CASE:1 白石陽 2/2
彼が10になる頃、夢の中である女性と出会った。
右半身は磁器のような白い肌を、しかして左半身は黒く、腐敗してるかのような体。
左目は紅く光り、右目は碧く光る。
彼女は笑いかけた。
「やあ。君のお母さんとは面識あるけど、君とは『初めまして』だね」
陽は一言、
「初めまして」と返すのみだった。
「大丈夫、私は君を10年みて来たからね。君の中から」
「あなたが、俺の中に……?」
疑問のように呟いた一言に彼女は
「君のお母さんは、死んでいた君を復活させることを条件に、君の中にいさせてもらってるんだ」
彼は母さんが言っていた、「助けてくれた人」が彼女であると理解すると、
「助けてくれて、ありがとうございます」
「いいんだよ、君の事を私は気に入ってるからね」
そう言う中に一つの質問が浮かんだ。
「あなたの名前は?」
「私かい?私の名前はヘル。知っているかな?」
ヘル。あまり聞きなれない名前だった。
「有名人?」
「ハハハ、確かに私は有名人だ。だけどテレビやラジオなんかで出てくるような物じゃなくてね」
その言葉に続けて
「私は『北欧冥界の主人』ヘル。名誉ある戦死者を除いた病死、老衰、事故死……そういう死者を集めてーー『ヘルヘイム』を作り上げ、エーリューズニルに住まう、死と再誕の女神さ」
「女神……ヘル?」
「厳密には女神じゃないんだけどね」
ヘルはタハハ、と笑った。
「今日君と話がしたかったのは、お母さんとの契約を、君にも知ってもらうためなんだ」
「契約を知ってもらって、理解してもらう。そうして私たちはようやくちゃんとした契約関係になるんだ」
「ーーわかった。聞かせてほしい。母さんがあなたと契約した内容を」
ーー一つ、白石陽を生かすこと。
ーー一つ、20になってから、双方の合意が取れた場合、ヘルに体を貸すこと。
ーー一つ、ヘルの力を、陽が少し借り受けること。
ーー一つ、ヘルは、陽が死ぬまで補佐し続けること。
その四つを契約とした。
「……ねえ、ヘルの方が不利じゃないかな?」
すでにタメ口と、呼び捨てを許されている陽は、率直に疑問を告げた。
「んー?私の本来の目的は『完全に生きて完全に死ぬ』ことだから。今君は生きている。そしていつか死ぬ。半分生きてて半分死んでる私じゃできないからね」
「俺からすれば生きてる事が普通なんだが、ヘルからすれば違うんだな……」
「だからよ。私は違う視点から見てみたい。死者の話す言葉だけじゃ足らないの。陽はそんな時にちょうどよく赤ん坊でやってきた。ヘルヘイムにね」
その言葉に、陽は疑問に感じた。
「ちょっと待って、なんでヘルヘイムなんだい?日本ならえんま様に舌を引っこ抜かれるんでしょ?」
「ーー人間の世界が繋がった時、冥界も繋がったのよ」
その言葉には、重みがあった。
陽は何も言えなかった。もちろん、言いたくもなかった。
「……しんみりした話は無しにしようか」
ヘルの言葉に、陽は同意した。
「そ、そうだね。これから、俺はどうすればいい?」
「何もしなくていい。ただこれからは私が内側からよく語りかけてくるようになるだけ」
「……本当にそれだけ?」
「疑うよね、けど私は10歳になるまでは見守るだけっていうのを守って来たの、信じてね?」
「わかった。信じる。ヘル、よろしく」
「よろしくね」
そう言って握手をする。その後機械的に、
「契約は履行された。汝は生きるといい。生きることこそ、死への近道なのだからーー」
目が醒めると、陽は頭の中から誰かに語りかけられた。
「おはよう?大丈夫?聞こえてる?」
「……ああ、聞こえてるよ」
陽は驚きの方が強く、そう返答することしか出来なかった。
新たな住人が増えた、それだけのことなんだ。
そう考えることで、陽は冷静を取り戻した。
そんな話をする2年前、彼は予言をしようしていた。
ノストラダムスのように遠い未来、かつ正確に。ではない。
経験則に近しいが、偶然を装った。
2001年のあの事件から単純に10年後。
2011年に、人が多く死ぬこと。
どれぐらいの人が死ぬのか。
何が起きるのか。
それは誰にもわからない。
ただ、なんとなく「2001年に惨劇が起きたのなら、10年周期で起きるのではないのだろうか?」
そのような考えだった。
その時、彼はその予言が的中するなんてーー
2011年の大災害。
「それを予言した少年がいる」。
それだけで、世間は大騒ぎになった。
なんの経験則もない、ただただ「なんとなく」という予言。
それは、人が持つ「科学への信頼」が大きく揺らいだ。
誰もが「全ては科学で立証できる」そう考えていた事実は消え去った。
科学に頼らない予言は「科学では証明できないもの」を間接的に証明した。
UMA、妖怪、怪物、神話。
これらは「本当にいるのではないのか?」そう考えられる時代へと、戻って行った。
世界に、超常現象が蔓延する。
人類は今一度、闇に怯えることになった。
陽はただ、
「これは、俺がやってしまった責任だ……」
そう考えた。
それから9年の月日が経った。
闇に対抗する対オカルト軍事組織「祓い屋」、オカルトによる障害から守り、受けた者を治療する「癒し屋」。どれもエリート中のエリートしか入ることできない組織だ。
その中に私立の別組織が立ち上がった。
「祓い屋に申請するほどの問題ではない」
そんな問題を一手に引き受け、解決する組織。
通称「探し屋」。
「私立白石オカルト探偵事務所」はそのような人たちのために。
願いを込めて、立ち上げることを決意したのだった。