表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したのはモブだったはずの世界にて  作者: 黒乃きぃ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/30

23.祝いと断絶

 エリスとキールの魔力の繋ぎ込みは、あっという間に終わった。魔術式にうまく魔力を流し込めなかったケースでは三時間以上かかった事もあるという。実際に魔力を繋ぎ込んでいる当事者達の体感的には長かったが、十分足らずで魔術式を基点とした風は収まり、式が放っていた眩い光も鳴りを潜める。正常に儀式が終了したらしい事に、エリスとキールは申し合わせたように息を吐き、それからあまりにも似た互いの挙動に、今度こそ声を上げて笑った。

「はは、タイミングが被ってしまったね。」

「ふふ。そうですね、っわ、」

「エリス嬢!」

 笑った瞬間に膝から力が抜けたエリスを、キールが危なげなく抱き止める。アンカースに促され、キールに支えられるままエリスは長椅子へと腰を下ろした。

「体調はどうだ、エリス嬢。」

「ありがとうございます、アンカース様。足腰に力が入らない感覚がありますが…他は何ともございません。」

「そうか。…エリス嬢は混魔としてはかなり人魚の血が濃い。祖先が人型を取る際に得た人としての身が不具合を起こす…というのはままあるケースだ。しばらくは無理に歩かない方が良いだろう。」

「しばらく…。」

「魔力が馴染むまでの間だな。」

「そんなに時間はかからないと思うよ。ボクの方でエリス嬢の魔力はもうほぼ馴染んでいるし。じきに治るさ。」

 長椅子に腰を下ろしたエリスの前に膝をついて、キールはエリスの手を握る。ありがとう、とエリスにだけ聞こえるように囁いて微笑むキールに、エリスも笑みを返す。聖堂の天井近くにあるステンドグラスから差し込んだ光がキラキラと瞬いて、その光の中微笑み合う二人を、ステファンとクリストフは揃って眩しそうなものでも見るように見つめていた。その視線に気付いたアンカースが二人の王子を促し、エリスは体調を考慮して座ったまま、祝いの言葉を受けることになった。

「スタインシュイン殿、クラウン嬢、婚約おめでとう。」

「よく知っている二人が婚約なんてこんなにめでたい事はないよ。おめでとう。」

「ステファン殿下、クリストフ殿下、ありがとうございます。」

「お二人から直接お祝い頂けるなど、光栄の極みでございます。」

「貴重な儀式に同席させてもらえてありがたいよ。俺も近いうちに必要になるからね。」

「ああ、そうだな。…二人には話しておくが、フルール家のグローリア嬢とクリストフの婚約が内定した。クリストフも魔力量が多いからな、婚約のお披露目をした後すぐにでも魔力の繋ぎ込みをする予定だ。」

「まあ…おめでとうございます。」

「おめでとうございます、クリストフ殿下。」

「ありがとう。兄上の婚約者探しがまだ難航しているから、誰か心当たりの令嬢がいたら紹介してくれたらありがたいな。」

「クリストフ。」

「ごめんごめん! 兄上の意志が一番大事だよ、勿論。」

 ゆるりとした話し方のクリストフは、見た目はステファン瓜二つだが、雰囲気が真逆と言っても過言ではない。表情次第でこんなにも顔の印象は変わるものかと、クリストフとは比較的長い交友のあるエリスはステファンとの差を見ては驚くばかりだ。特にステファンとも言葉を交わすようになった上で、二人がこうして並んでいるのを見れば尚のこと。

「クリストフ殿下が良きご縁に恵まれたこと、一臣下として大変喜ばしく存じます。ステファン殿下は間も無く立太子されると聞き及んでおります。殿下をお支えする良きご縁が現れますのをお祈り申し上げます。」

「ありがとう、エリス嬢。」

「クラウン嬢はさすが耳が早いな。ありがとう。」

 元よりステファンが王太子になるのは既定路線だった。ただ先祖返りが故に素質なしとクリストフが判断されたような印象を民に与えるわけにはいかない。それぞれが十分に王族としての功績を出した上で、それを吟味して決まったのだと。そうした筋書きのために、これまで王位継承については保留とされていた。ある程度王城内の事情を汲む術があれば知ることのできる内容だ。最も、学生であるエリスがそれを十分知ることのできる立ち位置かと言われればそうではないので、苦笑を漏らしたステファンの態度は正しいものではある。

