CASE:3 内藤蛍 2/3
「真白、進路は?」
「んー?私、高校行かないって言ってきた」
「そか。真白がそれでいいって言うなら文句は言わないよ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
それはいつも通りの会話だった。
陽が意見を聞き、真白が述べ、また肯定する。
共に「害のあること、行動をしない」とーー簡潔に述べればヘタレにヘタレているのでーー否定することができないのだった。
「あ、でも……」
真白は言いにくいようにした後、口を開いた。
「癒し屋のことは学びたい、って思った。お兄ちゃんはヘッポコでも祓い屋としての力を持ってるんだから、だったら私は癒し屋の力を持つべきかな」
『ヘッポコ……ふふっ……ヘッポコ……』
ヘルの笑い声は無視して、陽は質問する。
「癒し屋を学びたいだけで、癒し屋にはなりたくない、そう解釈していいんだな?」
「うん。だって離れるもの。離れるのは嫌、絶対絶対に」
その言葉を聞いて、陽は思案を巡らせた。
ーー癒し屋といえばエリートの中から選別された超エリート集団。そこから学びたいといえばそれは完全に情報漏洩だろう。一人だけ伝手があるが、それでもOKを出せるとは思わないほうがいいだろう。ダメなら仕方ない、学習書でも買ってこようーー
一通り巡らせた後、
「わかった、可能性は低いけど、なんとか出来るかもしれない。ダメだったらその時だ、ごめんな?」
「謝らなくていいよ。私のわがままだもの」
その後、友人に電話したら二つ返事で了承をもらえて「まじで……マジで!?」という声が家に響いた。
赤髪と、厳とした表情。すこし彫りの深い顔も、日本人離れした顔だな、そう考えられる。
「今日から家庭教師をやらせていただく、内藤蛍です。気軽に『ケイ』とお呼びください」
『あなたが噂に聞く『ナイチンゲールの力を引き継ぐ者』のケイさんね?』
「……?貴方、どこから声出してるんです?」
真っ先にヘルが言葉を発したせいで、ケイは混乱してしまった。
「あー、ごめんなさい、えー、俺の名前は白石陽。さっき声をあげたのが北欧神話の冥主ヘル。契約として俺の体の中に入ってる。一人の体に二人の精神がいると思ってくれ」
「解離性同一障害?」
陽の解説がよくわからなかったのか、病気と判断したようだ。
『いやー、その反応、ナイチンゲールだねぇ。呪われてはいないようだけどサ』
「……いや、声が全然違う。本当に別の誰かが入っているようね……」
解離性同一障害なら声音は変わっても本質の声は変わらない。
しかし、ヘルの声は完全に女性だ。対して陽の声は男性。
ゆっくりと咀嚼するように、ケイは理解しようとしていた。
「そういえば、私が『ナイチンゲールの力を引き継ぐ者』っとはどういうことなのですか?ヘル?」
『魂の形質によるものよ。例えば探偵の中で有名な人、といえばシャーロック・ホームズよね。そのホームズの形質に似た魂は似たような力を持つことがあるの。貴方も同じ。貴方はナイチンゲールの魂の形質に似てるのよ』
その言葉に、真白が質問をする。
「……ホームズって架空の人物よね?どうして架空の人物の魂の形質?がわかるの?」
『逆なら、通じると思わない?』
逆?と皆が首をかしげる。
『探すことに長けた能力を持つ人ならそれこそ世界中に何人もいる。数え切れないほどにね。その中で最も有名な存在で固定される。だからホームズが選ばれたってわけ。ホームズの魂の形質を能力者の平均と定めた。だから架空の存在の魂がわかるの』
その説明に、ケイは納得した。
「つまり『医学及び医学に関連する能力』に関連する、最も有名な存在……たしかに、ナイチンゲールが該当するのもありえるのかもしれない」
『唐突にごめんね、ほら、家庭教師なんでしょう?真白の部屋でやってなさい』
