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03.価値を知る者

 『聖女と清らなる恋』のゲームストーリー上、ヒロインが誰と結ばれてもある程度国の根幹を揺るがす事態となる。何故ならばヒロインは、国の宝、聖女。百の巡りを繰り返し、魔族との交わりで発展したベーゼンド王国を聖なる力で導く標。そんな尊き存在が国の発展の基盤とはいえ魔族や混魔と交わるという。建国以来、前代未聞な出来事ということだ。しかも次代の王族は魔力持ちと先祖返り。過去に先祖返りの王族は存在しない。王族に直に交わった魔族はいないが、恐らくは歴代の王族に嫁いだ者達に薄く流れていた魔族の血が発露したのだろう。

 聖女の存在と、王族の魔力。エリスが兄に伝えた夢物語───つまりは追体験で知った今後起こりうる可能性は、今まさに芽吹こうとしている。兄であるライルは、宰相補佐、国が揺れる可能性は事前に知っていて損は無い。幼いエリスがぽつぽつと語った夢物語としか言いようのない未来の話を、ライルは家族で唯一笑い飛ばさずに聞いてくれた。恐らくは兄としての責任感故の行動だったのだろうが、それがエリスにとっては救いであり、当時の心の支えだった。だからこそエリスは、夢が夢物語で終わらない可能性を敢えて、示唆してみせた。ライルが後はどのように動くかも全てライル次第。自分に出来る礼は尽くしたとエリスは憑き物の落ちたような心持ちだ。後はひっそりと物語の時間軸が終わるのを待てば良い。

 そんな風にある種楽観的に考えていたエリスだったが、それこそがエリスの誤算だとはこの時気が付いていなかった。

「エリス嬢。」

「…カルロス様。お久しぶりでございますね。」

「たかだか二週間だがな。」

「学園では毎日お顔を拝見しますから。」

「それもそうか。」

 シーズン最後、王家主催の夜会。国の要人を含め、主要な貴族位の者達はおよそ全員揃っている場で、エリスとカルロスは二週間ぶりに顔を合わせていた。二週間前も何の事は無い、学園の同級生の家で開かれた夜会に二人招かれ、お互いにお互いを壁として社交を最低限としていたのだ。カルロスはそもそも社交の場が嫌いではないが向いていないのを自覚しており、エリスは社交自体はそれなりにこなせるが本人がそれを面倒だと切り捨てている。幼馴染であることもあり、二人はお互いの得手不得手を上手く隠れ蓑にしているのである。

「珍しいドレスだな。」

「…叔母様が、仕立ててくださいました。」

「そうか。エリス嬢によく似合うドレスだ。」

「…ありがとうございます。」

 エリスが身につけているのは、叔母でありデザイナーであるアリシアの仕立てたドレスだ。艶のある渋い藤色の、Aラインのドレス。比較的シンプルな作りではあるが、随所に散りばめられたフリルには全て薔薇の透かし模様が入れられており、手の込んだ作りであることが一見して分かる。女性のドレスや装飾品に明るくないカルロスですら分かるほど、丁寧に仕立てられたドレスだった。とはいえ口の重いカルロスが思わず賛辞の言葉を贈るほどに似合いのドレスを身につけているというのに、エリスの表情はどこか浮かない色をしていた。

「…叔母が、わたくしの戯言のために仕立ててくださったドレスです。わたくしには贅沢すぎるものですわ。」

「先日の、あれか。」

「ええ。…お母様もお褒めくださいましたけれど、それは叔母の作品を褒めていらっしゃっただけのこと。やはりわたくしの意見など、申し上げるべきではなかったのです。」

「エリス嬢…。」

 自嘲の色の濃い笑みを唇の端に浮かべ、エリスは吐き捨てるように呟く。事実、ローリヤはドレスこそ褒めたが、ドレスを纏ったエリスを褒める言葉だけははぐらかすように口にはしなかった。恐らくは最愛の夫であるセリウスに窘められれば薄っぺらな言葉程度寄越したやもしれないが、セリウスは臣下として一人先に登城していた。