 和やかに雑談をしていた最中だった。聖堂の扉が、前触れもなく大きな音を立てて開け放たれた。

「エリス!? ライル!!」

「…お父様。」

 扉を開け放ったのは、今回の婚約話から締め出されていたセリウスだった。急いで来たのだろう、額には汗が滲んでいる。はあはあと肩で息をしながら、扉の先に揃った錚々たる面々に慄いたようだった。それもそうか、とエリスは思う。宰相補佐であるライルに任せたとはいえ、セリウスもまさか婚約の承認が下りるまで自身の預かり知らぬところで話が進むとは思ってもいなかったのだろう。しかも婚約の承認と同時に、エリスはキールの眷属となった。客観的に見れば、普通の婚約ではない。

「両殿下まで…! っ、慌ただしくし、大変失礼いたしました。」

「クラウン子爵、久しいな。」

「おめでとう、クラウン子爵。エリス嬢は素晴らしい縁を結ばれたね。先んじて言祝がせてもらったよ。」

 ステファンとクリストフの姿に慌ててセリウスは腰を折る。そんなセリウスへ、にこやかに祝いの言葉を投げるステファンとクリストフの視線が、どこか冷めていることにエリスは不意に気がついた。二人の魔力について調べ、奔走していたセリウスに幼少期の二人はそれなりに懐いていたはずだった。だが、その当時にあった親密さのような感情が、二人の眼差しから感じられない。はて、とエリスが小首を傾げている間に、アレイシスとライルがセリウスと相対していた。

「久しぶり、クラウン子爵。この度は素晴らしいご縁をありがとう。弟の婚約者がこんなによくできた御令嬢だなんて鼻が高いよ。」

「今回の婚約、アレイシス様にもご助力いただいて結ばれました。エリスが素敵なご縁に恵まれて何よりですわね、父上。」

 にこにこ、にこにこと皆が皆笑っている。どうしてこの婚約が結ばれたか、その説明も何も、誰もセリウスにするつもりはないと言外に滲ませて、祝いの言葉だけを送り合い、素晴らしい喜ばしいと手を叩き合う。セリウスは臆したように、ふらりと一歩後ずさった。

「…エリス、」

「お父様。」

 忙しなく視線を泳がせるセリウスに名前を呼ばれ、エリスはキールの手を借り立ち上がった。アンカースにまだ立ち上がるなと小さく咎められ、渋々もう一度腰を下ろせば、今度はセリウスの視線からエリスを守るように立っていた面々が身体の位置をずらす。距離をあけて、エリスはセリウスと対峙した。キールは変わらずエリスの足元に膝をつき、エリスの手を労わるように握っている。

「家の為に婚約することに何の抵抗もありませんでした。けれど…わたくしは、キール様と婚約できて心から嬉しく思います。想い合う方と縁を結べ、それが家の為にもなる。こんなにも幸せなことはありませんわ。」

 ふわり、花が綻ぶように微笑むエリスの表情は珍しく、それを愛おしそうに見守るキールのそれもまた珍しい。セリウス以外は、二人の仲睦まじい様子に頬を緩めた。この場で唯一、招かれざる客であるセリウスは、そんなエリスの表情にがくりと膝をつく。エリスの表情がこれ見よがしに作られたものであることすら、セリウスは見抜けない。

 自身が最後にエリスと一対一で言葉を交わしていた時、エリスが浮かべていたのは他人行儀な冷めた笑みだった。拒絶さえ感じたそれに、娘と二人だけの交流を遠ざけていた自覚がセリウスにはある。

 そもそも、エリスの幼少期からセリウスはエリスと過ごす時間を多くは持たなかった。ライルの時は長男で跡取りだと幼少期の教育から何からあれこれと口を出し、まとまった休みをとっては領地へ赴き、ライルを連れ馬で遠駆けもした。だが、エリスとそうした親子らしい触れ合いの記憶は、あまりない。同時期に生まれた二人の王子の魔力について、王家から直々に任を賜ったというのも、ある。けれどどこかで、無関心だった。気づいた時には、エリスは自分の娘かと見まごうほどに魔力も、教養も身につけ、あっという間に成長していた。同じ家に暮らし、成長を見守れる距離にいたはずなのに、セリウスはあまりにもエリスを知らなかった。知ろうともしてこなかった。人生の岐路を自分の預かり知らぬところで決め、幸せだと微笑む姿を見せるエリスから、後悔にも近い感情を突きつけられていた。

「どうかなさいました? お父様。」

「…そん、なにも…そんなにも、キール殿と想い合っていたのなら…婚約の前に、知らせてくれてもよかっただろうに。」

「あら。」

 膝をついたセリウスに手を貸す人間はこの場にいない。それに気づいたセリウスがどうにか虚勢を張って声を上げれば、エリスはさも面白そうに口元に手をやった。

「だってお父様にお伝えしたら、お母様に言ってしまわれるでしょう? それでどうせ反対されるんです。わたくしの意思も意見も、何もそこには反映されない。今までずっとそうでしたもの。だからお兄様は、わたくしの婚約をお兄様の裁量で進められるように手を尽くしてくださったのですもの。」

