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05.自己犠牲の覚悟

「混魔が聖女様を排する、とは…?」

「私も詳しくは知らん。貴殿ならば知り得るかと思い、こうして呼んだのだ。」

 医務室と寮母からの預かり分、備品の申請を恙無く終えたエリスは、その足で生徒会室へと向かった。道すがらキールには、第一王子から呼び出されたため、医務室には午後から向かう事と申請が通った旨を、魔力で作り上げた蝶に託して言付けてある。気乗りしないエリスを迎えたステファンは、エリスよろしくこれまた気乗りしないと顔に書いてある。そうして双方渋々ながら向かい合った応接室のソファーの上、エリスは寝耳に水な質問を受けていた。

「お言葉ですが第一王子殿下。わたくしは子爵の娘のしがない混魔です。…わたくしごときに集まる情報などたかが知れておりますが。」

「しかし貴殿は、貴族位の混魔としての立ち回りを、この学園内の誰よりも心得ている。」

「……買い被り過ぎです。」

 さて、どうしたものか。難しい顔をするステファンから聞かされたのは、エリスにとっては恐らく遠くない未来そうなるだろう、と予測済みの内容だった。最もその前段階が実際に起こらなければ事態を軽く済ませる逃げ道はあるのだが。

 ステファンの話はこうだ。混魔が聖女を糾弾し、学園内で排するだろう。そうした動きの予兆が見える、という噂を掴んだという。とはいえ話は噂の域を出ない。だがしかし、本当に起こりえないと断言出来るかと言われれば、くだらないと簡単に切り捨てるわけにもいかない。何せ実際に起こった際、責を問われるのは王族、ステファン自身である。一通り噂について話し終えたステファンは、ぐったりとソファーに沈み込んだ。

 恐らくは、手を打とうが打つまいが、逃げられない問題だと、エリスは考えている。そもそも手の打ちようがない問題ですらあるのだが、ステファンにあきらめるという選択肢はないのだろう。これまでエリスはステファンと一切交流してこなかったが、最善の結果のためならば足掻くタイプらしい。混魔に対する噂話を、まさしく混魔のエリスに馬鹿正直にしている愚直さも、エリス個人としては好感が持てた。一つ、息を漏らす。

「殿下、これはあくまでもわたくし個人の見解です。」

「何だ。」

「混魔が聖女様を排する。そうした未来は…このままいけば起こりうると思います。ただ、その発端は混魔ではなく、魔力持ちの人間の方かと。」

「どういうことだ、魔力持ちが発端とは。」

「…恐れながら殿下は、今現在の学園のヒエラルキー。混魔と魔力持ち、どちらが優勢とお考えですか?」

 すべては、この学園のパワーバランスが問題なのだ。先祖返りに対しては本能的な恐れからか、混魔、魔力持ちどちらも一定の距離をとる傾向がある。だというのに、国の成り立ちを鑑みれば仕方がないが、混魔の方がお上の覚えがいいという勢力図。学園内で今一番力を持っているのは間違いなく混魔だ。大多数の王族と同じはずの魔力持ちではない。だがそこに聖女が加わればどうなるか。単純に、魔力持ちは混魔に対し優位に立つのだ。たかが、一人の少女の存在だけで。

 聖女の転入により、無意味に有象無象の魔力持ちが付け上がり、不自然に魔力持ちと混魔のパワーバランスが崩れる。そうなれば、そもそも聖女さえ転入してこなければ、と多数の混魔が不満を、聖女に対して抱いたとしても、なんら不自然ではない。結果、混魔が聖女を排するという結果にいたるのだ。これはエリスだけの考えではなく、キール、カルロスも同等に考えている。いかにして聖女を魔力持ちだけと群れさせないか、というのがそもそもこの問題の最初の対抗策であり、エリスが聖女がらみの内容で寮母の手伝いをしているのも、面倒ごとを最小限にするためだけである。ようは、どちらが聖女を早く取り込めるか、というだけの話だ。

「……つまりは、混魔に気を配るよりも、魔力持ちに注意しろということか。」

「言い切りはいたしませんが、何事もないままで混魔が聖女様を排する、という状況に至るには無理があります。」

 なるほどな、と呟いたステファンは、そのまま顎先に指を添えてぶつぶつと何事かを呟き始めた。考えをまとめているか、何かしらの術式の構築だろう。

 俯き、何事かに集中しているステファンから目線を逸らし、エリスはそっと息を吐いた。突拍子もない問題事に巻き込まれる、などという事態にならなかったことに心底安堵していた。出されたまま手付かずだったティーカップに手を伸ばせば、それは既に冷えている。冷えてはいるが雑味もなく、間違いなく一級品であることが分かる茶葉は、さすが王族にサーブされるものだと感じる。ぼんやりと現実逃避気味な思考を回しつつ、エリスは話しすぎて乾いた喉を潤した。