 ローリヤはクラウン家の女主人ではあるが、貴族という括りではなく魔族として扱われる事を選んでいるため王家主催の夜会でも参列することはない。生まれがヒトの貴族ではないため、礼儀作法やヒトとしての常識に不安が残るとセリウスがローリヤと取り決め王に直談判したという。代わりにエリスはクラウン家宛に招待状が届いた夜会に関してはローリヤの代理として参列しなければならない。ヒトの貴族に嫁入りするというのにその常識を身に付けることを怠った母の、尻拭いのようなことを娘がしているという現状をローリヤが理解しているなどと期待はしていない。エリスにとってローリヤに関することは、すべからく諦めの境地で向き合う事柄だ。

「挨拶には?」

「まだ伺っておりません。…主だった方々が終わられてから、と。」

「そうか。ならばそろそろ頃合だ。行くか?」

「カルロス様は?」

「俺は先程父上と共に済んでいる。途中までだがエスコート程度はしよう。」

「…では、お言葉に甘えて。」

 招待客には王への挨拶が課せられるが、少なくとも爵位を与えられていない子供だけで向かうということはまず無い。だがエリスの場合例外だ。父親であるセリウスも兄であるライルも国の重鎮として王の傍に侍っている。そしてエリス自身は、クラウン家女主人であるローリヤの代理も務める身。単身乗り込まねばならない。だがそれも慣れたこと、とエリスは嘆息する。気を遣ったカルロスに甘え王座の近くまではエスコートされたが、するりとその手を解き、ここでいいと薄く笑んでみせた。

 コツリ、とけして低くはないヒールが床を打つ音がする。少しだけ周囲のざわめきが小さくなったのをエリスは感じた。そしてそれは、気の所為ではない。良くも悪くも、目立つのだ。国の中枢を担う弱小貴族の娘。それも魔族の母の代理を務め単身臆する事なく王の御前へ向かう自分に、周囲の人間から興味と揶揄と、それからありったけの様々な感情が入り交じった視線を投げつけられている。もう慣れた、と淡くエリスは嘲笑を浮かべた。その冷たい色が、誰かの目に触れることだけはないように、計算し尽くした上で。

「───セリウス・クラウン子爵が娘、エリスにございます。本日は父、兄だけでなくわたくしまでお招きくださいましたこと、王の寛大な御心に感謝申し上げます。」

 王座の前で、エリスはゆっくりと腰を折った。子爵位の娘では到底有り得ない───それも魔族として生きることを選んだ者を母に持つ娘としては、有り得ない程に完璧な淑女の礼をとり、王の前、単身であるにもかかわらず堂々と挨拶の口上を述べる。幾分常よりも張った、硬い声音。だがそれが朗々と響き、エリスの存在感は一瞬で強まる。エリスは人魚の血を引いている。声が魔力の源だ。声音の使い分けで、場を一瞬でも制することが出来るこの瞬間が、エリスは実は好きだった。この時だけは、自分に価値があるように思えた。王にも臆さぬ、由緒正しき一族の娘として役目を果たす、この瞬間だけ。

「エリス嬢、よくぞ参った。今年も父と兄を連れさせてもやれず、すまなかったな。」

「勿体ないお言葉に存じます。王に仕える事こそ我がクラウン一族の使命故、これ以上光栄な事はございません。父や兄と異なり、王のお役に立てている訳でもないわたくしにまで、お心遣い頂きましてありがとうございます。」

 下げていた顔を上げたエリスはふわりと目元を緩め、泰然と微笑んでみせる。十代の娘とは思えない、余裕に溢れた態度だった。余裕綽々といった体だが、一縷の隙もない。玉座の前に足を運ぶまでは、吐息で消し飛びそうなほど、微かな存在感と儚げな雰囲気をまとっていたはずの少女が、艶然と場の空気を掌握してみせる。文官一族の末姫、深窓の令嬢、存在感の淡い混魔の娘。伝え聞くエリスの印象と似ても似つかぬ立ち姿に、例年の事であるエリス単身の謁見を知らないのであろう会場内の半数近くが玉座とエリスの様子に気をやった。

「何も変わりないか?ああ、そうだ。エリス嬢は息子らと学友だったな。学園の様子を聞かせてはくれんか。」

「有難いことに変わらず恙無く過ごしております。学園では、日々魔力コントロールについて学ぶ日々にございます。そういえば、先の学期末、王子様方が文武どちらもお二人で成績トップを独占されておりました。頼もしいご子息様方で、次代も安泰ですね。」