「エリスの言うとおりです、父上。母上の悪癖をご存知? エリスが誰よりも早く大人びた子になった理由を、父上は知っていらして?」

 家族団欒の場ではないからと、いつもより堅苦しくライルはセリウスを呼ぶ。それが突き放すような言葉に棘を添えるのに、ライルが気づいているかは分からない。息子からも暗に、幼少期放っておいたくせに、今になって父親面をするなと突きつけられているようなものだ。セリウスの顔色は、この場に飛び込んできた時から一転して血の気がなかった。

「…クラウン子爵、貴殿は娘に祝いの言葉の一つも掛けないのか?」

「は…。」

「ここに集まったのは、エリス嬢とキール殿の婚約を祝う者達だよ。二人のこれからの人生に幸あれ、とね。…父親である貴方が、娘の幸せを願わないなんて事はないでしょう?」

 ステファンとクリストフは知っている。というよりも、幼少期を改めて思い返して、気がついたことがある。両親と同じくらい顔を合わせることの多かった、子爵。彼も子供が二人いるのだとよく兄弟に話してくれた。けれど、聞いたのは全て息子の話だけ。娘の話を聞いたことが、あったかどうか。同世代の自分達のところに父親が詰めていて、その娘は父親と充分に接せているのか。その答えがこれだ。子供達を等しく愛していると兄弟に語って聞かせていた、身近な大人が、その実ハリボテだったことに気がついたのはつい最近。けれど、気づいたことが重要だった。蔑ろにされていた娘は、誰を厭う事もなく、誰よりも王家に従順だ。もしかすれば、実の娘より王子を優先した、父親よりも。そこに行きつけば、これまでのように純粋にセリウスを慕おうなどとは思えない。所詮は王家に媚を売るだけの小物と同等だと、唾棄する対象に成り下がる。

「ねえ、エリス嬢。父君からも祝ってほしいでしょう?」

「いえ。…無理に祝っていただかなくて結構です、お父様。」

「な、」

「お母様とどうぞ末永くお幸せにお過ごしくださいませ。わたくしは、キール様と幸せになりますので。」

「…クラウン子爵、幼少期のエリスと引き合わせてくれてありがとうございます。改めて御礼を。エリスはボクが一生をかけて幸せにするのでご安心を。」

 祝いはいらないとエリスが言い切った瞬間、セリウスから表情がなくなった。茫然自若とは、こういう状態を呼ぶのだろうな、とエリスはぼんやりと思う。父親に対して、何か思うところは、ない。何もないのだ。何不自由なく生活できたこと、充分な教育を与えられたことに感謝はしている。けれど、肉親としての情というべきものを、エリスはセリウスに見出せない。言祝がれても素直に受け取れる気がしなかった。ただその一心で不要だと述べたのだが、セリウスにとっては決定的な拒絶に映ったらしい。慌てて、今後のセリウスの幸せを祈る言葉を連ねたものの、セリウスの表情は戻らない。

 そうこうしているうちに、そろそろ病室に戻れとアンカースに促される。セリウスの反応はないままだ。けれどステファンとクリストフにまで部屋に戻って休むように言いふくめられてしまっっては、最早この場所にとどまる理由がない。ちらりとセリウスを気にするように視線は投げつつ、エリスはキールに手を引かれ、パベリーを伴って聖堂を後にした。

「―――エリス嬢は我がスタインシュイン家で婚姻まで恙無く過ごせるよう手配するから安心して欲しい。可愛らしい義妹ができて嬉しいからね、弟ともども可愛がらせてもらうつもりだよ。」

 にこやかなアレイシスの声が聞こえる。妹を何卒よろしくお願いします、と言葉を砕くライルの声も。だがついぞ、セリウスの声はエリスに届かなかった。

 エリスにとってセリウスは、実父でありながらよく分からない存在だった。けれどきっとそれは、セリウスにとってもそうだったのだろう。だからいつも、ローリヤを通しての交流しかなかった。セリウスから自発的にエリスに目をかけたのは、キールと引き合わせた、あの一回だけ。娘の門出を、祝うでも心配するでもなく、ただ訝しむセリウスの姿を思い出し、エリスはそっと溜め息を吐く。

 既に、純粋な人魚の血脈と呼ぶには変質した自分の魔力が、生まれながらの魔力よりも馴染んだ気がしていたエリスは、ああ、と一つ納得した。───クラウンの血脈から逃れられたこと。両親と、距離ができたこと。それがエリスの呼吸を楽にしているのだと、エリスは自身の薄情さに小さく嗤った。

前回のんびりと書いたものの…ある意味殺伐としている…?と我に返り、のんびりの定義を考え始めました…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