「……わたくしはわたくしに出来うることをいたします。」

「エリス嬢?」

 ぽつり、と独り言とも取れるような微かな声で、エリスは意思表示する。きょとりとした表情でエリスに視線をやったステファンは、一瞬息を飲んだ。ぶれることなくカチリと合わされた視線から、痛いほどにエリスの魔力が決意と共に渦巻いているのを感じさせる。

「寮母であるマダム・クレイよりわたくしは多々依頼を受けることがあります。その一環とし、聖女様との繋がりをなるべく作りましょう。聖女様と混魔の橋渡し、その土台程度にはなれるかと。」

「…君の身の安全は保証されているのか。」

「勿論。いざとなれば、聖女様ごとお守りできます。わたくしは混魔ですから。」

 一言目にエリスの身を案じてみせたステファンに、エリスは緩く微笑んだ。彼は優しい王になるだろう。二代前は民を一切鑑みない王だったという。ステファンは民に好かれ、民を愛する王になるのだろう。最も、まだまだ彼は優しすぎる。故に王も、ステファンと第二王子、どちらに王位を譲るかを未だ発表せずにいるのだろうか。紅茶を飲み干しつつ、別段答えを求めてはいない問いを胸中で浮かべては殺し、エリスは静かに席を立った。

「それではわたくしは、これにて失礼致します。また何かございましたら…アメジストの蝶にお知らせくださいませ。」

「アメジストの蝶?」

「わたくしの魔力で練った蝶にございます。学園内をしばらくは何匹か飛ばしておきましょう。キール先生への言伝も同様にどうぞ。あの方もわたくしの蝶をお使いです。」

「…そうか、貴殿はスタインシュイン殿とも関わりが深かったな。そうさせてもらおう。こうして呼び止めるには、人目を引きすぎる。」

 退席していいと頷かれ、エリスはそっと淑女の礼でもってステファンへの敬意を示し退室した。ステファンの視界から下がるとどっと疲労が押し寄せた気がしたが、そうも言っていられない。足早に、だが淑やかにエリスは医務室への道を急いだ。

「失礼いた、」

「エリス嬢!」

 医務室の扉を、開いた瞬間。エリスの視界は、白衣の白でいっぱいだった。

「大丈夫?何もない?ステファン王子はなんて?」

「キール先生、離してください。」

「痛いっ!」

 心配でたまらないと言わんばかりの声音でまくし立てるキールの二の腕をきつく抓りあげる。飛び上がったキールは、エリスの目論見通りきつい抱擁からエリスを解放した。

「軽率な行動はお控えください、キール先生。ご報告しますから。カルロス様も。」

「驚いた、気付いていたか。」

「わたくしが来るのに気づかれ、慌てて気配を消されたでしょう。分かります。」

「参ったな。俺もまだまだか。」

「それを言うなら、わたくしたち、では?」

「違いないな。」

 エリスの伝言を携えた蝶をキールが受け取った時、ちょうどカルロスが医務室を訪れていた。じきにエリスも合流するはずだとカルロスを招き入れて五分足らず。情報共有は早いうちに越したことはない、と膝を突き合わせていた二人の元に届いたのは、エリスが魔力持ちの第一王子に呼ばれたという何とも突拍子のないニュースだった。これが先祖返りである第二王子であればまだ納得がいく。第二王子は比較的、混魔と先祖返りに関しては分け隔てなく接する人物だからだ。エリス含め三人が三人、何かしらで関わりがある。

 それが急に、これまで関わりのなかった王子が、何故。キールが焦るのも無理はなかった。焦りすぎて入室の挨拶をエリスが言い切る前に抱きついたのは頂けないが。一方のカルロスは、エリスが多方面から目を掛けられているのを間近で見聞きし知っている。故にキールほどの焦りはなかった。焦っていなかったからこそ、キールに抱きつかれたエリスの反応を伺おうと気配を消して見せたのだが、エリスには筒抜けだった。だがそれもカルロスからすれば当然のことであり、自身の技量が追いつかなかったことに対して多少の悔しさはあれど、それ以上でもそれ以下でもない。

「ひとまず、状況をひとつずつ整理いたしましょう。その上で、わたくしの方からご報告を。」

「…ああ、うん。そうだね、そうしよう。」

 最年長であるはずのキールから軽やかに主導権を奪うと、エリスはさらりと場の空気を支配した。それに尻に敷かれるようなキールの態度はいつものもので、カルロスは見知った空気感に一つ息を吐いた。どうやら自覚していた以上に、忙しない学園内の空気に当てられていたらしい。