 事実と世辞を織り交ぜて、こちらから与える情報は最低限に、ただその場では十分と感じさせるように。王への挨拶の場で世間話はそう長く時間を取られない。にこやかに王が喜びそうな言葉と情報だけを選びとって伝えれば、王は満足そうに頷いてみせた。

「エリス嬢も母上の血を濃く引いていると聞き及んでおる。これからも変わらず、励みたまえ。」

「勿体ないお言葉にございます。今後ともクラウンの血を引く者として、王家のお役に立てますようより一層努力して参ります。」

 再度深く腰を折り、臣下の礼をとる。淑女のとるべき礼と似て非なる所作を敢えてとったエリスだったが、それを傍目に見ていた参列の女性陣の一部は眉を顰めた。さざ波のような陰口が瞬間的に溢れる。

 ベーゼンド王国は才と能力さえあれば、女性にも政への参画の間口が開かれている。だが大半の貴族位の女性陣は一定の年齢で結婚し、家に入るのが一般的だ。政へ一切かかわり合いにならない女性であれば、臣下の礼をとることは無い。淑女の礼をとる事が正しい。だがエリスは、王家に仕える混魔一族の一員としての所作をとっただけのこと。クラウン一族の混魔として、であれば臣下の礼で正しいのだ。その意味合いに気づいた者は、クラウンの価値を知っている者達だけである。

 溢れたさざ波の発生源に王もエリスも瞬時に視線だけ走らせて、該当者の顔を把握する。下げていた頭をあげると、エリスはふわりと可憐な笑みをひとつ残して王の御前からそっと退いた。その笑みには、仕事は果たしたとでも書いてありそうで、王は思わず喉の奥でくつりと笑いを零す。事実エリスは、クラウンの価値───混魔の価値と意味、クラウン一族の正しい立ち位置を把握していない一門の炙り出しを行ったのだ。クラウン一族の成り立ちを知らぬ、即ち国の成り立ちや国に溢れる魔力について理解のない者達と言うこととなる。そうした者を国の中枢に組み込めば、国は荒れる。だからこそ定期的に炙り出しを図るのだが、エリスはその必要性を理解し、かつうってつけの人材だった。エリス自身自覚があるため、誰に命じられるでもなく行ったまでのこと。

「レディ、今宵貴女をエスコートする権利をくださいませんか?」

 カツリ、ヒールの音を軽やかに鳴らしてホール内に戻ったエリスの元に三人の男達から声がかかった。伏し目がちに歩を進めていたエリスはそこで顔を上げ、ちらりと男達の顔を確認した。そして顔には出さず静かに嘆息する。皆が皆、クラウン一族の価値を知らない一門の者、王と一対一で挨拶の場が与えられていたエリスの姿に、その理由はさておき縁繋ぎになれば旨味があると判断したのだろう。尤も、クラウンの、そしてエリスの価値を知る者は、一部を除いて早々簡単には声を掛けてはこないのだ。エリスは口元に薄く笑みを載せて拒絶の言葉を吐く。

「申し訳ございません、皆様。わたくしなどではなく、皆様のような華やかな方々には似合いのご令嬢が今宵集まっていらっしゃるでしょう。どうぞわたくしなぞではなく、美しい華々を愛でられますよう。」

 しゃなりと会釈を残しその場を辞そうとしたのだが、今夜はどうにも分が悪かったらしい。気付けばエリスを囲む男達の人数がじわりと増えていた。舌打ちしたい気持ちと、魔力を使って男達を散らしたい気持ちを耐えつつ、エリスは男達の隙間から、この状況を打開する手立てを思案する。

「そのような連れないことを言わないでおくれ、レディ。」

「そうさ、可憐な華を愛でるのもまた一興だろう?」

 それはつまりは、華やかではないと暗に言ってはいないか。傲慢な態度と言動に気が付いていないのだろう男達に、エリスは今度こそ溜息を吐く。男達が激情しかねないのは分かっていたが、それよりも、近付いてくる魔力混じりの気配に安堵したというのが大きい。

