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07.予想外の共闘

「面倒ですね、」

 エリスはそっと溜め息を吐いた。転移した女子寮への渡り廊下では、外側から攻撃を受けたらしい結界に、蜘蛛の巣状に無数のヒビが入っていた。取り急ぎ、と最も破損のひどい箇所から、攻撃を行った者の魔力の残り香が消えないように保護する。

「…そんなところに、隠れていらっしゃるおつもりですか?」

 渡り廊下の両脇には花壇が広がっている。元々マダム・クレイからの依頼は渡り廊下への結界を張ることだった。だがそれでは心もとないと、エリスは花壇に一つ細工をしていた。細く練った魔力を網状にして、花壇の地面に流し込んでいた。これにより、仮に姿を眩ませる魔術を相手方が使ったとしても、魔力がセンサーの代わりを果たす。

 おそらく隠れているのは、三人。エリスはあたりをつけると、花壇の魔力が最も反応する植え込みに視線を向けた。それだけでも動揺を誘えたのかエリスが視線をやったあたりの空気が一瞬歪んだ。

「女子寮に何のご用でしょうか?隠れられている以上、おそらく後ろ暗い用事、なのでしょうけれど。」

 渡り廊下は石造りで、窓は嵌っていない。エリスはそれを利用して、窓から身を投げる。足元に一気に魔力を集めてクッションの代わりにすると、難なく花壇へ降り立った。淑女らしからぬ行動ではあるものの、有事だから仕方がないと胸のうちで溜息をつく。

「あら?以前パーティーでお声がけくださった方では?…お名前は存じませんが、下賤な方でしたのね。」

 あからさまな侮蔑を込めて、分かりやすく挑発してやる。最も、男子学生の女子寮への立ち入りは本来許されていないため、下賤であるのは火を見るよりも明らかな事実だ。

「貴様っ…子爵家の混魔ごときが無礼だぞ!!」

 本当に釣れた。挑発していた本人ながら、エリスが真っ先に思ったのはそれだった。パーティーでの声がけ云々ははったりだ。恐らくあの中の誰かだろうという、賭けだった。植え込みの陰から、ガサガサと大きな音を立てて一人、荒々しく立ち上がる。それに連れて、未だ体を縮こまらせて隠れようと足掻く二人の姿も見えた。どうやら縮こまっているうち一人が、三人分一気に姿くらましの魔術をかけていたらしい。

 二人に見覚えはないが、怒りに顔を赤くしている男に、エリスは見覚えがある。シーズン最後の夜会で、エリスの腕を一番最初につかんだ男だ。おそらくは残り二人はこの男の側近か何かだろう。

「下賤でしょう。ご一緒のお二人は、そのご自覚があるようですけれど?」

「黙れ黙れ黙れ!伯爵家次期当主の僕に口答えするな!!」

「―――…黙るのは、貴方です。やかましい。」

 痛いところを突かれても、どうやら引くに引けないタイプらしい男は、感情の高ぶりと共に身のうちから抑えきれていない魔力をくゆらせる。権力を笠に更にわめこうとする男を、エリスは常より低い声音で威嚇した。男の発するより冷たく重たい魔力を故意に発して、三人を圧する。

「【黒き蔦薔薇よ、戒めの鎖となりかの者を捉えよ】」

 エリスの魔力に男たちが動きを止めたのを見計らって、エリスは古代語で歌うように詠唱した。瞬間、エリスの足元から淡い桃色の光が泡のようにはじける。はじけた瞬間、男たちは自分自身の影から伸びた何物かに拘束された。よくよく見ればそれは、蔦薔薇を模した文様の黒い何か、であることがわかるのだが、男たちにそれを確認する余力はない。元々花壇の地面に巡らせていた魔力を使って、男たちの影を起点に対象の動きを防ぐよう術を使ったのだが、予想以上に魔力の消耗が少なく、エリスはほっと胸をなでおろした。既に威圧やら何やらで、パフォーマンス的に魔力を無駄に垂れ流している。無駄打ちはできれば避けたいところだ。

「すぐに教授たちがいらっしゃいます。それまでそのままお待ちください。」

「~~~~~っ!!!」

 事実を淡々と告げれば、主犯格の男だけはまだ逃れようと動かない体で藻掻いた。拘束の魔術だから逃れようとすればするほど食い込むのだが、エリスは敢えて何も見なかったことにする。

 丁度その時、やや遠くから複数の走る足音がエリスの耳に届いた。

「エリス・クラウン嬢!怪我はないか!?」

「殿下…!?は、はい。ございません。気にかけていただき光栄でございます。」

 駆けつけたのはステファン、キール、イルシュナーの三名だった。現場に真っ先に飛び込んできたステファンは、息も整えぬまま、まずは、とエリスの無事を確認した。その勢いに気圧されて、エリスは思わずどもりながら頷き、それから慌てて淑女の礼を取った。

