不意を突かれたら一発でやられるからな」
「……りょ、了解ッス」
あの一瞬を思い出したのだろう。雅久の返事は途端に弱々しくなった。
泰樹の話を聞いて、湊輔の脳裏にふとある疑問が浮かんだ。
「あの……もし最初から慣れてない人を狙ったら、どうすればいいんですか?」
「……アイツの奇襲は絶対に強いやつから順に狙う。ヤロウ、こっちの戦力ってもんを良く見てやがる。どいつが強くて、どいつが弱ぇか。陣形を引っかき回して弱ぇやつがあぶれた途端、そいつを狙う。もう何十体とやり合ってきたけどよ、それだけは変わらねぇ」
湊輔は思わず目を見張った。
泰樹の人狼型との戦闘経験の数に対して。
またも疑問が浮かび、問いかける。
「もしかして先輩、俺たちみたく入学したときから戦ってるんですか?」
「いや、俺が戦い始めたのは二年の六月あたりからだ。週三、四くらいやってたな。今はそれほどでもねぇけど」
「え……」
「マジッスか……」
湊輔と雅久は絶句する。
今の二人のスパンは週二回、少なくて週一回といったところだ。
その倍近い数戦い続けてきていたことに、そして、一年足らずであれほどの驚異的な実力を身につけたことに二人は驚かされた。
「去年の六月あたりってことは、一年くらいであんだけ強くなったってことッスよね? どうやったらあんだけ強くなれるんスか?」
泰樹は少しばかり口を開くが、言い淀んで閉口し、目を細める。
コーヒーをあおって、両肘を両膝に乗せるように屈んで「ふぅー」と息を吐いて、
「……とりあえず、図書館に行って、本を漁って、戦技を探せ。誰かが使ってる戦技で、真似できそうなのがあれば、見て盗め。あとは、ひたすら隙をついて、試せ。この一年で色んなやつが巻き込まれて、色んなやつが色んな戦技を使ってる。俺の最初の頃より、お前ぇらは戦う機会は少ねぇけど、だからこそ、貴重な機会を、活かせ。それと、無理はしても無茶はするな。死にに行くような真似はやめとけ。やめろ。とにかく、生き残れ」
湊輔と雅久には目もくれず、ひたすら前を見て、噛みしめるように泰樹が話す。
その間二人は、まるで戒めているように話し続ける泰樹の横顔に、目が釘づけになっていた。
泰樹が話し終えると、刹那の沈黙が漂う。
そして、湊輔が切り出した。
「あの、先輩って、なんで戦ってるんですか? いや、なんで俺たち、戦ってるんですか?」
すると泰樹は目を閉じてうな垂れて、少しの間を置いた後、顔を上げた。
「さぁ……なんでだろうな? なんでだと思う? 俺は分からねぇ。分からねぇけど、戦ってる、いや、戦わせられてるのは俺だけじゃねぇ。同じ学校のタメとか下のやつも戦わせられてる。戦ってる以上、痛ぇ思いはしたくねぇ。それに、一緒に戦ってるやつらが痛ぇ思いしてるような、嫌な光景見せられて、嫌な思いもしたくねぇ。こういうのって、黒幕がいるもんだろ? でもその黒幕は、今まで一度も姿を見せてねぇ。だとしたら、黒幕が出るまで、戦うしかねぇ。 生き残るしかねぇ、だろ?」
途中から泰樹の口調が強くなり、あのすごみのある声になっていた。
湊輔としては、泰樹が一緒に戦う味方のことを思って戦っていることが意外で、驚きつつも尊敬の思いを抱いた。
雅久は「スゲー、ヤベー、カッケェー」みたいな感じで眼を輝かせながら、感激している。
「はッ、柄にもなく語っちまったな」
「いえ、そんな……ありがとうございます。なんか、柴山先輩って見た目と中身が釣り合ってないって思いました。……あ、すみません」
「……あぁ、理桜――俺の妹とか、ダチとかにもたまに言われる」
「そういや、さっきまで一緒にいた女の子って、妹さんッスか?」
湊輔としても、それは気になっていた。
「あぁ、そうだ。妹の理桜だ」
「歳いくつッスか?」
「一五、中三だ。うちの高校を受験するらしいから、受かったらお前らの後輩になるな。……我妻、お前、理桜に興味あんのか?」
興味あるとは、はたしてそれはどういう意味で、だろうか。
どことなく泰樹の目つきが鋭くなり、威圧的な雰囲気が漂っている。
「い、いや、そういうわけじゃないッスよ、いやホントに。ただ、遠目に見て可愛いなーって……」
「てめぇ……」
「ひッ!」
なにを思ったか、泰樹が突然雅久の襟をつかむ。
だが、すぐに離すと持っていた缶を足元に置き、胸の前で腕を組んで空を仰ぐ。
「そうだな……兄の俺から見ても中の上、いや、上の下、いやいや、上の中と言ってもいいぐらい容姿はいいな」
その様子を見て、湊輔はふと思った。
――あれ、この人なんか変なスイッチ入った?