「こんな所に隠されてしまっていたのかい?エリス嬢。」

「キール様。」

 揶揄するような声が軽やかに響くのと同時に、その声の主に慌てて距離を取る男が、ひとり、ふたり。難無く男達の壁を割って現れた青年を、エリスは笑顔で迎えた。

「僕がいる、と伝えれば良かったのに。それとも、僕のエスコートでは不服だった?」

「まさか。キール様とお会い出来ますのを何より楽しみにしておりましたのに。……それに、わたくしの爵位を鑑みて下さいませ。」

「ああ、成程。エリス嬢が分かりやすく口答えでもしたら爵位を傘に無礼だとでも言われかねないね。すまない、僕が最初から迎えに行けば良かった。」

「いいえ、キール様。こうして来てくださいましたもの。」

「───キール・スタインシュイン殿、」

「おや、僕をご存知かな?」

 限りなく黒に近い群青の髪をサラリと揺らし、長めの前髪の隙間から覗く赤い瞳がやんわりと細められる。キール・スタインシュイン、べーゼンド王国三大公爵家のひとつ

スタインシュイン家が次男にして吸血鬼の先祖返りの青年。明確な恐れを孕んだ声が自分の名を呼ぶのを、キールは楽しげな笑顔で受けた。キールが現れた時点で、エリスに群がっていた男達は自分が相手取ろうとしていた少女の立ち位置を否が応でも認識する。輪の端にいた者は素早く逃げ出し、その波に遅れた者とキールとエリスに余りにも近い位置に立っていた者は、キールがじわりと滲ませた魔力に威圧され足を竦ませていた。

「キール様、」

「…まあ、エリス嬢が止めるなら仕方ないかな。」

 諌めるような、呆れたような声でエリスがひと声呼べば、キールは人形めいた笑みをふにゃりと崩した。瞬間、当人にとってはお遊び程度だった魔力が霧散し、それを感じとった者達が我先にと逃げ出す。そんな男達には目もくれず、童話の王子様よろしく、キールはエリスに手を差し出した。

「今宵のエスコートは、僕でも良いかな?」

「勿論です。むしろ、わたくしには勿体ないです。」

「そんな事ないさ。この場の誰よりも、今宵のエリス嬢は美しいよ。」

 するりと引き寄せた手の甲に、そっと口付ける、フリをする。恐らく外野からは唇が触れたように見えただろうが、キールの唇がこの場でエリスの皮膚に触れることはない。キールが周りの反応を楽しんでいるだけだと分かっているエリスは、悪趣味だとは思いつつも付き合いで呆れた顔だけは浮かべずにおいてやった。ただ視線からエリスの呆れは伝わったらしい。肩を竦めてはにかむと、今度こそエスコートするためにキールはエリスの手を引いた。

「…キール様があそこまであからさまなのも、珍しいですね。」

「ん?ああ、先程の彼らかい?」

「ええ、いつもやんわりと宥めて終わりではないですか?」

「まあ、それで片が付くのならそれに越したことはないんだよね。」

 エリスとキールはひとまずダンスホールの中心へと足を進めた。木を隠すなら森の中とはいったもので、男女が身を寄せあって踊り、ターンで翻ったドレスの花が咲き乱れる中心部では、隣の男女の様子をじっくり観察するような無作法者はまずいない。それを利用して、ひそひそと言葉を交わす。そもそもエリスはキールにエスコートを依頼してなどいないのだ。救われはしたが、キールが勝手にやってきてした事。予想外に目立ってしまったからであろうが、どちらかといえば穏健に場を宥めるタイプのキールが、何故波風立てる方法でエリスを救い出したのか腑に落ちない。そもそもキールが動かずともカルロスが動いただろうし、カルロスの魔力もまた、エリスに近づいてきてはいたのだ。問いた だすエリスに対し、キールは少しばかり言葉を濁してから、ひとつ溜め息を吐いた。