「良い、楽にしろ。貴殿は功労者だ。…イルシュナー、スタインシュイン。」

「はい、殿下。」

 ステファンから声がかかるより早く、キールは男子学生たちに近づくと、一人一人のこめかみに指先を当て、するりと糸状にした魔力を抜き取っていた。抜き取った魔力は白衣の内ポケットに常に忍ばせている小ぶりな試験管に一人二本ずつ収める。二本のうち一本は内ポケットに戻したが、残り一本ずつは無言でイルシュナーに投げ渡した。エリスがあらかじめ状態保存しておいた結界の破損部分の解析に取り掛かっていたイルシュナーも、何事もなかったかのようにそれを片手で受け取り、検分を続ける。

「見損なったぞ、サミュエル。」

 主犯の男に一歩近づいて、苦々しげにステファンは吐き捨てる。どうやら主犯はステファンと面識があったらしい。男は先ほどまでエリスに吠えていた際には真っ赤にしていた顔を、サミュエルと名指しで呼ばれるや否や真っ青にしている。

 もごもごと声にならない声で何事かを喚くサミュエルに、ステファンはキールに目線だけで口元の拘束を外してやるように指示した。

「んぐっ…!ご、誤解です殿下!!」

「ほう…?何が誤解なんだ?」

「全ては…全てはそう!その女のせいです!我々は嵌められたのです!!信じてください殿下!!」

「…もう良い。スタインシュイン。」

「かしこまりました。」

 溜め息も露わに、ステファンは首を振り、再度口枷をはめるようにキールに指示した。再度つけられた口枷たる術は、何故か先ほどエリスが食らわせたものの数倍以上凶悪な見た目をしていたのだが、エリスはそっと見なかったことにした。

 目線を逸らしたエリスの視界の端で、黒い影がゆらり、人影を形作る。揺らめいた影と共に現れたカルロスは、心底面倒くさそうな顔を三人の不届き者に向けた。

「ステファン殿下、こいつら運ぶか?」

「…ああ、そうだなカルロス。会長室へ頼む。」

「了解。」

 カルロスとステファンのやり取りに、エリスはおや、と違和感を抱いた。先日キールと三人で膝を突き合わせた際にエリス自身が感じていたことだが、カルロスはステファンに対してそこまで好意的ではなかったはずだ。にも拘わらず、ステファンに対し不敬とも取れる砕けた言葉遣いをし、ステファンもまたそれをカルロスに許している。

 そもそもイルシュナーはともかく、ステファンに蝶は飛ばしていない。最初から王族を巻き込むのは騒ぎが大きくなりすぎると思ってのことだった。だがステファンは駆けつけた。蝶を送ったはずのカルロスは遅れて現れ、ステファンと今までになく打ち解けた様子に見える。疑問符だけが浮かぶエリスに、カルロスは苦笑いを浮かべて小さく頷いた。おそらくは、今は説明を得られないとのことだろう。

「じゃあ俺は先に。殿下たちはのんびり来てくれ。」

「ああ、頼んだ。」

 カルロスはエリスのかけた拘束の強度だけ確認すると、じゃあ、と軽く手を挙げて三人を道連れに影にとぷり、と溶けていった。ちなみに余談だが、本来カルロスの影に溶ける移動手段は、他者を連れて回るのに適していない。暗闇の中をぐるぐると、まるで川の濁流に好き勝手翻弄されるかのように運ばれ、もみくちゃにされた挙句、到着地点にはじき出されるのだ。三半規管がどんなに強い人間でも、間違いなく酔う。

 おそらくステファンはそれを事前に聞いていたのだろう。だからこそカルロスに、追加のお仕置きも兼ねるつもりで依頼したらしい。

「結界の修繕を頼めるだろうか、エリス・クラウン嬢。」

「もちろんです、殿下。」

 移動するにもまずは、結界だけは張り直す必要がある。ステファンの問いににこりと微笑んで頷くと、破損個所へ近づいた。左の親指の皮膚を犬歯で噛み切り、うっすらと滲んだ血液をそこに押し付ける。合わせて結界に触れた右手からは魔力を流し込み、元々あったひび割れだけを魔力と血液でつなぎ合わせ補修した。

「…終わりました。」

「早いな。」

「修復だけですからこの程度かと…。」

「…エリス嬢は自分がそれなりに規格外だっていい加減自覚した方がいいと思うんだよね。」

「わたくしが規格外、ですか?」

 ものの数分も掛からず直った結界にステファンが呆然としている理由がエリスには皆目わからない。ある程度の魔力量の混魔なら当然の出来栄えだと考えているからである。最もエリスの自己評価は、自分がこの世界における『もぶ』であるという前提に基づいているため、自分ができる程度は平均値だと信じて疑わない。キールからすれば見慣れたエリスの反応に、思わず片手を額に当て、やれやれと首を振らざるを得なかった。