「カルロス様はどういったご用向きで?」

「…ああ、早めに戻ってきていた男子寮の様子の共有だ。魔力持ちの有力貴族のバカ子息共が早々に仕掛ける気だぞ。」

「仕掛ける、とは?」

「奴ら、中身はアレだが黙っていれば顔はいい。聖女様に取り入って、婚約者として手に入れる気だ。」

「ああ…最後の夜会でエリス嬢に手を出そうとしていた連中だね。確かに彼らは、顔と爵位だけは上々だ。」

「……お二方、私怨が混じってはいませんか?」

 どうにもエリスにとってはどうでもいい情報が多分に含まれてはいるものの、少なからず、よろしくない人格の魔力持ちの男たちが動く気配を見せていることは分かった。王家主催の夜会でキールに牽制された男たちをエリスは思い出す。確かに顔は…良かったような気がしないでもない。だがしかし、発言全てがダメだった。品位の欠片もなかったし、そもそも女性を上から目線で値踏みするような態度がいただけない。

「……聖女様がどのような方か分かりかねますが、どの道あの程度の有象無象では取り入ること自体できぬのでは?」

 エリスの発言に、ピタリと男ふたりの動きが止まる。

「……あの、」

「くっ…くく、そう、だな……確かにそうだ…!」

「ふふ、そうだね、エリス嬢の言う通りだ…ふふふ。」

 どうしたのか、と固まった二人にエリスが声をかければ、二人は同時に吹き出した。腹を抱えて笑うカルロスと、ぷるぷる震えながら口元を押さえるキール。まさに爆笑といったていの二人に、エリスは小首を傾げることしか出来なかった。

「…ともかく、男子寮側での動きはそれだけでしょうか?」

「くくっ……ああ、それだけだ。」

「動きが見えてる分、男子寮の方が安心かもね。とりあえず有象無象共は放置でいいとして、残りの魔力持ちに気を配ればいいわけだし。」

「そうですね。女子寮はまだほとんどが戻っておりません…動きは読めないですね。マダム・クレイが聖女様…というかフルール家に対して大層ご不満のようなので、それがどう転ぶか…。」

「マダム・クレイが?」

「うーん…それは、頭が痛い情報だね…。」

 女子寮の寮母であるマダム・クレイは、公爵家出身の魔力持ちである。学園卒業後、そのままマナー講師として働き、その後子爵家に嫁入りしたため、現在は爵位としても下がったことだし、と寮母へ転身した才女である。マダム・クレイの生家、ノーレナー家は国でも一、二を争う由緒正しき家系であり、スタインシュイン家と同じ三大公爵家に数えられる。現子爵夫人といえど、マダム・クレイに気に入られることが女子寮でのヒエラルキー上位への最重要事項であり、そのため入学前の段階にもかかわらず聖女とその姉君は、ヒエラルキー最下位が目前という状況となっていた。これでは女子寮での動きは、一切読めない。

「これまでの慣習通りであれば、マダム・クレイに追従する者が多いでしょう。とはいえ、あの方は自分をダシに誰かが貶められるのを許しません。読めませんね。」

「うーん…そうだね、完全に読めない。まあ、仕方ないのかなあ。何てったって、女子学生の憧れ、マダム・クレイ様だし。」

「あの方の求心力には恐れ入るばかりだな。」

「まあ、それがあの方の魔力ですから。」

 ノーレナー家の魔力は極めて珍しい魅了の特性を持つ。マダム・クレイもまた、本人は抑制しているものの魅了に特化した魔力を常に身にまとっている。本人の意思だろうと完全に遮断することはできない。ある意味不便ではあるものの、その魔力の特性こそがノーレナー家が三大公爵家の一角を担う最大の理由だ。

「…第一王子殿下は、学園内が二分されることを懸念されているご様子です。」

「なるほど、あの潔癖症の王子殿がエリス嬢に接触してきたのはそれでか。」

「ええ。なので、わたくしはわたくしにできることをしようかと。殿下にもお伝えし、身に危険が及ばないならばとご承諾頂きました。」

「……は?」

「…え、エリス嬢、今なんて?」

 さらりと落とされた爆弾発言ともいえるエリスの発言に、男二人の動きは止まった。だがエリスとしてはそれすら見越しての発言だったため、気にせず続きを口にする。

「聖女様とその姉君、御二方と混魔との橋渡しになりましょう。わたくしならば、不自然でもなければ、難しくもありません。そして、マダム・クレイのご協力も確約されているようなものですし、これ以外の案は浮かびません。」

 ふわり、と微笑んだエリスの表情を別の機会に見たかったと、キールとカルロスは後に心底思った。が、この瞬間はエリスの発言に気を取られており、フリーズしていた。二人の驚愕の雄叫び、もとい悲鳴が上がるまであと五秒。

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