「新学期から、学園が荒れる。」

「…聖女様絡みですか?」

「話が早くて助かるよ。そう、学園内では恐らく混魔と先祖返りを迫害しようとする動きが出るだろう。厄介な事に、ことこういった僕の予想は大概当たるんだよ。」

「まあ…仕方のないことでしょう。わたくしからすれば予測の範疇です。」

「そうだね、エリス嬢からすれば、そうだ。」

 キールはエリスの通う学園の養護教諭だ。学園は主に魔力の扱いを学ぶ場でもある。時に魔力を制御しきれず体調を崩す者もいる。そうした時に並の混魔では対処できないこともあるのだが、先祖返りであり混魔とは比べ物にならない魔力量のキールならば、対処できる。その上キールは貴族達のトップとも呼べる公爵家に生まれ落ちた先祖返りだ。学園に通う混魔や先祖返りたちの統括を一任されている。エリスは気付けば、そんなキールの補佐としてここ二年ほど学生生活を送っていた。

「これまで学園内は、ただの魔力持ちと、混魔、先祖返りが比較的友好的なパワーバランスを保てていた。けれどもそこに聖女が現れたら…想像に難く無いだろう。」

「そうですね。でも、わたくしは単なる一学生に過ぎません。これまで通り、できうる範囲でできることを粛々と行うまでです。」

「うん、それ以上をエリス嬢に求める気はないんだ。ただね、」

 キールが言い淀んだタイミングで、ちょうど曲が終わる。さすがに何曲も一緒に踊るわけにはいかないので、二人は静かにダンスホールの端に移動する。

「ただ、なんですか?……あら。」

「…噂をすればなんとやら、か。」

 言い淀んだ言葉の先をエリスが強請ろうとした瞬間だった。ざわりと、フロア内の空気が音を立ててざわめく。王族と、王家に近しい者達しか通ることの出来ない玉座脇の扉が開いたのだ。出てきたのは、金糸の髪に、空色の瞳を持ったエリスと同年代の少女だった。遠目で見ても分かる、整った顔立ち。長いまつ毛に縁取られぱっちりとした大きい瞳に、桃色の薄い唇。少し勝気な顔立ちにも見えるが繊細なレースのショールを纏い、顔周りを彩るアクセサリーも繊細な意匠のもので固めてあるが故に、華奢な印象を付加されている。

「彼女が、グローリア・フルール嬢だ。」

「…後ろの方は?」

「姉君だね、ジェーン・フルール嬢。グローリア嬢の二歳上だったはずだ。彼女も多少魔力を持っている。グローリア嬢一人では心細いだろうからと、ジェーン嬢も転入予定だよ。」

「…さようですか。」

 グローリアの半歩後ろに、穏やかに微笑む女性が控えている。グローリアよりも濃い色味の髪と瞳のジェーンは、なるほど、言われてみれば確かにグローリアに似ていた。纏う雰囲気は静と動、正反対のようだが、遠目で観察するに姉妹の仲は良好らしい。グローリアが幾度も甘えるようにジェーンの方を振り返っては、ジェーンがそれを淡く笑いながら諌めているようだ。

「…エリス嬢。」

「はい?」

「どうか、無理だけはしないで。」

「……え?」

 フルール姉妹の様子を、失礼にならない程度に見詰めるエリスに、キールが声を漏らす。驚いてキールに顔を向ければ、予想外に張り詰めた表情と見つめ合うことになった。

「君は単なる混魔じゃない。クラウンの血を引き、そして誰よりもクラウンの価値を理解している。だから、きっと君は誰よりもその騒動に巻き込まれやすいはずだ。だから…どうか、無理だけはしないで欲しい。」

 するりと伸ばされた手が、エリスの手を、というよりも指先を掴む。縋るようにエリスの指先を握って、どうか無理だけはしてくれるなと懇願するキールはどこか幼げに見えた。まるで迷子になった幼子のようだと、エリスは思う。安心させるように掴まれていない方の手で、キールの手を包み返してやりながらエリスは意識して柔らかい笑顔を浮かべた。

「わたくしは大丈夫です。何かあったら…キール様を、頼らせて頂けますか?」

「もっ、勿論だよ!僕で良ければ、頼って欲しい。」

「ありがとうございます。その言葉だけでわたくしには、百人力です。」

 だから大丈夫です。そう言って微笑むエリスと、そんなエリスを見て安堵の息を漏らすキールは、密やかに注がれる視線に気付きはしなかった。

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