「…わたくしはこの後いかがすればよろしいでしょうか。」

「ああ、そうだな。この後時間があれば、会長室へ同行してほしい。簡単な状況報告を頼みたい。」

「かしこまりました。」

 ステファンの申し出は最もで、エリスも否やという選択肢はない。三人と連れ立って、というよりステファンに付き従う形で、四人は会長室へと足を進める。

「一つお伺いしたいのですが…殿下は何故あの場に?」

「ああ、カルロスと共にいたからだ。カルロスに知らせの蝶が来ただろう?向かう途中にイルシュナー殿とスタインシュイン殿もちょうどいたから巻き込んだ。最もスタインシュイン殿は知らせを受けて向かっていたんだろう?」

「ええ、その通りです。」

 生徒会長室までは数分かかる。エリスの歩調にステファンが合わせているため、比較的進みは遅い。早くとも問題ないと進言するには差し出がましいと悩んだ結果飲み込んだエリスは、まったく別の、それも疑問符をステファンにぶつけることにした。

「先日の貴殿とのやり取りから思うところあってな。元々私は、自分の側近候補以外に対しては、一歩引いていることを決めていた。」

「…それは、殿下に取り入ろうとするものを排するためでしょうか。」

「それもある。だがあまり各々と打ち解けては、ゆくゆく親しかったことが足かせとなりかねん。私は自分が情に弱い自覚がある。だからこそ、誰に対しても踏み込めなかった。だが、そのために、見えなかったものも多いと気づいた。」

「見えなかったもの、ですか?」

「ああ。関わらなければそれぞれの胸のうちなど見えはしない。踏み込まないことで得られる平等さは、上っ面だけだ。」

 なるほど、とエリスとキールは納得していた。これまで第二王子は社交的までとは言わないが、それなりに交友関係を広げていたが、ステファンの交友関係はひどく狭い。自分は混魔だから交流がなかったのだろうかと考えていたエリスだったが、実際には魔力持ちも含めてのことだったらしい。

 ―――公平で平等な王族。ステファンの理想は、いつだかの王家主催の夜会で耳にしたことがある。その時はさらりと聞き流していたが、ステファンはステファンなりに、その目標に向かって愚直に取り組んでいたらしい。やり方が明確に正しい、正しくないは誰にも評せない。本人が納得して進むのが重要だからだ。

「何より私から近づかなければ、みなからの真の信頼も、忠誠は得られないだろう。」

 憑き物が落ちたような顔でつらつらと話すステファンは、どうやら元来話好きな気質らしい。エリスを先日呼び出した時も、警戒なのか何なのか壁は感じたものの、会話自体はスムーズだった。あの一時のやり取りがここまでステファンを変えるとは、エリスにとっては予想外な事態だった。

 卒なく対応していただけで、気づけば王族から一定の評価を得られていた―――など、想定するほうが難しい。

「何が何だか、という顔ですね、クラウンさん。」

「ええ、イルシュナー教授。お察しの通りです。」

「殿下、生き生きしていらっしゃるのは何よりですが…後ほどで構いませんのでもう少しご説明を。」

 表情は特段変わらないが、疑問符を飛ばしているエリスの様子に気づいたらしい。ステファンの説明は、彼の心境の変化については把握出来たのだがそもそもの何故カルロスと共にいたかという質問には答えていないのである。エリスの疑問符が消えないのも当然だ。

 エリスの様子と、はぐらかすようなステファンの話し方に、イルシュナーは口元に手を添えてくつり、と一つ苦笑いをこぼす。そしてそれを引き継ぐかのように、こちらは些か苦々しげな表情で、キールがステファンに声をかけた。

「ああ、わかっている。だが説明の前に、目の前の問題を片付けよう。手伝ってもらいたい、エリス・クラウン嬢。」

 窘めるような、それでいて仕方がないと笑うイルシュナーと、面白くないとでもいった様子のキール。正反対な態度の二人は気にも留めず、ステファンはまっすぐにエリスを見やる。気づけば会長室の扉の前にたどり着いていた。

 かちり、と二人の視線が合う。静かな決意のようなものを宿したステファンと正面から見合ったエリスは、一つ、息を吐いた。

「わたくしはわたくしにできることをいたします。…殿下のご随意に。」

 淑女の礼ではなく、臣下の礼を。国が揺らぐ問題を、これで少しでも減らせるならばお安いものだ。ステファンが何やら成長しようとしているならそれに乗るのも一興。顔を上げたエリスは薄く微笑みを浮かべた。

 何やらどんどん『もぶ』からかけ離れているような気がしないでもなかったが―――エリスにとっては、国の平穏と天秤にかけるまでもないことだった。

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