そう言って、ヘルは陽の体を使って二人を部屋に押しこんだ。
それからほんの少したち、陽は温めのコーヒーを淹れた後。
「……ヘル、ああいうのわかるんだね」
そう呟いた。
『まあ、私は冥界の主ですし。魂の理解は必要なのよ』
少しおちゃらけた口調で返した。
『あんたは私と契約した。契約すると、その存在の魂に近くなる。だから力を貰える。けど魂の形質が似てるからあんな風に能力を持ってしまう人もいる、この世っつーのはかくも面倒なものか』
「俺とヘルが契約したのは俺が死産で冥界に落ちてきたから、だよな。他の契約者はどうなんだ?」
『私の場合は単純にヘルヘイムから出てなかっただけ。基本的に人間の場合は物心ついた時くらいに契約が行われるの。その分あんたは特殊ね』
陽の問いにヘルは答える。
「……それでも、弱いんだよな……」
『まあ……それはね?天才というか、天災というか……災難であることには変わりないか……』
会話してるうちに、陽は疑問を持った。
「なあ、ヘル。もし契約した存在が武神や闘神、戦神のような、『戦うためだけの存在』なら、強くなるっていうのはあるのか?」
『微妙。たとえばそういう存在が『常に勝利し続けたもの』なら強くなる確率は高いけど、ここ一番でぼろ負けした奴はどうなるかわかんない。フレイとかその辺り?あいつラグナロクの時に大切な武器持ってなかったから負けたの。ーーそういつ奴と契約したら、同じように此処一番で負けるかもね』
ヘルは陽の疑問に対して的確な回答を返す。
「……もしかして、同じ末路を辿る可能性もあるのか?」
『そこまではわからない。けど同じような事例はあったことは言っておく』
「そうか。……ありがとう」
そのような会話をしてるうちに、二人が出てきた。
少しだけケイは青ざめているが、それ以外は健康的だ。
ーーおそらく、真白の言葉に凍りついたのだろう。陽はそう考えた。
そんな思案は片隅に置いておくことにし、しっかりとした話に移る。
「ケイさん、俺と真白はこれから祓い屋でも癒し屋でもない、対オカルト組織を立ち上げる予定なんだ。ケイさんを癒し屋担当の一人として迎え入れたい」
「ふーん……それは私にとっての利点はあるの?」
「一つは研究室を作ろうと思う。薬品の研究やオカルト障害、オカルトから来る病気なんかを研究できるように整えようと思う」
その言葉に、ケイは少し反応した。
「次に、給料やら何やらの話なんだが、これは少し特殊でね。住み込みが前提なんだけど、俺と真白のお金を自由に使っていい。と、言うのも、真白はなぜかお金を稼ぐ能力が高いんだ。なぜか……な。だからとんでもない金額を一気に使わない限りは、お金に困ることはないんだ」
「それはつまり、給料という概念はないのね?」
「ないね。だけど個人的にお金が欲しいならどっちかに言ってくれれば、用意するよ」
「研究に使う物の料金や光熱費なんかも?」
「そうだね。多分最初は億単位で消えると思うけどね」
ケイにとっても悪くはない話になると陽は考えた。
研究設備が整ってることも含め、一人で研究できるのもいい。
しかし、もう一声欲しい。そう思っていた矢先だった。
「あ、ケイさん、これ、今日の謝礼です」
そう言って渡された、非常に厚みのある封筒。
失礼だと思いながら中身を確認すると……
「……沢山の……諭吉さんっ……!」
研究やら何やらでほとんど消えたお金が帰ってくる金額。
「……わかりました、内藤蛍、あなたたちの癒し屋の一人として、働かせてください!」
「よっし!癒し屋は二人とも優秀だし、これで癒し屋は完璧だな!」
最初から作戦立ててはいた。
揺らぐ可能性があるから、謝礼は多めに払ってみよう。
その提案を二人で考え、結果として成功したので、陽と真白は目を合わせ、微笑んだ。