そこで、雅久に便乗してみる。
「へぇー、妹さん――理桜さん、でしたっけ? 先輩から見てどんな性格の子なんですか?」
「ん? そうだな……ちょっとワガママだな。歳も歳だから反抗期なんだろうな。素直じゃねぇ。最近はモコネコってガチャガチャのシリーズ集めんのが好きで、俺が一緒にいると俺にばかり回させる。俺のほうが引き運がいいらしい」
「そういえば、さっきスーパーのところで回してたのって、それッスか? めっちゃ回してたッスよね?」
「あぁ、やっぱ見てたか。そうだな、十回くらいだな。最後に銀色の――というかあれは灰色、明るめの灰色だと思うんだが、レアなのが当たってな。かなり喜んでた。と言っても、今日ので三つ目なんだけどよ。観賞用と保存用、あと布教用、で三つ欲しいとか言ってたな」
――布教用、というか、見せびらかすために持ち出すってこと、だよな。
湊輔はそう考えたが、あえて口に出さなかった。
「レアなものを三つって、かなり回したんじゃないですか?」
こくりと泰樹が頷く。
「あぁ、たぶん百は超えてるな。おかげで理桜の部屋はモコネコだらけ、置き場がないからって俺の部屋にも飾りやがる。しかも店のカウンター――あぁ、俺の実家、喫茶店をやっててな、カウンターの端にもいくつか置く始末だ」
――撤去しないのかな? いや、撤去しないんだろうな。
微笑ましい兄妹仲に、湊輔は思わずにやけそうになるが、堪える。
「先輩、なんだかんだ言いつつ妹さんと仲良いんスね! そういや、先輩ってシスコンだって聞いたんスけど、ホントッスか?」
――げっ!
「おい、雅久!」
湊輔は顔を引きつらせて、調子に乗り始めた雅久を諫めようと身を乗り出すが、
「おい」
本日二度目の、凄みを感じる、低くハスキーな声による一言が場を制した。
再び泰樹が雅久の襟をつかみ、詰め寄る。
「……我妻、それ、誰から聞いた? あ?」
「あ、あらい、荒井先輩……ッス」
泰樹の剣幕に気圧され、雅久は絞り出すように答える。
それを聞くと、泰樹はゆっくりと手を離して元の位置に座り直す。
「はぁ……まったく、荒井のやつめ。いや、荒井に限ったわけでもねぇけどよ。……ま、傍から見ると、そういう風に見えるんだろうな」
泰樹の表情に影が差した、そんな風に湊輔の目には映った。
そして湊輔の脳裏をなにかがよぎる。
はっきりとはしないが、湊輔は以前こんな光景を見た。急に表情に影が差す人の姿を。
そして湧き出すように、感覚的な記憶が蘇る。
こういった人は、過去になにか抱えている、ということを。
「先輩、昔、妹さんとなにかありました?」
驚きの色を滲ませた表情で、泰樹は湊輔に顔を向ける。
「……なんでだ?」
「……なんとなく、です。いや、今の先輩みたいな顔する人って、過去になにかあった人が多いんですよ。あくまで個人的な経験則ですけど」
泰樹は再び閉口して、斜め上を見上げて静止する。なにか逡巡しているようだ。
湊輔は――反対側に座る雅久も――ただ待つ。
なにか語りたそうで、でもどうしようか迷っている泰樹の気持ちが定まるまで、なにも言わずに待った。
「――そうだな」
泰樹は顔を下げて、すごみなどない、やんわりとした口調で優しく沈黙を払う。
「あれは理桜が小一、俺が小五のときだ」




